第19話 僕らの過ち
起き抜け、真っ赤になった目をリダに見られて心配された。僕は強がって、あくびをして涙が出ただけだって言い張った。
その後、ララメも目が真っ赤になっているのを見て、優しげな表情でララメを抱きしめてあげていた。
いつもと同じ号令がかかり、僕たちは歩き出す。残された時間はもう、多くはない。今日、すべてを終わらせる。それが、僕たちの使命だ。皆を助ける。それが僕の使命だ。
そして、着いた。
実に、穏やかだった。ああ、よかった。間に合った。平和な村で、町が近いこともあってか住民たちは来訪者を歓迎してくれた。
僕たちはただ待った。その時が訪れるのを。どこまでも澄んだ青い空に、白い雲がゆっくりと流されてゆく。
確信めいたものを感じていた。男は今日、ここに来るだろう。決着をつけることになるだろう。
それを伝えると、皆何も言わずに待ってくれた。
太陽が真上に登った。朝方には少なかった人影も、活気づいて村の中は働く人で満たされている。
カーテンを閉めるみたいに、地面が影に染められてゆく。太陽に雲がかかって、村の端からじわりじわりと光が閉ざされてゆく。
同時だった。沸々と込み上げる感情があった。紫色の嫌な感情が思考にこびりついた。次第に鬱々としたジメジメとした気持ちに傾いてゆく。
通りすがる村人と目があった。
鏡のようだった。釣り上がった口角を見て、梅雨が開けるように晴れやかな気持ちになった。そうだ、この感情に決着をつける方法がある。
「っ……わたしっ、なにをっ……?」
何が起きたのか理解できず、女性は困惑の色を示した。不意に現れ、消えていった不可解な感情は、彼女にとって受け入れ難い不快なものだったのだろう。
酷い頭痛に思わず片膝をつかずにはいられなかった。右手で頭を抑えながらも、まぶたを閉じることはない。必死にあたりを見渡して、神経衰弱の続きに取り掛かる。
すでに一枚は開かれている。後一枚。白い髭の皺だらけの男を見つけてやればいい。
背中に、三つ体温が伝わった。ゴツゴツと力強くて、柔らかくて、ちっちゃい。とっても優しい手のひらが、僕の背中を押してくれる。
耳元で、大丈夫って声が聞こえた。
思考がクリアになってゆくのがわかる。灰色の空の下で、僕の体から蒸気が溢れ出して空の雲に溶け込んでゆく。
気持ちのいい浮遊感が体を満たすと、突如質量を持って重力に引かれて落ちていく。その目には幾人もの人が見えた。
村人と談笑していながら、視線は決して合わず、別の場所を見据えている。表層に浮かべた暖かな笑顔がより一層、冷えた胸の内との温度差を浮き彫りにした。
事務的に、淡々と。
道を見ていた。
何もない、ただの道。村の中心から少し外れた場所だ。
空間を切り取って、映像を映すようにザーと黒い砂嵐が現れた。視界の中心に、不自然に表示されるブラウン管は何も映さない。
瞬きをした。暗い瞼の裏は劇場の幕のよう。開けた瞬間、そこにはブヨブヨと動く黒の球体があった。決して光を反射せず、ただ暗闇が、膨れ、縮むを繰り返している
今回は、何ができるだろうか。
公演が終わり、劇場内に光が灯される。自分の手を握っては開いて戻ってきたことを確かに確認する。
背筋に悪寒が走った。全身を凍えさせるかのような恐怖。
「ぐぎィッッッ」
低い声が聞こえた。
振り返ると、首を押さえる男が見える。決壊したダムは止まらず、指の隙間から勢いよく血が吹き出した。
違う。
全身に逆立つ鳥肌はあれじゃない。
奥を見た。さっきまで見ていた道だ。
「召喚獣……」
横で、クシュージャさんがこぼした。
表情は分からない。その性別も、年齢も、様相すべてが黒く塗りつぶされている。ただ、人の形をしていた。
キィィィィィィィギィィィィィィィィィィィィィィ
耳を劈くような鳴き声。
全くの同時。人の形をした影とクシュージャさんは、互いを目指して重心を落とし前傾姿勢で走り出す。
すぐに、両手に剣が握られた。
「なっ!?」
それさえも、まったくの同時。
そう、影は剣を作った。二人の間は既に詰められている。
右足を強く前に出し、地面に打ち付ける。踏み込んだ右足を軸に、勢い殺さず体を回転さ、上半身を残す。
