ヴィーシニャ
八 虐殺
「あの、すいません!」
ランの声が遠くに聞こえる。
「女の子が倒れちゃって・・・動けないみたいなんです!意識もないみたいで・・・開けてください!」
「あ?チビが?」
「不味いっすよ。ガキとはいえ殺しちゃったら、どうするんすか!」
「おい、チビはどんな感じだ?」
「な、なんか倒れちゃって、呼び掛けても返事がなくて!顔も血の気がないんです!」
「不味いっすよ、完全に!」
「わ、分かった。取り敢えずボスに・・・!」
「そんな時間ないです!今にも死にそうな感じで・・・!」
「あ~もう、開けちまった方が早いっす!」
その言葉の直後、鍵が開く音。
「俺見てくるんで、兄貴はここにいてください!」
コツコツコツ
「どこにいる、ガキども!」
靴音が近づいてくる。
三、二、一、今!
私は、隠れていた木箱の裏から飛び出す・
「なっ!」
完全に男の隙を突いた。驚いた顔をしている男に飛び掛かり、男の胸にナイフを深く突き立て、即座に抜く。鮮血が飛び散って、顔に掛かってきた。
グシャッと男の体が床に崩れ落ちた。
「ひっ!」
この様子を見て、ランが軽く悲鳴を上げた。
「おい、どうだ?」
閉まったドアの向こうで、男の声がする。
「ど、どうしましょう、ラジャットさん。」
「・・・中に入るのを、待つしかないだろう・・・。」
危ない賭けだが、やるしかない。あの男が仲間を呼ぶか、入ってくるか・・・。
気を引き締めて、血の付いたナイフを持ち直す。
「どうした?ガキは?」
その時、ランが立ち上がった。
何をする気だ?
そう思っていると、少し低い音が響いた。
「なんか動けなさそうだし、熱あるっぽいっす。運ぶの手伝ってくれないっすか?」
それは、さっき私が殺した男の声に近い音だった。パッと後ろを振り向いても、絶命した肉の塊があるだけ。
・・・ランの声か?
「本当か?!よし、今入る!」
カチャッとドアが開く。
「どこだ?」
きょろきょろと薄暗い部屋を見渡しながら中に入ってくる。
全く、間抜けな奴だ。背後に私がいるとも気が付かないで。
「ここだ。」
「?!」
男が振り向くのと同時くらいに、腹にナイフを突き刺す。深々と刺して、一気に引き抜く。
「グハッ!」
抜いた所から血が噴き出す。男の下にいた私は、それをモロに受けた。
「お、まえ・・・は・・・」
何か言いたげだったが、全て言い終わる前に倒れた。
ドサッ・・・
フー・・・と一息つきつつ、ピッとナイフを払う。血が床に点々と跳んだ。
「だ、大丈夫?」
隅の方で固まっていたランが、声をかけてくる。
「ああ。・・・それより、さっきの声、ランが・・・?」
「うん。演劇をやってるから、少しくらいなら声を変えられるよ。」
「そうか・・・。ありがとう、助かった。」
私は壁を支えにしつつ、立ち上がる。ランが手を貸してくれようとするが、それを手で制しつつ、外を覗く。
人は、来ない。左手にある階段の方向に耳を向けるが、気配も、音もしない。
「よし、行くぞ。」
手で合図しつつ、階段を降りる。
下には誰も居なかった。真っ直ぐ出口に向かい外を覗くと、私達が乗ってきた車が見えた。車に乗ると、多分気づかれる。その時、視界の端にバイクが見えた。・・・あいつらのものか?
