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第14話 否定

握って、開いて左腕の感覚を確かめる。赤い線が関節をなぞるように走っている。確かに切れた腕が、繋がっているというのはなんとも違和感がある。


「大丈夫?」


左腕を見つめる僕を心配そうにリダが覗き込んで訊ねた。短く肯定して前を向く。一歩一歩着実に歩みながら、道に飛び出る枝もなく明らかに凹凸が減り始めた道を進む。


もうすぐ、辿り着く。

そう思うと気持ちが急いて無意識のうちに歩幅が広がった。それはやっぱり僕だけじゃない。

クシュージャさんもリダだって同じ、早足だ。少し汗が滲んでいた。


そうして、見えた。

立ち並ぶ木造の家々。入り口の奥には何人かの人が見えた。その様子にはどこにも変なところがなく、入り口までたどり着いた時ようやく実感として現れた。


「間に合った!」


思わず声が漏れた。クシュージャさんが「ああ」と短く続き、リダとその背中でララメが、首を縦に振り肯定する。


「おんやぁ、また客人かえ。今日は来客の多い日だえなぁ」


腰の曲がった妙齢の女性は、杖をついて物珍しそうに僕らを見つめると、しわがれた声でそう言った。


「っ! 僕たち以外にも誰か来たんですか!?」

「あんだぁ、急におっきな声ばだして。ばぁを脅かして心臓ば止めるきかえ?」

「教えてください! そいつはフードを被ってましたかっ! どっちに言ったんですか!」

「フードかえ? あっましよく見てねぇんだべや、そうだべなぁ。村の奥の方へ歩いていきおったでな」


目を丸くするお婆さんに詰め寄って問いかけた。男は既に街の中にいる。


キャアアアアアアアアアア


甲高い声がした。若い女性の悲鳴が聞こえて、クシュージャさんが走り出す。その腕には剣が握られていた。


「おばあさん、ありがとうっ」

一言お礼を言って走り出す。追いかけるようにリダが続いた。


「あんたら、なにするきだぎゃっ! 面倒ごとを起こすんじゃないだべよっっっ!」


後ろで怒鳴るように声が聞こえた。それでも足を止めることはできない。もはや気にしてはいられなかった。

奥にうずくまる女性が見えた。周りの村人が心配するように女性に駆け寄った。その時、何事もなかったかのように女性が立ち上がった。

ピリピリとした、緊張の糸が切れて空気が柔らかくなった。みんな安心した顔をしていた。


脳の奥が熱い。ジジジと焼けるような音がする。


嫌にニヤけた口が見えた。

鈍く、嫌な叫び声が聞こえた。女性に一番心配そう寄り添っていた優しそうな男性。倒れ込む彼は自らの目を押さえ、喚き地面を転がる。

その手はドロドロとした血にまみれ、赤に染まる。人々は、何が起こったのかも理解できずに呆然として一部始終を見つめていた。


ただ、一歩後ろへ後ずさる。

それだけで人は動けなくなった。そうして、また一人踞る。皆が息を飲み、静かな空間で女性の高笑いが天高く響いた。その声はやがて重なり、蹲っていたもう一人が立ち上がる。

充血した目は、周りで立ち竦む一人に向けられていた。


「ヒっ……く、くるなぁっ!」


逃げるように後ずさる足は恐怖を浮かべ、もつれて倒れ込む。その場、をただ見つめていた。逃げ出すこともできない。人々は、異様な状況を受け止めきれず蛇に睨まれたかのごとく硬直する。

倒れ込む人に影が落ち、見下ろす目が醜く歪んだ。


「いやだぁっ! やめろぉっっ!!!」


覆いかぶさられ、身動きも取れずジタバタともがく。それでも、傷はない。


「押さえつけておけっっっ! もう一人もだっっっ!」


笑い声が一つ消える。首を激しく打ち付けられ、気を失っていた。村中に響き渡る声に、皆が我に返った。

目を抑える人を庇うように、女性を引き剥がす。

それに対して怒り狂い、憎悪の限りを叫びながら自らを押さえつける人々を殴り、腕が押さえられれば噛み付いた。


走って、ようやくその人並みにたどり着いた。リダはすぐさま血だらけの男性のもとへ立ち寄って、ララメがその傷を癒やす。

辺りを見渡した。いるはずの男を探した。


キンッッッ


金属が弾かれる音が鳴り響く。この数日で何度も聞いた音だ。

音がした方へ振り向いた。刃渡りが三十センチもない短剣が、宙で回転しながらはるか後方へ飛んでゆく。クシュージャさんは既に剣を振り切り、フードを深く被った怪しげな男は守りを弾かれて無防備に体を晒す。逃げるように、男はとっさに地面を蹴って後ろへ下がり、距離を取る。

間髪入れずに、クシュージャさんが間合いを詰めた。


とった!


