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第9話 傷

昨日の分です


「おっきろーーー」


体が大きく揺れ、耳に爆音が響く。

飛び起きるとテントの隙間から光が覗き、朝を知らせた。


「おはよ、ララメ。おこしてくれてありがと」


なんとか立ち上がって頭を撫でると、にへへと笑顔が返ってきた。

あんなことがあっても、いや、あんなことがあったからこそお腹が空いた。みんな酷く疲れていた。口には出さなかったけれど、体も心もボロボロだった。


朝ご飯はオートミール。麦の粥だ。胃が優しく温かくなって、少しホッとする。

顔に汚れが付いてると言われて拭うと、手が黒くなった。炭がかえって顔中に広がって、それを見たリダとララメが笑った。


「ここから北へ進んだ先に、また小さな村がある」


食べ終わるとクシュージャさんは地図を広げ、一点を指した。


「次は、ここが惨劇の舞台となる」


その言葉はどうしようもなく重く胸にのしかかった。


「守らなくちゃ……」


俯きながらリダが小さく漏らした。その言葉を反芻するように何度も小さく繰り返す。そして、覚悟を決めたように顔を上げるとクシュージャさんを見つめ「行きましょう」と言い放つ。


「俺は、あの男を殺す」


当然のことであると、クシュージャさんは言い切った。それは、今までのどんな言葉よりも冷たく、まっすぐに研ぎ澄まされている。

ヒヤリとした汗が首筋をなぞった。


「行くぞ」


その日、いつもと変わらない言葉を聞いて僕たちは歩き出した。

あの虐殺を止めるために。悲劇を終わらせるために。

少し歩いて、次の村までの道へ出た。


誰も、喋ろうとはしない。あまりにいっぱいのことが同時に押し寄せて、まだみんな自分の気持ちすら整理できていなかったんだと思う。

ただ、不安でいっぱいだった。わからないことだらけで、どうすればいいのかなんてさっぱりわからなくて、先行きの見えないまま進むことしかできない。


頭の奥でチリチリと何かが音を立てた。


思い出そうとした。昨日のことを。夢のことを。


「っっっ」


脳に鋭い痛みが走った。


頭を押さえる僕を、リダが心配そうに覗き込む。僕はそれに大丈夫とだけ返し、また記憶を辿る。

ようやく、違和感に気づく。知っている。僕は確かに何者かと感覚を共有し、別人に成り代わっていたことを。ただ、それを知識として知っているだけなんだ。

それなのに、見たものも感じたものも抜け落ちている。不自然なまま僕の言動だけが残っていて、実感が伴わない。


そうだ、僕は依然としてなにも知らないままなんだ。


「なんで……あんなことをするんだろう」


リダは僕の言葉を聞いてビクッと体を震わせた。少し困ったように顔を曇らせて、答えた。

「召喚術には……媒体、つまり生贄がいるの」

「それで、あんな大勢を殺すなんてっ!」

「強大な力には、それに伴った代価が求められる」


その言葉で、思い出した。目の前を覆い尽くした灰色の殺意。朽ちた大木。

そうだ、フードの男からララメを助け出した時。無数の小さなサメが召喚され、引き換えに大木の生命力失われた。


ならばこそ、導き出される答えはたった一つ、勇者。


御伽噺として広く語られる英雄。世界を闇で覆わんとする魔王を倒し世界に光を満たす希望の象徴。僕の居た世界だけじゃない。その存在は、この世界にも確かにあって、今現実のものとなろうとしている。

奴らは勇者を召喚しようとしている。


「なんで……ララメを」


その答えは一つだけ、小さな疑問を残した。名前を呼ばれたララメは不思議そうにして首を傾げていた。


「回復魔法は、貴重だから」


リダは苦笑しながら言った。僕はそれに頷きながら、どこか違和感を覚えていた。

足りないピースを捜すように歩きながら考えていた。この世界の勇者とは。一体どうすれば止めることができるのか。


そのうちで耳元で囁く声が聞こえた。「俺は、あの男を殺す」

そうだ。答えは明白だ。次の犠牲が出る前に、多くが殺される前に、ただひとりを殺さなくちゃいけない。


人を、殺さなくてはいけないんだ。

はっきりと自覚して、顔を上げた。前をゆくクシュージャさんの背を見た。


その時、胸が跳ねた。


上げた足が、ゆっくりと地面に落ちてゆく。目に映る光景がスローモーションで再生され、時がゆっくりと動いてゆく。

あまりに鮮明に見えるものだから、かえって安っぽい偽物の様に見えた。


鎧を着た男がクシュージャさんに剣を振り下ろした。


風を切る音。


クシュージャさんは身をよじらせ、その剣を交わす。

時が加速し、時間の流れが元に戻っていく。


え、どこから出てきた? 何が起きてる? 


