第10話 代償
一定のリズムを刻んで繰り返す、空気を切る音があった。思考を追い払うように何度も刃の無い剣を振り下ろす。首筋に汗が通り熱を奪っていく。
雲のない空には無数の星が浮かび、夜の森を静かに照らした。振り上げられた剣身に満月が写る。梟の鳴き声が木々にこだまして森の奥へと消えていく。
「……ごめん、起こしちゃった?」
木の横で、影が見えた。不意に話しかけられて驚いたのか、少し体をビクつかせて、影は姿を見せる。月明かりに照らされて、腕を囲うようにしてできた傷が見えた。
「ううん。眠れなくって」
リダはそう言って小さく笑った。
「いつも一人で素振りしてるの?」
「少しでもさ、役に立てるように」
袖で汗を拭って答えると、リダは小さく「そっか」と呟いた。
「手伝っても、いいかな? ほら、二人いたら色々……」
僕は、素直にその提案を受け入れた。
僕たちは、少し距離を開けて向かい合う。
簡単な模擬戦。リダの手には氷の剣が握られていた。半透明のそれは暗闇に溶け込み、朧げに光を反射してチラチラと光る。
僕は、近くに落ちていた小さな枝を軽く放った。それはきれいな曲線を描いて、ちょうど二人の間を目指す。
パキリと音がした。グッと身をかがめて、リダが走り出す。必死にその動きを目で追って、攻撃が飛んでくる方に剣を構える。
しかし、衝撃は全く別の場所に訪れる。
刃の無い剣が身を叩き、鈍い痛みが走った。思わず声が漏れて、膝をついた。
そんな僕を見て、リダは手を差し伸べた。
「まだまだっ!」
僕はその手を払いのけるように、剣を振るった。膝立ちのままじゃ踏ん張ることもできず、剣はゆるりと流れる。。
特に動揺するでもなく、軽々と躱してまた距離を取る。リダはまた、すぐに走り出す。
なんとか立ち上がって、必死に目で追った。キラキラと氷が宙に軌跡を残す。星のように儚く、そして鋭い。
剣は横薙にして、僕の脇腹へと向かっていた。だから、剣先を地面へと向けると胴と平行に剣を構え、攻撃を受け止めようとする。
キラキラと流れる光に目を奪われ、後を追った。
それは流水のようになめらかに曲線を描き、待ち構える剣を避けて天へと上る。咄嗟に体を動かそうとするけど、到底間に合うわけもなく、脳天を剣が打った。
グラリとして空が見えた。星がどこまでも広がっている。背中を打って、空気が肺から漏れ出すのが分かった。
痛い。とても、痛いんだ。
どうにかして状態を起こすと、横に転がっている剣を取る。両手で握って杖のように地面に押し当ててなんとか立ち上がる。
「まだっ……まだっ!」
振り絞って声を出す。リダは少したじろいで、それでも剣を構え直した。
向かって来る剣はやはり曲線を描く。それを追うようにして剣を弾くと、その勢いを利用してまた別の場所を打つ。到底間に合うことはなく、鈍い痛みが肌に残る。
息を止めて、腹に力を入れて、踏ん張った。振り上げた剣はまっすぐとリダを目指す。
ブンと空を切る音がした。同時に、鈍い痛みに襲われる。軽やかに剣を避けると、リダはすぐさま反撃に乗じた。
なんて、なんて僕は弱いんだ。
必死になって剣を振って、それでもリダを捉えることは到底ない。体が重くて、腕が棒切れのようで、次第に動かなくなってゆく。
一体どれほどの差があるのだろう。僕には何もできず、守られるばかりだ。
「ま、まいりました」
氷の剣先が僕の喉元を指す。最後にちょんと押されて、途端に体の力が抜けて尻もちをついた。
「私もつかれたー」
リダはそう言って楽しそうに笑いながら僕の横で寝転んだ。
「強すぎるよ。全然届きそうにないや」
僕がそう言うと驚いたように目を丸くして、まだまだ負ける予定はないよとリダは笑って見せた。
僕もリダに習って、仰向けになった。木の葉が摺れる音がして、夜の冷たい風が心地良い。
「ねぇ、ボンタ君はさ……どうしてそんなに頑張るの?」
遠い星を見つめながら、リダはどこか寂しそうな声でそんなことを聞いた。
なぜだろうか。自分でもわからなかった。
僕は横に寝転ぶリダを見た。白く、きれいな肌。細くて、それなのに力強くい。そんなリダの腕には、赤い線が残っていた。
大きな、怪我だったんだ。完全に治すことは叶わなかった。腕の接合面に、跡が残ってしまった。
僕の視線に気がついて、リダはその傷跡を手で覆って隠してエヘヘと恥ずかしそうに笑った。
「気にしなくていいのに、私が勝手にやったことだからさ」
リダは気を使って、そんなふうに言う。
「ボンタ君はさ、帰ることだけ考えてればいいんだよ」
「諦めたくないよ」
自然と口が動いてしまった。そうだ。わかっていたんだ。自分には何もできやしないことなんて。僕なんかには何もできない。憧れることさえおこがましい。
「みんな、みんなさ」
「そんなの……よくばりだよ」
本当に、小さく今にも消えてしまいそうな声でリダはそう言った。そんな自分の言葉に驚いたようで、取り繕うように「もう帰ろっか」と立ち上がって続けた。
何も言うことができず、僕はリダの小さな背中を追いかけた。