剣を振り上げ、溜め込んだ力を開放して、下半身を追うように上半身が回る。
すべての勢いを乗せ、剣は振り下ろされた。
ガキィッン
二重に重なった金属音が空気を震わせる。
剣を弾かれ、両者ともに大きく体を浮かせ隙を作った。見逃すわけもなく、既に次の動作へ入っている。
大振りの剣筋。自らを囮に、敵の背に剣を創造する。
当然、同時。
「クシュージャさんっ!!!」
とっさに叫んだリダの声に、小さく舌打ちをする。剣は勢いよく射出され、両者共に身を屈めて交わす。
土に剣が突き刺さり、砂利で鉄が削れる音がする。間を開けることもなく、何十にも重なる金属がぶつかり合う音が響き渡る。
目にも止まらぬ速さで繰り広げられる剣戟は、二人の間に無数の火花を散らし、あまりの速さに残る残像を透過して光る。
両者一歩たりとも譲らない。
しかし、永遠にも続くと思われたその戦いは、あっけなく終わりを迎えることとなる。
ギィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイ
先程まで、空間を満たしていたとは明らかに違う、鋭く異質な音。おおよそ、生物から発せられるとは思えない、黒板を引っ掻いたような不快な金切り音。
黒く塗りつぶされ、何一つ見えない。それなのに、口を大きく開き、影が声を発しているということがありありと分かった。
「クッ」
クシュージャさんの口から苦悶の声が漏れた。
明らかに、動きが鈍くなった。なにかに、足を引っ張られるかのように。
青く透き通る何かが、チラチラと光を反射していた。氷が、クシュージャさんの右足を地面に縫い付けていた。
背筋に悪寒が走った。既に剣はクシュージャさんの目の前に迫っている。
崩れた体制から、なんとか攻撃を弾こうと腕を振るう。
大きな音と共に、剣が飛んだ。なんども回転しながら、はるか後方に吹き飛んでゆく。すぐに、第二撃が迫っていた。それを迎撃しようと必死に体を動かしている。
だが、間に合わない。
クシュージャさんは、隙を見逃すようなことはしない。同等の力を持った、影の剣はその首に届きうる。
「避けてっ!」
隣で叫び声があがった。
パキリパキリと空気が凍りついてゆく音がする。両手を前に突き出して、その先から、氷が形成されてゆく。
でき上がったのは、氷のノミ。鋭く尖ったそれは即座に走り出し、クシュージャさんの首元を目指す。
即座に首を傾けると、その空いた隙間で氷と剣がぶつかり、互いに大きく軌道を変える。
剣はクシュージャさんの肩筋を掠め、うすく血をにじませた。対して氷は影の足を目指して走る。
影は咄嗟に足を引いて攻撃を交わす。そのタイミングで、クシュージャさんは自らの足を拘束する氷を砕き、一歩後ろへ引いて距離を取る。
瞬時に、影が前へ躍り出た。クシュージャさんはそれを迎え撃ち、大きな音が響いた。その音は今までの音の何倍も大きい。
後ろで、カランカランと何かが地面に転がる音がした。振り向けば、二振りの剣が地面に落ちて並んでいる。
未だ、二人の攻防は続いている。その最中、影は僕たちを狙いクシュージャさんは僕たちを守ってみせた。
剣の腕は拮抗していた。いや、途中からかクシュージャさんが押し始めてさえいた。繰り出される剣は次第に早く、より複雑になってゆく。
しかし、影に傷がつくことはない。むしろ、体中に切り傷を作るのはクシュージャさんの方だった。
なんとか援護射撃をしてはいる。それでも、影の氷魔法のほうが一歩早い。
「クソガッッッッッッ」
焦りからか、クシュージャさんが声を漏らした。力強く二本の剣を時間差で振るい、影の防御を弾き、隙を作る。
ようやく導き出した巧妙。だが、次の攻撃が影に訪れることはない。
「ガァッッッ」
叫び声と共にクシュージャさんが膝をつく。傷を負いすぎたのか、そう思ったのはつかの間、異変に気がついた。
クシュージャさんは、頭を抑え顔を苦痛に歪ませていた。
「感覚の共有っっ!」
すぐさま、魔法を行使する。
クシュージャさんと繋がった瞬間、恐ろしいまでの不快感が体を満たす。
皮膚の内側を幾億もの虫が這っているかの錯覚に陥いった。
頭がかち割れそうだ。
