表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/33

第12話 獣

大きく呼吸をして、意識を体の内へ集中させる。血液の流れと同じように、体内を満たす魔法のエネルギーを明確にイメージする。思い出せ、思い出すんだあの時の感覚を。


「はぁっはぁっはぁっ」

「大丈夫、ボンタ君?」

「うんっ……大丈夫」


ようやく繋がった。なんとか呼吸を整えると広げられた地図の一点を示す。


「次は……この街です」


クシュージャさんがもとに戻ったあと、僕たちは必死になって街の人を止めた。唾を撒き散らしながら憎しみの感情を顕にする人々を押さえつけ、そのたびにララメの回復魔法をかける。

すべてが終わった頃、既に村は焼け野原になっていて、治った人たちはただどうすることもなくそれを見つめていた。涙のあとを残して、もはや泣くこともできなくなっていた。


すべてが終わると同時に、ララメが力なく倒れた。なんとか地面につく前に支えて、ララメに声をかけた。返答の代わりに、小さな寝息が帰ってきた。緊張の糸が切れて疲れが途端に押し寄せたんだろう。

残った村の人たちは、十分の一もいなかった。小さな村だったから、きっとみんな顔見知りだったんだと思う。自分の犯してしまった罪は、憎悪が消えても晴れることはない。何度も嘔吐を繰り返し、最後には自らの命を断とうとする者さえいた。それをみんなで必死になって止めていた。


僕たちが事の真実を伝えると、みんな言葉を失っていた。

誰か一人が、本当はお前たちがやったんじゃないのかと僕らを弾劾した。きっと、なにかに当たらないとやってられなかったんだと思う。

僕たちが、フードの男を追うことを告げると、一人の男性が前に出て頭を深々と下げた。足元の少女は男性のズボンを握りしめて泣いていた。


救った、救えたはずなんだ。

彼らに背を向けて振り返ることはもうしない。ララメが俯いて、リダの裾を握っていた。


「ララメね、次はもっと頑張るから……今度はきっと、みんな助けてあげられるよね? みんなもう泣かないでいいよね?」


震える声でララメはそう言った。リダが優しく頭を撫でて「きっと大丈夫」と優しく声をかけていた。

結局、村でフードの男を見つけることはできなかった。


まだ終わっちゃいない。既に、次の目的地へと向かったのだろう。だから僕はその足取りを探り、後を追うために感覚の共有を行使した。

あまりに不出来で、数秒も繋がっていられなかった。プカプカと浮かんだ意識がフードの男を見下ろしていた。ただ、次の目的地だけがわかった。

たったのそれだけなのに、体からはドッと汗が吹き出して、息が切れた。

それでも、確かに魔法を扱うことができた。小さな達成感、そして決意。次は、もうこんな悲しい犠牲を生まない。もう終わりにするんだ。


「特訓を手伝ってください。」


焼けた薪が崩れて、火の粉が散った。小さな弾ける音が耳に残る。揺れる炎の奥で、クシュージャさんの目が僕に向けられた。


「ララメには回復魔法があるから、憎悪の共感は聞かない……僕の魔法はアイツと同じなんです。それなら僕にだってできるはずだ」


ずっと、考えていた。歩きながら、僕の頭の中ではあの光景がずっと渦巻いていたんだ。音を出さないように、声を殺してすすり泣くあの声が、絶望してしまい乾いた声で笑うあの声が離れない。木の焦げた匂いが鼻腔を掠めて、脳をチリチリと燃やす。