思った瞬間、前へかけていたクシュージャさんが急ブレーキをかけて、横へ飛ぶ。

地面が光っていた。日の光を反射して茶色に輝く石は、より強く発光する。

クシュージャさんが飛び退いた地面が、正方形にくり抜かれて盛り上がる。

また距離が生まれる。


ドクンと心臓が跳ねた。覚えがある。この感覚は知っている。

とっさに辺りを見渡した。女性ともう一人の感情を直し終えたララメと寄り添うリダが見えた。どこにも見当たらず、ただ焦燥感が募る。首筋を冷たい汗がつたい、リダの口が大きく動く。その音が届くより早く、見えた。


ウ・シ・ロ


口の動きを追って、とっさに振り向いた。

男性が踞っていた。三歳ぐらいだろうか。やっと立てるようになったぐらいの、幼い女の子が泣き叫んでいる。その泣き声が嫌に耳について、僕はとっさに走り出した。


ドクンッ


又、心臓が跳ねる。

視界の端で、連鎖的に頭を抱え始める人々が見えた。

そうだっ。僕が、僕が止めるんだ。


ドクンッ


一際大きな音が、体の奥で鳴った。

飛び出した意識が、幼い女の子を見下ろしていた。殺しちゃだめだ。殺しちゃだめだ。殺しちゃ……そうだ、殺してやりたい。

体に大きな衝撃が走って、意識がようやく自分へと帰った。

ぶつかり、弾き飛ばされた男が呻き声を上げている。足元で泣く少女が、男に駆け寄っていくのが見えた。


そうだ、大丈夫だ。

今、殺してやるからね。


僕は右手を見た。鈍い色の剣が握りしめられている。そうだ、ゆっくりと振り下ろせ。

切り落とされた頭、湧き上がる愉悦の感情。

脳いっぱいに殺意が注がれ満たされてゆく。


ガンッ


振り下ろされた腕がえらく痺れた。それなのにえらく軽い。耳に遅れて届いた、金属を削るような音。振り向くと剣先が地面に打ち立てられている。

なにか、意識が引っ張られるのを感じる。

何かを忘れているような、そんな気がする。

もう一度目を落とすと、剣が半ばで切れているのが目に映る。ああ、そうか。また、剣が必要だったか。


「救ってみせろッッッ! シモダイラボンタッッッ!!!」


いともたやすく、その声は僕を呼び起こす。ただ幼い女の子しか視界に写っていなかった。

そうだ、僕は。


「ぼんたっっっ! がんばれっっっ!」



僕は救わなくちゃいけないんだっっっ!!!



体から、とめどなく溢れてゆく。もはや自分でさえ押さえきれず、絶えず繋がり一つの意識を生み出してゆく。

僕は、ララメは、俺は、私は……私達は……救わなければいけないんだっっっ!!!

心臓が一段と激しく跳ね上がる。


頭を抱え、うめき声を上げていた人々が、憎悪の表情を浮かべていた人々が我に返り、辺りを見渡している。

自らの身に起きた事を理解できず、ただ呆然とする。

それでいい。犯してしまった過ちを悔いて、憎悪を押さえきれなかった自分を罵るのなんてもううんざりだ。


「おまえっ……おまえ……」


フードから、二つの冷たい瞳が僕を覗いていた。灰色を帯びた熱のこもらない目が僕を捉え、朧気になる。

とっさにクシュージャさんが走り出し、一瞬で間合いを詰めて剣を振るう。

剣がフードの男を真っ二つに切り、揺れた。

霞のように空気に溶けて、フードの男は消えていった。


サボっててすみませんでした

今日から更新再開です

ラストまでもう完成してるので、ちゃんと投稿忘れなければ毎日更新となります

どうぞよしなに

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