第18話 戦う理由
起き抜けに、あくびをした。朝は苦手だ。目元に溜まった涙の粒を拭って、テントを出る。
日を浴びて、一日を始める。
順調だ。そう、あまりに順調すぎるほどに。
魔力の暴走。一時はどうなることかと思われたそれも、かえっていい方向に働いていた。
短かなスパンで、繋がった。それはララメや皆だったり、フードの男だったり。魔法が繰り返されるたびに、体に馴染んでゆく。少しずつ覚えてゆく。
誰かの感覚が自分のものとなって残るように、自分の感覚が誰かのものになって残るように。
すこしづつ、魔法が自分のものとなっていくのがわかった。
これなら、大丈夫だ。
何度も繋がり、分かっている。このペースで行けば最低でも同時刻、運が良ければフードの男よりも早くたどり着くことができるだろう。
これならば、復讐を遂げることができる。ようやく、終わらせることができる。
「ララメには、感覚の共有は効かない。だからお前がララメの思いを繋げるんだ。奴らの手札を封じて、俺がフードの男の首を断つ。リダはララメを守れ。」
最後の晩。
段取りを確認するようにクシュージャさんが話す。
「お前にはもう一つ仕事がある。召喚術師を見つけ、お前が殺せ」
リダは口を結び、僕を見つめた。その目の奥には小さな悲しみが写っているような気がした。僕は皆の目を見た。まっすぐ、ただ目を逸らさず。
「大丈夫。殺せるよ。だって、皆を守りたいから」
スッと言葉が出た。そうだ。僕には信念がある。だから大丈夫だ。
「俺は、復讐を遂げるために」
クシュージャさんは平坦に、静かに言葉を告げる。
「私も、皆を守るために」
「ララメはねっ! 皆を助けるためっ!」
後に二人が続いた。
「帰ろうね、きっと」
リダが僕にそういった。力強く、約束するように。
そうだ、僕は……あれ?
ああ、そうだ。僕は、帰るために……。
夜。眠れなかった。
テントを出て、一人外に座った。
既に消えた焚き火は白い灰の山となって、弱々しく煙を空に浮かべていた。
次の日を思ってか、強がってもどこかやっぱり不安なのだろうか。
「大丈夫、順調だ。僕ならできる」
自分を励ますように暗闇の中で一人呟いた。
空を見上げると、星が光っていた。小さな光がいくつも連なって、もとの世界と同じようにどこまでも広がっている。おんなじだ。変わらない、いつもの綺麗な星空だ。
だから僕は、ゆっくりとまぶたを閉じた。
いとおしかった。ちっちゃくて、それでも元気いっぱいで、抱きしめるとかわいく笑って。ずっと一緒にいられたらいいなって思った。だから、みんなが傷ついちゃったら治してあげるの。そうしたらいつまでも一緒にいられるからって。
みんな笑ってくれた。みんなが褒めてくれた。頭をなでられるととても幸せな気分で満たされて、もっとって。
優しい笑顔が好きだった。ガサガソのおっきな手が大好きだった。おにいちゃんもおねえちゃんもいつも守ってくれた。妹も弟もいっつも元気にしてくれた。とってもとっても大切な場所だった。
ある日、新しい子がきた。
ちっちゃな男の子で、ずっと、下を向いていたの。
「どうしたの」って聞くと「お父さんとお母さんが死んじゃった」って。
だからね、お父さんもお母さんもいなくたって、「みんな一緒だから寂しくないよ」って。そしたら男の子が泣いちゃったの。きっとどこかすりむいちゃったんだって。だから治してあげるんだって。
いつだってうまくできたのに。みんな泣き止んでくれたのに。そんなのいやだって言われて。どうすればいいか分からなくって。いっしょにかなしくなっちゃって。泣いても泣いても痛いのが直らなくって。嘘じゃないのに。お父さんもお母さんもいなくたって、みんながいれば寂しくなかったのに。
「ボンタ……?」
不意に声がして、振り向いた。頬をなぞる冷たい感触に気がついてとっさに拭う。
