第16話 前へ
ガン
音と共に衝撃が訪れ、腕が痺れる。ガラ空きの胴、見下ろすと赤い瞳が暗闇で浮かぶ。
ガン
また、音がした。遥かに鈍くゆっくりと衝撃を伝え、意識を体から叩き出してゆく。宙に浮いた意識は大きな雨粒のように落ち、やがて弾けて染み込んでゆく。
違う、違うんだ。殺したいんじゃないっ。赤色の大きなうねりが胸中を占める。否定して、必死に白く照らそうとする。光は飲み込まれるとやがてあっけなく消えてゆく。
磁石に引き寄せられるかのように、感覚が戻り自らの体に納まった。
残った殺意を頼りに、体を必死によじらせる。耳に風を切る音が届き、ゆっくりと肌が熱を帯びていく。鋭い痛みに奥歯を噛んで、もう一度向き合う。
より強く、重く思う。お腹に力を込めてより大きく、魔力を吐き出した。目に映る光景がスローモーションへと変わる。
流れるような剣筋がすでに僕を目指して動き出している。ゆっくりと大きな塊が通過して、その奥に綺麗にと収まる。
殺してやる。憎い。憎い。許せない。切り裂いてやる。喉元を突き刺してやる。
仰々しい憎しみの感情は、激しく燃え上がり身を焦がした。
ギリリと噛み締めた奥歯が削れ、瞳孔が広がってゆく。
ただ、声が聞こえた。
胸を掻き毟りたくなるほどの憎悪の渦の中で確かに響く。透き通った声が聞こえた。
「「助けたいんだっ!!!!」」
声が重なった。目を見開いて、動かずにいた。
剣筋は大きくずれて、空を切る。本当に体スレスレを通って、服を薄く切っていた。
剣の先からキラキラと光り、砂のように光の粒子へ代わり崩れてゆく。やがて握られていた剣が消えるとララメが走り寄って来て僕に抱きついた。
「ありがとう、ララメ」
「んーーー!」と未だ僕の足に強く抱きついて、回復魔法をかけてくれているララメの髪を撫でた。
「大丈夫。 最近は傷も減ってきたから」
あとに続いて近づいてきたリダにそう言った。すこし、驚いたような顔をしていた。
村を出て数日になる。毎日欠かさずクシュージャさんと修練をしていた。感覚の共有魔法はより確実に発動できるようになった。殺意を抑えることだってはじめと比べるとずっと成功率が上がっていた。
言ったかな?
「っ……?」
「ボンタ、まだ痛い?」
「ううん、大丈夫」
一瞬、後頭部がチッと燃えるように熱を持ったような気がした。小さな痛みはすぐに去って、触って確かめてみるが傷も何もない。
きっと、気のせいだったのだろう。
その後、テントに戻っていつもどおり、気絶するように眠った。毎日、夜になる頃には死ぬほど疲れている。朝まで夢も見ないでグッスリだった。
それなのにその日は、久しぶりに夢を見た。やっぱり朧気で、起きてしまう頃には忘れてしまっている。
それなのに、夢を見たという事実だけは確かに覚えている。すごく、幸せな夢だったような気がする。
「ガッッッ」
気のせいなんかじゃない。神経を焼くような、後頭部から首が熱を持った。焦げ付きそうな鋭い痛みが走り、奥で魔力がせわしなく動く。
大丈夫だ。間違っちゃいない。すぐに証明される。
視界がぼやけ、色が消えてゆく。何も見えなくなったかと思えば、鮮明に、あらゆる光景が投影されて流れてゆく。
映画のフィルムは高速に巻かれ、色は目まぐるしく移り変わる。
「また失敗だっっっ!!! お前はっやる気があるのかっ!」
「きっと……が助けに……」
「そうだ、いい子だ。その調子だっ!」
「違うっ違うっ違うっっっ!!!」
髪の毛を掻き毟りたくなるほどの憎悪。うずくまり、殺意にのまれて血の涙を垂らす片目を抑えて目の前の男を睨みつける。
「いいぞぉいいぞぉっっっ! 間違ってなどいなかった! 勇者は顕現するっっっ!」
「殺してやるっっっ!」
地中に穴が空いた。無数の黒い何かが濁流のように溢れ出して視界を染めていく。
「はぁっはぁっはぁっ……見えた……そうだ、僕たちは遅れていない……」
荒くなる呼吸を押さえつけて、必死に自分を探す。
頭には未だ、自分が自分ではないという感覚が残っていた。白く長い髭を蓄えた、白衣の老人。みすぼらしい少女。小汚いフードをかぶった少年。
証明……?
「確かに……見た。そうだ、仲間?」
通り過ぎていった映像たちが見えたのは瞬く間だけ。それなのに眼球に焼き付いて剥がれずチラチラと写し続ける。
「グッ……」
全身の筋肉が硬直し、呼吸が荒くなり続けた。体を動かそうとすると、岩のようで動かず思わず膝をつく。そんな僕の肩を持ってリダが体を支えてくれた。
「なんで……何が見えたの」
「わからないっ、わからないんだっっっ」
確かに見えた光景が、洗濯機に押し込められたみたいにグチャグチャにかき回されて、パンと音を出して弾けてゆく。
自分がさっきまで何を見ていたのか、自分は何者であるのかさえも分からない。
「ボンタっ!」
耳元で大きな声がして、脳で反響する。
熱を上げ続けた脳がゆっくりともとに戻り、早まる鼓動が静かになってゆく。
視線を落とし、自分の両手を見た。グーパーと開いて閉じて、動くのを確認するとなんども頭の中で唱える。そうだ、僕はボンタ、下平凡太だ。
「クシュージャさん、これって……」
「ああ、魔力の暴走だろうな」
リダの問にクシュージャさんは首を降り、短く肯定していった。
「魔力の暴走……?」
「うん。 魔法を使えるようになり始めた、小さな子によく起こるの。魔法ってその人固有のものだから、魔法を使えるようになるまで魔力は体の奥で押し込められ続けてるの。それで、魔法を覚えるとね、魔力が自分の通り道を覚えて、勝手に流れ込んでゆくことがあるんだ」
リダの説明を受け、理解する。
「そっか。僕はまた、フードの男と繋がっていたのか……」
呟いて、ようやく状況が飲み込めてゆく。モヤが晴れ、体に血が巡っていく。不確かなものが少しずつ消えて、ようやく自分が戻ってきたかのような感覚。
自分の存在を自覚すると共に、すぐに記憶が消えていく。だから、すべてが消える前に吐き出さなければいけない。
「見えました。 召喚術を使い、勇者召喚を企む男が」
ようやく見えた。ずっと、不確かだった仲間の存在。
まだ、しっかりと残っている。嗄れた声も、皺だらけの顔もまだしっかりと残ってる。
これで、ピースは揃った。もう殺させなんかしない。召喚させなんかしない。二人共殺して、終わらせるんだ。