そんなとき、足が優しいぬくもりに包まれた。そうだ。大丈夫だ。僕たちには、ララメがいる。
体中を満たしていた殺意が溶け、冷え切った体を温める。
足に抱きついたララメの頭をなで、クシュージャさんへ視線を戻す。
責めっていた攻撃を交わし、瞬時に攻撃に移っていた。
クシュージャさんなら、このまま決めきれるだろう。確信していた。
「遅い?」
攻撃の速度が落ちているのが目に見えてわかった。攻撃は影に優にかわされ、攻勢は次第に移り変わってゆく。
剣にいつものキレがない。まるで倒す気がないような……。
そして、気がついた。
そうだ、僕は直したんじゃない。クシュージャさんに、ララメの正常な感覚を、殺したくないという優しい感情を上書きしたんだ。
殺意を持たず、どうやって敵を倒す。それにリダも気づいていたのか、冷や汗を垂らしていた。
「ボンタくん、ララメをお願い」
とうに覚悟を決めた顔で、リダが僕を見つめた。
「でもっ!」
「私の魔法の範囲って、あまり長くないんだ。でも、近づけばあの影みたいに、直接凍らせることができる」
言い終える頃、既にリダの目は僕に向いておらず、走り出していた。
リダの体を包むように氷がはられた。思わず声が出そうになった。
一瞬のでき事で、既にリダはまた走り出している。その姿を映すように、周りとキラキラと光が乱反射していた。
砕けた氷が舞、空中で七色に輝く。
強く、美しいその姿に目を奪われていた。
二人共、なんて強いんだ。
役に立たない僕をおいて、リダは戦いに向かった。僕に何ができる。
「ううううううぅぅぅぅぅ」
うめき声が聞こえた。振り向けば頭を両手で抑えながら振り回し、だらしなく空いた口から唾を撒き散らす一人の青年が見えた。
それだけでは終わらない。連鎖的に、声は広がってゆく。クシュージャさんが戦っている間、フードの男は何をしていたのだろうか。
種は、既にばらまかれていた。
風が吹いて種が芽く。村中から叫び声が上がった。
僕の足を、強く抱きしめる人がいた。僕がようやく視線を落とすと、まっすぐ見つめる少女と目があった。
決して揺れ動くことのない、強い意志の籠もった目だった。
そうだ。
僕にだって、できることがあるんだ。
やらなくちゃいけないことがあるんだ。
今一度、自分の胸に手を当てた。強く、強く力を込める。体中に流れる血をすべて心臓に集めるみたいに、大きな塊を作った。
ゆっくりと、感覚が沈んでいく。感覚がゆっくりと鈍くなっていく。音が聞こえず、体温も感じない。冷たくて暗い心の底。
ドクンッ
心臓が大きく跳ねた。
何十にも重なって聞こえる鳴き声が、胸を掻き毟りたくなるほどの殺意を煽る。体中が熱くて、呼吸が荒くなるのを感じる。
繋がったのは、一つじゃない。大きな流れだ。
何人もの感覚が繋がっているのがわかる。自分の内にうっすらと、誰かが居座っている。悲しみと嘆きの声が遠くで聞こえる。
でも、すぐに聞こえなくなる。流れはより大きくなってゆく。怒りと憎悪の感情だけが繋がって、大きな川となってすべての人を通り流れていく。
際限なく膨れ上がる感情に、川はやがて氾濫し濁流となり、殺意が体の内から漏れ出していくのを感じた。
ああ、殺したい。
なんて憎い。許せない。
よくも、大切な人を。
目を開けて、視線を落とした。ありったけの憎しみが足元の少女へと向けられる。
なんて綺麗な目をしているんだ。
そんな目で、そんな目で僕を見るんじゃない。
また、ゆっくりと落ちていく。
そうだ。まだ大丈夫だ。
繋げるんだ。伝えなくちゃいけないんだ。
すべてが手遅れになる前に。
バクンッ
心臓が跳ねた。
吸い寄せられるように視線が動いた。
さっきまで姿を表すことのなかった男が目の前に立っている。
裾の長い白衣をきて、伸びた白いあごひげを撫で回す。
皺だらけの顔で笑みを浮かべた。黄ばみ、欠けた歯が覗く。耳元でなり続けた喧騒はいつの間にか止まっていた。
開かれた口からは、ガラガラと共に唾が撒き散らせられる。
「ああ、ああ。そうだ。元の世界に返してやるっ!」
男は、演劇じみた大げさな動作で語りかけた。
思考が止まった。
元の世界……?