「・・・あれで、戻るぞ。」
一歩進もうとすると、洋服の裾を掴まれた。
「・・・何だ。」
「やっぱり、兄を放っておけない。」
また、これか・・・。時間も無いっていうのに・・・。
「さっきも言ったろ・・・。ランを逃がすのが、先だって・・・」
「そうかもしれないけど・・・お願い!兄を助けられるのは、貴方しかいないの!」
「・・・私が、こんなでも、頼むのか?」
チラッと肩に目を向ける。
「そうだけど・・・さっきの見たら、大丈夫かなって・・・。」
ハァ・・・
「・・・分かった・・・だが、死んでも、責任は取らないからな。」
「うん。ありがとう・・・ございます。」
全く・・・。
私は踵を返し、階段を上る。
っつ・・・
肋骨が痛みを発する。・・・少し、静まってろ・・・。
二階に上がっていく途中、上の異変に気付いた。・・・私達が逃げたことに気付いたか・・・
「どうか、した・・・?」
唇の前に指を立て、指差しで下に降りるよう指示を出す。
「いいか、手短に話す。私達がいないことに敵が気付いた。ランは二階に行って、私が逃げたと言え。多分、事情を聴くためにボスの所に連れていかれるはずだ・・・。そうなったら、零時丁度に電気を消せ。もし別の所に連れていかれたら、私もそこに行く。・・・分かったか?」
「電気を消した後、どうするの?」
「・・・それは、後でのお楽しみということにしておこう・・・。」
「・・・分かった。」
「よし、行け。」
私は、ランの送りだす。
さて、私も準備しなくては・・・。そう思い、体勢を低くして力強く床を蹴って近くの部屋に飛び込む。
「なんだ、今の!」
「どうせネズミだろ。今までだって何度もいただろ・・・って、お前!」
部屋の中で一息つきつつ、声に耳を澄ます。
「さっき部屋にぶち込んだはず・・・どうやって逃げた!」
「えっと・・・」
「おい、部屋見ろ!」
バタバタと騒がしい足音が遠のき、静かになった。
私は自分の方に取り敢えず集中する。・・・ここには、通風孔があるな・・・。
通風孔は棚の上にあったので、近くの椅子を持ってきて上に乗り、棚の上に移る。網を取り、左手で体を持ち上げつつ、中に入る。
っつぅ・・・。
さっき一気に話したのと、無理に動かしたせいで体が痛い。ペッとその場に血を吐く。
ほこりくさ・・・。
意外と通風孔の中は広かった。その中を通路に沿って真っ直ぐ進んで行くと、光が漏れている場所を見つけた。そこは、私達が入っていた部屋だった。しかし、男達の死体はない。
「おい、もう一人のガキは?」
「いねぇ!つーか見張ってた奴らは?!」
「そいつらもいねぇぞ!まさか、裏切ったのか!」
・・・どういうことか分からないが、今の会話にランがアドリブを入れてくれればいいんだが・・・。
「おいガキ!ここで何があった?!」
「わ、分からないですけど、見張っていた人達が私達を連れて行こうとして・・・女の子と他の二人は逃げたんですけど、私だけ置いて行かれちゃって・・・。」
「チッ!おい、こいつを連れて、ボスんとこ行くぞ!」
「は、はい!」
ナイスだ、ラン。
時々見える廊下に男達を確認しつつ、ついて行く。再び光が見えた。
あそこか・・・。
少し、スピードを上げて行くと、肩と腹の痛みで息が荒くなる。
光の所から、声が聞こえてきて下を覗くと、スタナが転がっていた。
「さっきの女だろ?!お前らがガキ使って暗殺やってんのは知ってんだ!それに、部下を使って麻薬運んでんだろ?麻薬はいけねぇよな?!」
「さっきから言ってるが・・・ヤクなんて、やってねーよ・・・。」
・・・なんとなく話が見えてこないが・・・。うちの組織、麻薬何てやっていたか?ガキを使って暗殺って言うのは多分私の事だろう。
ドスッと鈍い音がする。多分、スタナが蹴られた音だろう。
「さっさと吐いちまえよ。そしたら楽になるぜ?」
その時、乱暴にドアが開いた。
「ボス!ガキの一人に逃げられました!見張りもいないっす!」
「なに?!逃げられただと?!どっちのガキだ!」
「銀髪の方です!」
「銀・・・?こいつの妹か?」
「はい!茶色のガキは連れてきました!」
中にランが入ってくる。転がっているスタナを見て、声を上げた。
「お兄ちゃ・・・!」
『お兄ちゃん』と言おうとして、途中で止まった。多分、私が話した状況を思い出したんだろう。だがその声はしっかり聴かれていた。
「兄貴?!・・・ってことは、あの銀髪が『天使』なのか?!」
「ですがボス!あのチビ目ぇ黄色だったし、殺人狂じゃない感じでした・・・!」
「チッ!見張ってた奴らもいなくなっちまったし、チビも居ねーし・・・誰か分かんねーし!おいお前!なんか知ってんだろ?!」
「・・・俺は何も知らねー。あいつと一緒にいる程度?」
色々バレて面倒臭くなったのか、暴露し始めた。
ったく、ルタの奴・・・。
あいつは、こっちをチラッと見た。パチッと目線があう。ほんの一瞬だから、スタナ達も気付いていないだろう。
ルタはきっと、何があっても対処するだろう。・・・少し、安心する。
部屋の時計を見ると、あと十秒で零時になる頃だった。ラン、ちゃんとやってくれよ・・・。
・・・五、四、三、二、一!