そうだ。あの時、僕たちを優しく受け入れてくれたあの村で、僕は確かに支配されかけた。憎悪の感覚が無理やり押し込められて、殺意に飲み込まれていくあの感覚。

だからわかる。あれは僕にもできるはずなんだ。

僕の魔法も、フードの男の魔法も同じ感覚の共有だ。

そうだ、僕は確かに知っているはずなんだ。強い感情を飲み込む方法も、増幅する方法も、共有する方法も。だって、僕は一度アイツになっているんだから。

だから、僕はただララメの思いを増幅し、共有すればいい。


クシュージャさんは何も言わずに立ち上がり、背を向けると。

「ついてこい」

そう言った。


夜の静けさは驚くほどに鼓膜に音を伝える。澄んだ空気を震わせる葉擦れ音、遠く響く梟の鳴き声、草を揺らす虫の声。

僕とクシュージャさんの間には、二十メートルほどにも及ぶ距離。十分すぎるほどに離れているのに、それでもプレッシャーは拭えない。

首筋を冷たい感触が這い、汗が垂れてゆく。鋭敏に、より深く神経は研ぎ澄まされてゆく。釘付けの視線を動かすことも叶わず、次第に早まる鼓動と呼吸の音に焦りを感じていた。


確かに、見ていた。瞬きすら躊躇らわれるその緊張感の中、僕は目を逸らしてなんかいない。それなのに、気がついたら既にそこにいた。

地面を擦るかのような前傾姿勢がさらなる加速を生み出す。気圧され、右足が後ろへ下がるのを感じた。

あまりにも重い一歩だった。まだ、距離はあった。それなのに、ひどく近い。重なった視線に映るのは、鋭い殺意。意識は瞬時に引っ張られ、逃げ出そうとする。

恐怖に飲み込まれ、反射的に魔力を放出した。


体の水分をすべて吸い上げられるかのような感覚。全身から水蒸気が溢れ、引っ張られる。


意識は、中へ。


殺したくない。殺したくない。殺したくなんてない。殺してはいけない。殺してはいけないんだ。駄目だ………駄目だ駄目だ駄目だ。殺すしかないんだ。それしかできないんだ。殺したいん。憎いんだ。殺したいんだ。


何秒たったか、瞳孔が開いてゆく。全身の血が突如加速を始め、腕に力が籠もる。そうだ、その感情に従え。


目の前の男をコロセッッッ!!!

眼前まで迫ったクシュージャに、剣を振り上げた。


「ハ?」


ポトリと音がした。

既に、クシュージャは視界の内から消えている。

軽い腕を見た。肘から先がない。


プツプツとした肉、顔を出す白い骨。じわりと血が浮かび、吹き出す。脳に電流が走り、途端、激痛が右腕を襲う。鉄板にでも押し付けられているように、腕が燃えるようだった。

それなのに、体の芯から熱が逃げてゆく。背筋を撫でるような気持ち悪い感触が離れず、フワリと意識が飛びそうになる。


その度、痛みに押し戻され、血の気が引いてゆく。先程抱いたはずの殺意は露ほども見当たらず、只々恐怖の感情が募る。

どこだ、クシュージャさんはどこに行った。逃げなければ。少しでも距離を取らなくては。


また、僕は確かに後ずさろうとした。しかし、体は動かない。脳の処理が追いつかないまま、何度も足を上げろと司令を吐き出し続けた。視界がゆっくりと回転を始め、地面を舐める。

いつの間にか地に伏せて、身動きが取れない。


必死になって、足を見た。

きれいな断面からは下水のように、絶えず赤赤とした液体が垂れ流されている。

ゾクリと、背筋に悪寒が走った。


逃げろ、逃げろ、逃げろ。


獣は動けない獲物を静かに見下ろす。

不気味なほどに赤く、鋭い瞳が突き刺さり何度も脳内でリピートされる。

もはや、痛みさえどうでも良かった。残っている肘と膝で、地面を蹴って這いずった。砂利が肉に食い込んで、無意識のうちに悲鳴が漏れる。口の中は鼻水と血でぐちゃぐちゃにかき回されてワケがわからない。


逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ。

この人はっ、僕を殺す気だ。


土を何度も掻いた。何度も何度も。土は抉れるばかりで、一向に前に進む気配がない。思わず、振り返った。赤い満月はあまりにも近く、僕の背中のちょうど真上に浮かんでいる。

脇腹に突き刺さった剣の側面が、鏡のように光を反射して、クシュージャの瞳を映した


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