「お前はアレと同じ。空っぽだ。何もない。」
視界の奥の影が、目に焼き付いた。
何もない。その言葉が頭の中で反響している。
「ならば、なんのために戦うというのだっ!」
何のために戦う。簡単だ。決まっているだろそんなこと……。
リダとクシュージャさんが目についた。
二人の攻撃はすさまじく、影を明らかに押していた。
音は届かなかった。ただ、叫んでいるのがわかった。影はまた叫んでいる。いったい何だ。何がそんなに苦しいんだ。
僕は視線を落とした。なんとか持ち上げた腕を見た。泥のように溶け、崩れていく。自分の輪郭がぼやけていくのがわかった。
何度も、耳元で叫び声がした。悲鳴のような金切り声だ。感情なんて嘘に過ぎない。信念なんて存在し得ない。すべてまやかしだ。
お前は何のために戦う?
僕は……帰るために。
ああ、ああ。もちろんだ。返してやるとも。
……。
さぁ、答えてみせろっ! お前は一体何者だっ!
僕は、僕は……いったい。
体から体温が抜け落ちてしまったようだった。
僕は、今どこにいるんだ。
感覚が戻ってこなくて、なにもかもが希薄だ。
まるで、止まっていた時が動き出したかのように視界が動き出した。何かが走ってくるのが見えた。
僕はそれをただ見つめていた。体は動かない。
小さなナイフだ。
強大な殺意を乗せたそれは、いともたやすく少女を殺し得るだろう。
その事実を受け止めながら、ただ眺めていた。
何かは決して勢いを落とすことはない。ああ、止めなくては。
あれ、止めなくちゃいけないんだったか。
「………をお願い」
聞こえない。
何を言ったんだ。聞こえない。。
あと、三歩。
足元で震えるぬくもりを感じる。
あと、二歩。
白衣の老人が高笑いしている。
あと、一歩。
何かと、目があった。
ひどい顔をしていた。泣いているのか。喜んでいるのかさえわからない。グチャグチャだ。
もう、零歩だ。
ああ、良かった。
ようやく終わる。
ゆっくりと、ナイフが少女の胸に吸い込まれてゆく。
そのナイフの刃が鏡のように光を反射して、覗き込む僕の顔を映す。
なんて、ひどい顔なんだ。
そして、ナイフの刃先が少女の胸に押しあてられた。
ずっと、深い深い海の底。暗闇の中で、小さくうずくまっていた。
ガキンッ
ずいぶん聞き慣れた音だった。
弾かれたナイフが回転しながら飛んだ。まだ、刃は僕を映す。
「救って見せろッッッ!!!」
叫び声が聞こえた。
何かは、ナイフを失ってまだ止まらない。思い切り足を振り上げている。
こんな小さな頭を思い切り蹴飛ばせば、きっと歪んでしまう。
チクリと胸がいたんだ。なぜだ。なぜなんだ。
「諦めないでっっっ!」
何かを包むように氷が現れた。
まただ。鏡はまた僕を映す。
そんな時、いつも決まって僕を掬い上げてくれる声を思い出した。真っ暗で、何も見えない。そんななかで、小さな光が視界にちらついた。一本光る糸だ。僕は手繰るように海面を目指した。
「ぼんたっっっ!!!」
「そうだっっっ! 僕がっ、勇者になるんだっ!」
体中を満たしていた灰色の雲が晴れて光が差し込んだ。ようやく、自分が見えた。
視界の奥で、影と戦う二人が見えた。