その瞬間、ランが周りにいた男を押しのけ、電気のスイッチを押す。一瞬で暗くなり、部屋の中が見えにくくなる。それと同時に、私は網を踏み抜く。
「な、なんだ?!」
「電気が消えた!ガキだ!」
「今の音はなんだ?!何か落ちたぞ!」
一気に慌てた様子になる部屋の中で、グシャっという音がした。私は取り敢えず飛び降り、ナイフを左手に持つ。
目が暗闇に慣れてきて、軽く周りを見る。
スタナはランと一緒にいる、ルタはこれを好機に敵を殴っている・・・って、縄取れたんだな。
ウロウロして、私の方に来る敵を取り敢えず切り付けていく。
「グア!」
「な、なんだ・・・?!誰か、い・・・!」
「電気をつけろ!早く!」
スイッチの方を向くと、男が向かっていくのが見えた。
「させるか。」
後ろに跳び、相手の背中にナイフを立てる。
「グハッ!・・・だ、誰だ・・・」
ナイフを抜き、後ろに下がる。崩れ落ちる男。
その時、パチッと電気が点く。男の横から、手を伸ばした奴がいた。
チッ、こいつか・・・
ドアの外から男が一人顔をのぞかせていた。中の様子を見て固まっている。私は低い姿勢のまま床を蹴り、一気に距離を詰める。
「ひっ!」
男が逃げ出す前に、その腹を横に切る。
「っ・・・!あぁぁぁぁ!」
ドサッと倒れ、苦しむ。
「な、なんだ、お前・・・。」
振り向くと、男達の目が私に向いていた。
「さぁ・・・?」
「とにかく殺せ!」
「はい!」
周りを囲まれ、攻められる。だがその前に私は動き出す。
こいつら動きが遅い。全員、殺れる。
近くにいる男の腹にナイフを投げる。
「ひぃぃ!」
男に飛びつき、刺さったナイフを抜くと一気に血が出てくる。男を蹴飛ばしつつ、別の男の首を切る。
「ぎゃぁぁぁ!」
一回床に着地し息を整えると、後ろから近づいてくる気配がする。
「死ねよ、ガキがぁ!」
振り向きざまに男の足を払い、転んだ所を上から鳩尾に深々と刺す。
残り、一、二・・・あと、ボスだけか。よし、行ける。
左に跳び男に近づくと相手の左手を下から上に切り飛ばす。左腕は血を飛ばしながら跳んで行った。
「うぁぁぁぁ!」
あぁ、楽しい。とても心地いい。
死ぬ前の悲鳴も、死の気配も、深紅の血の匂いも、人を殺すのも・・・。
こんなに楽しいことはない。
思わず笑みがこぼれる。
「が、ガキのくせに強ぇぞ!」
「早く死んじまえよ、このガキがぁ!」
・・・・・・
「煩いなぁ・・・。」
ユラリと立ち上がりつつ右に跳ぶ。
二人並んでいてくれたのは好都合だった。二人まとめて首を切る。
「ああああ!」
「ぎゃぁぁぁ!」
気が付けば、元いた場所に立っていた。落ちた網の上にいて、一段高くなっている。
周りに完全に血の海で、生き残っているのはルタ達と、ボスだけ。
ハァ・・・良い眺めた。恐怖で強張った顔と、真っ赤な血。あぁ、笑えてくる。
「フッ・・・ハハ、ハハハハハ!」
「・・・お前が、『天使』か・・・?」
「銀髪、赤い目、殺人狂・・・サリエルは、お前だったんだ!」
そう言いつつ、男は受話器を取り上げる。・・・どこかに電話する気か?