声のした、テントの方を見るとララメが眠たげに、目をこすって出てきた。あくびでもしたのか、目尻には涙が溜まっている。
「どうしたの?」と聞くと「なんでもないの」って答えた。少し冷たい夜の風が体を包んむ。静かさの中で、優しく鳴く虫の声が、鳥の声が、嫌に寂しくて、心にぽかんと、穴を開けてしまったような気がした。
とっても悲しくて。とっても寂しくて。
ララメが僕の背中に静かに抱きついて、顔をうずめた。
「ボンタも……独りぼっちになっちゃったの?」
ララメは泣いていて。震えていて。
「うん」
僕は短く、そう答えた。
そうだ。僕は夢を見た。とっても、とっても幸せで。壊れてしまわぬように、胸の奥にしまった大事な思い出。
暖かくて、その日はみんなが大好きなシチューだった。誕生日だった。六歳の誕生日。ハッピーバースデーって歌が聞こえて、笑い声が重なって。とっても幸せな日だった。
なんだかちょっと照れくさくて、シチューを食べたらあたたかくて。
遠くで、大きな音がしたの。だれかの、叫び声が聞こえた。シンとして、みんなで、怖いねっていって。おじいちゃんが、外に様子を見に行ったの。震える子達をお姉ちゃんが、お兄ちゃんが抱きしめてくれた。大丈夫っていってくれた。
玄関のドアが開いて、おじいちゃんが帰ってきた。おじいちゃんは血で真っ赤になってて、どうしたのって聞いても何もいわなかった。
おじいちゃんはそのまま台所まで歩いて、包丁を持った。お姉ちゃんがどうしたの、どうしたのって聞いて、おなかが、じんわり赤くなった。
高い音がして、みんなの叫び声で、おじいちゃんは包丁を抜くと、向き直った。
今度は、弟の首から血が吹き出した。真っ赤で、熱くて、冷たくて、なんで、なんでって。お兄ちゃんがおじいちゃんの前に飛び出して、逃げろって叫んだ。
みんな泣いて、泣いて。他のお兄ちゃんがみんなをひっぱたいて、逃げろって言った。
その時、誰か一人が魔法を使ったの。
苦しみもだえて、泣き喚く声がして、消し炭になった子がいた。もう誰だったのかもわからなくって。治れって、治ってって。
ララメにはどうにもできなかった。それから、みんなが魔法を使った。自制のない魔力が飛び交って、みんなで傷つけあった。
怖くて、怖くて、どうしたらいいかわからなくって。
おじいちゃんに抱きついた。元に戻ってって、いつもの優しいおじいちゃんに戻ってよって。
おじいちゃんが覆いかぶさってきて、暗くなって、重くって、何も見えなくて、何も聞こえなくて。
怖くて、怖くて、怖くって。
ようやく明かりが見えて、頭にいつもの優しい感触が伝わってきたの。
ごわごわのおっきな手で、撫でてくれて。ごめんねって声がした。おじいちゃんの背中は傷でいっぱいで。
外を見たら、いっぱいいっぱい燃えていた。
どうしたらいいのって。なんでみんな倒れてるのって。何で治ってくれないのって。
痛くて。辛くて。何にも分からなくって。何にもできなくって。
泣いて、泣いて。顔を上げたとき、色のない顔が、不気味に覗いていた。
「ボンタも、怖い夢見たの?」
声がして、気がついたら泣いていて、月の明かりがまぶしくって、僕はうんって答えた。
ララメは涙を拭うと、今度は僕の頭をぎゅっと抱きしめて「だいじょうぶだよ、だいじょうぶだよ」って撫でてくれた。ちっちゃな手は暖かくて、優しくて。
僕は、ララメを抱きしめた。
「寂しいね……寂しいね」
ララメが言って。二人でいっぱい泣いて。怖くって。辛くって。
なんて、優しい子だろう。なんて強い子なんだろう。
そうだ、僕はこの子のために。
僕はこの子のために明日、皆を助ける。それが誰のものでもない。僕のものだ。
僕は、いつの間にか眠ってしまったララメをテントに戻して、また、空を見た。
涙でぼやけた月光が静かに揺れていた。