さっきまでとてんで違う、クシュージャさんの剣が影の剣を弾いた。そうして、そのまま思い切り薙ぎ払う。
影は、胴が折れ曲がり弾き飛ばされた。切れてはいない。クシュージャさんの剣には刃がついていなかった。
地面を転がり、それでも影は立ち上がる。
その金切り声はよわよわしく、それでもクシュージャさんとリダを目指す。
決着だ。影の全身が氷で覆われた。
強く握りしめた。
なんども、胸の中で惑わそうとする声が聞こえる。
でも、もう大丈夫だ。僕はきっと、この剣を振り切ってみせる。
僕は走り出していた。
そうだ。僕も終わらせるんだ。
余裕綽々としていた老人が、必死に走って逃げてゆく。しかし、恐怖から足がもつれて転び地面を転がった。
僕はすぐにそいつの元へたどり着いた。
一体、何を迷っていたんだ。
僕は、救うんだ。
勇者になるんだ。
敵を倒して、皆を救ってみせるんだ。
老人は、なんとか立ち上がり後ずさって逃げようとした。
晴れやかな気分だった。
剣はたやすく突き刺さり、その小さな肢体を貫通した。
「あれ?」
突き上げた剣を握る手を離すと、倒れ込んできた。
無意識のうちに、その体を抱きしめていた。
体に伝わる温もりが、どこまでも胸の熱を奪っていく。
「お前は、何のために戦う?」
耳元で声が反響して、僕は腕を持ち上げた。
もう崩れることはない。真っ赤に染まった二本の腕はたしかにここにある。
だいじょうぶ。だいじょうぶだよ。今、治してあげるから。寂しいのは嫌だもんね。
「だいじょうぶだよボンタっ。いまね、ララメが治してあげるから」
敵は、思っていたよりもずっと背が低くって、僕の剣はお腹に突き刺さっていて、ララメの体からは絶えず血が流れ出た。
暖かな魔力が体に注ぎ込まれるのを感じた。治癒魔法はいともたやすく僕の感覚を癒やした。
体を流れ出す魔力が、夢を見せた。
淡い一時の夢。
「ねぇお姉ちゃん、ゆうしゃってなーにー?」
穏やかな笑みを浮かべ、頭を撫でる姉は少し考えて教えてくれた。
「勇者っていうのはね、とっても強くってね、皆を救ってくれる誰よりも優しい人」
その言葉をずっと覚えていた。
それから、幾度となく勇者の物語を読んでもらった。色褪せることなく、とても輝いて見えた。
夢はやがてぼやけて霞のように消えてゆく。何度掴もうとしてもあっけなく霧散してすぐに、見えなくなった。
そうだ。僕は……ララメはずっと誰かを救ってあげたかったんだ。
「ずっといっしょだからね、さびしくないよっ。ぼんたっ」
弱々しくて、今にも消えてしまいそうな、誰よりも優しい声。
ララメの小さな口から赤い液体が噴出した。僕は必死に、地面に垂れた血を掬い上げて、元に戻そうとしたんだ。でも、傷は決して塞がることはない。
もう、どうしていいのかわからなくなった。一抹の夢だったかのように、僕の中からララメの感覚が消えてゆく。
脱力し、ずるりと体が落ちた。
真っ黒の雲から、一粒の水が落ちてきた。それは、僕の頬を伝って血を拭う。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ぽたぽた降り出した雨が、ララメの熱を奪い、慟哭さえも掻き消していった。
ここから重い話が続きます
ご容赦を




