第15話 あの日見た夢
口汚く僕たちを罵る声が聞こえた。必死になってそれを否定し、感謝を告げる声が聞こえた。本当に少しの時間だった。
十分にも満たない恐怖は、人々の心へ確実に染み込み猜疑心を抱かせる。消えたフードの男と、残った僕たちを攻め立てるのは必然だったのだろう。
それでも、ララメに泣きながら感謝を告げる人がいた。
その場で、確かに感情を飲み込まれそして傷つけようとした。傷つけてしまった。
だからこそ、失っていたかもしれない未来を恐れ、そうならなかったことをひどく安堵していた。
ピリピリとした空気の中で、僕たちは村を出た。申し訳なさそうに見つめる人たちに「気にしないでください」とリダが笑いって背を向ける。
良かった。
素直にそう思える。
僕たちは救うことができた。
「大丈夫か?」
「はい、行きましょう」
妙な不快感が内に染み込んだ。失敗したことに対する怒りとも悲しみとも取れない感情。手に入れた情報と、体の内側を撫でる気持ちの悪い感覚。
ただ、それは吉報のようにも思えた。フードの男は確かに計画を邪魔され、感情を動かさなければいけない状況に陥っている。少しずつ、近づいている。
「きっと次で……」
そう思えば、自然と口が動いていた。
「うん、きっと」
リダが目を合わせて言った。ララメもリダの背中で頷いた。
僕は手を胸に当てて、もう一度心の中で唱えた。そうだ、きっと次で終わらせて……。
歩き出したくシュージャさんの背を追って、空を見た。雲ひとつなく、澄んだ青色がどこまでも広がっている。僕の上を影が通って、大きな翼が羽ばたいて飛んで行くのが見えた。見渡せば見渡すほどに空は透き通り、綺麗だ。
さっきまでの不快感が、嘘のように晴れ晴れとしていた。
少し歩いて、周りに木々が増え始めた頃、昼食のために少しの休憩をとった。
適当なところに座り込むと、草が柔らかくクッションのようで気持ちがいい。
ララメがリダの背中から降りると、ちょうど綺麗な蝶が横切った。たまらずそれを追いかける。黄色い羽をはためかせ鱗粉を飛ばす蝶は、ゆるりゆるりとララメの追跡をかいくぐる。負けじとララメは「まてまてー」と追いかける。
やがて森の中へ飛んで見えなくなってしまった。ララメは汗を掻いて流石に疲れたみたいで、僕の横で仰向けになった。
「えへへ、ふかふかー!」
嬉しそうに僕にそう笑いかける。
「気持ちいいね」
見習って僕も仰向けになると背中が優しく支えられる。青々とした葉っぱが隙間から覗く太陽の光で輝いて、奥に見える青の空がのびのびとして気持ちがいい。
このままだと眠ってしまいそうだ。
「なにやってるのー、ふたりとも」
急に影が差して視界が暗くなった。リダが腰を曲げて、僕たちの顔を覗き込んできた。
重力で垂れた青の綺麗な髪を、耳にかき上げると優しく笑った顔を見せて「私も混ぜて」とララメを挟んで横に座った。
何も言わずに、ただゆっくりとした時間を見送った。食器を取り出す音が聞こえる。クシュージャさんが昼食を用意してくれていた。
自分たちだけがこんなにリラックスしていることが申し訳なくなって、でもあまりの快適さに体を起こせなかった。
風が通り抜け、サワサワと木の葉を、僕らを包む草を揺らす。
「いつぶりだろ……」
ポツリとリダが呟いた。僕は静かに目を閉じて、その言葉をゆっくりと咀嚼し飲み込んでゆく。
本当にいつぶりなんだろう。ずっと心休まる日なんてなかった。すぐ後ろで倒壊する崖から、必死に逃げていた。後ろを振り向くと奈落が見えて、真っ暗闇は底が見えるはずもない。
募る焦燥感の中、必死に足を振り上げ続けた。そうか、ようやく僕は。
「ボンタは帰ったらなにするのー?」
ララメが楽しそうに聞いた。
帰ったら。旅の終わりがようやく見えて、未来のことを話せるようになった。
すこし、考えたんだ。
最初に思いついたのは、きっと心配をかけた祖父母に謝罪をしたいということだった。だけど、それを答えるのはなにか違うと思った。
今話すのは、希望だ。すべてを解決して、開けた世界で僕は一体何を手に入れるのだろうか。ただ、僕はもとの世界に帰るために。
「なんだろ……ショートケーキ。そうだ、いちごのショートケーキが食べたいな」
「ショートケーキ?」
「うん。とっても、甘くて……美味しいんだ」
その言葉とともに、思い出していた。懐かしい記憶は少し色あせて、それなのにこんなにも切望してしまう。
「そっか……」
リダが少し寂しそうにそう言って空を見上げた。
「ララメちゃんは何したい?」
「ララメね! ララメはね……」
聞かれて、少し詰まった。深く考えるようにぎゅっと目をつぶって「うーん」と唸る。
そんなララメが眩しくて、少し羨ましくなった。ララメには明るい未来がたくさん見えているのだろう。すべてが魅力的で、キラキラと光る。
「あっ!」と大きな声を出してララメは起き上がる。
「ララメね! ララメ、勇者になるの! それでね、いっぱいの人を助けてあげるの!」
太陽を背にして、勝るとも劣らないほど輝く笑みを浮かべた。
「ララメちゃんはやさしいね」
リダが立ち上がって、ララメの頭を撫でた。ララメは気持ち良さそうにして「えへへ」と笑う。
「おねえちゃんは?」
「私はね……街の警備の仕事。ずっと、夢だったんだ。誰かを守りたかったの」
いい終えて、影が落ちた。うつむくその顔はやはり笑顔を浮かべていて、どこか苦しそうだ。
「きっと、なれるよ」
僕がそう言うとリダは「うん」と小さく頷いた。そうだ。僕たちは進まなければいけない。すべてを終わらせるんだ。
「おじちゃんはー?」
そう言って聞いた。ララメがそうやってクシュージャさんのことを呼ぶたびに、内心ドキリとする。
でもそんなのは杞憂で、クシュージャさんは小さくふっと笑った。
「どうだったか。飯ができたぞ。」
そうやって、誤魔化すように木の皿を差し出した。
好奇心よりも食欲が勝ったみたいで、ララメはお皿を大急ぎで受け取るとお礼を言って食べ始める。
それを見習って、僕とリダも続く。
お腹が空いていた僕たちはすぐに皿を空にして、歩き出した。