突然の事態に脳は当然処理が追いつかない。そんな中でクシュージャさんは手を振り上げ、淡々と剣を宙に鍛造する。強く握り締められた柄を追い、剣身が走る。それは首筋を正確に捉えている。


「だめっっっっ!!!」


後ろから悲鳴のような叫び声が上がった。

しかし、剣の勢いは萎えることなくその刃が振り下ろされる。

ガンっと鈍い音が鳴った。骨にぶつかった音でも、ましてや金属がぶつかりあうような高い音でもない。もっと鈍い音。


砕けた透明の粒があたりに飛び散って、光を反射した。

首は無事氷の鎧で守られた。剣で首を殴られ、男は地面へと倒れてゆく。なんとか片手で地面を弾き、そのまま勢いを利用して低い姿勢で走り出す。

目指すのは、クシュージャさんを越えた先。そこに立つのは当然僕だ。


それは、あまりに短い時間だった。脳は瞬く間に変わる状況に追いつくことなどできず、もっとずっと前で処理が止まっている。

体が先に走って、剣先はギャリギャリと地面に線を引いている。柄を両手で握り直すのが見えた。それはやがて僕を目指して振り上げられる。


両腕で顔を覆って、目をつぶった。痛くありませんようにと祈った。

体が引っ張られるのを感じる。

乱暴に投げられて、尻餅をついた。尾てい骨がジンジンと痛む。状況確認を求むと要請する脳に答えて恐る恐る目を開く。


目の前にだらんと腕が垂れ下がってきた。肩から脱力して、ブラブラと揺れるその腕は半ばで途切れ、先がない。

綺麗に切れた断面からは、ダラダラと絶えず血が噴き出している。


「リダっっっっ!!!」


リダは振り向いて僕の顔を見ると、安心したように笑って、力なく倒れてゆく。僕は咄嗟に立ち上がって、その体をを支えた。

その時、地面に重い何かがぶつかる音がした。少ししてもう一度音が鳴ると、小さく土煙が立つ。


後ろで、おねえちゃんと叫ぶ声が聞こえて、戦いは終わった。

本当に、唐突に男はやってきた。突然襲ってきて、死んだ。

盗賊か何かだろうか。道から少しそれた森で適当な場所を見つけて埋める。その頃にはララメのおかげでリダの腕も繋がっていて、また僕たちは歩き出した。


道を歩いて、歩いて、少し空が赤色を帯び始めた頃、鼻を突き抜ける嫌な臭いがした。どこか、嗅いだことのあるような匂いだった。

ハエの羽音が耳につく。傾いた馬車、カラカラと力なく宙で回る車輪。

馬の腹は縦に裂かれ、蝶を引きずり出されている。小太りの男は全身の皮が剥がれ、内側に潜む肉を剥き出しにしていた。


「皮肉なものだな」


そうだ、あの男は小奇麗すぎた。

商人の男は、自らの盾に惨殺されたんだ。クシュージャさんが穴を掘った。僕は、馬車の中を漁った。ひどく浅ましい行為だ。それでも、今の僕たちには余裕がない。少しでも役に立つものがあれば使わなければいけない。荷車の中を探すと、ブヨブヨとした感触の君の悪いものが乱雑に放り投げられていた。ひどい匂いで、荷車から出し、日に当てて確認すると、それは人の皮だった。


思わず口を押さえ、なんとか吐き気を押さえ込む。そうして、また漁った。

そうだ。殺さなければいけないんだ、奴らを。そのために役に立つのであれば、どんなものであっても使わなければいけない。武器となり得るものを探すなか、一つ大切に保管されているものがあった。暗くなり始めた荷車の中、手にとったそれは薄く小さなものだった。


外に出ると、空の色は素手に暗い。頼りなく光る星の下で手にとったそれを見た。

なんて書いてあるかはわからない。ただ、その手紙をみて、胸がひどく締め付けられた。


小さく火が弾ける音がする。火の粉が飛んで、近くの草に燃え移った。チリチリと焼けて白くなり、小さな火はそのまま消えた。

暗い夜の中で、上手く不安が拭うことができないでいた。形のない恐怖が、じわりじわりと心に染み込んで黒く染め上げる。

ララメは何度も頭を揺らして、もう眠いみたいだ。


「どうして、あんなことをした」


薪の燃える小さな音を切って、クシュージャさんが問いただす。


「殺すことが最善だなんて……やっぱり思えないんです」


俯いたままリダは返した。


「違う」


責め立てるようにクシュージャさんはリダを見つめる。その声は叱っているようで、リダの体がビクリと震えた。


「なぜ、諦めた」


リダはその言葉を聞くと片腕を抑え小さくなる。どこかに消えてしまいたい。そんな様子で、小さく答える。


「仕方がないじゃないですか。何かのためには、もう一つは犠牲にしなくちゃ。ボンタ君を守りたかったから……」

「そうか」


クシュージャさんはそれだけ言うと話を切って、立ち上がった。もうそれ以上何も言わない。もう限界のララメを優しく抱き抱えると、テントの中へ運んでいった。


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