「させるかよ。」
ナイフを捨て、内ポケットに入れた拳銃を取り出す。左手で構え、男の胸に銃口を向ける。
「っ・・・」
血が出ている右腕を無理矢理動かし、銃を支える。
「ダ・スヴィダーニャ。」
撃った瞬間、肩が外れるかと思った。後ろに吹っ飛び、ドンッと床に背を打った。鈍い痛みが走る。
「っ・・・」
「ラン、大丈夫か?!」
直ぐにルタが起こしに来てくれた。
「ああ・・・つっ・・・いや、大丈夫じゃ、ない、かな・・・。」
忘れていた肩と腹の痛みがぶり変えしてくる。アドレナリンが出ていたせいか・・・?
「・・・お前の目、赤い・・・?」
「あ?」
「いや、血が反射してんのか。・・・ああ、そういうことか。」
「・・・何が?」
「あいつらが言ってた『天使』の特徴だよ。銀髪は元々で、赤い目は血の赤だったんだ。で、殺人狂っていうのは・・・さっきの見てたら分かる。」
「ああ、そういう・・・」
「とにかくここから出るか・・・スタナ、妹ちゃん、先に車に行ってろ。」
「おう。」
そう言って、スタナはランを連れて出て行った。
「ラン、歩けるか?」
「・・・無理だ。肋骨が折れてるし、肩も・・・出血が、酷い。」
「分かった。じゃあ、抱えてくぞ。」
「ああ・・・」
ルタは私を軽々と持ち上げ、歩きだす。
「・・・少しはランも素直になったな。」
「・・・そうか?・・・信頼、してるからな・・・」
「ん?何か言ったか?」
「何でもない・・・」
ルタの体温と、振動に身を任せながら、私の意識は遠のいた。
・・・・・・・
その一部始終を、向かいの建物の屋上から見ていた影があった。
「へぇ・・・面白そうな子じゃん?」
少し笑ったその影は、次の瞬間消えていた。
九 ヴァシニョーヴィ・ツヴェート『桜』
ふと気が付くと、目の前は白だった。
・・・天井か?
薄っすらと薬品の匂いがする。右の方から明るい光が差し込んできて、眩しい。右を向くと、窓があった。中庭と木々が見える。
・・・車椅子の人がいるということは、ここは病院か・・・?
「ラン!」
左の方から、聞きなれた大きな声が飛んできた。
「・・・?」
上手く声が出ず、不思議な気分になる。
左を向くと、そこにいたのは花束を抱えたまま立っているルタだった。
「目ぇ、覚めたんだな!ったく、ずっと目ぇ覚まさねーから心配してたんだぞ。」
「・・・・・」
何日くらい寝てたのか。
そう聞きたいが声が出ない。
「ん?何だ?」
私の声を聴こうと身を乗り出す。
「・・・何日くらい、寝てたんだ?」
何とか声を出すと、嬉しそうに笑う。
「一週間蔵かな。結構重体だったんだぞ。肋骨折れてたから内蔵傷つけてたし、内出血も酷かったしな。・・・あと肩な。医者も驚いてたぞ。血を抜いてなかったら、血が回らなくて手術しても腕自体が使い物にならなかったかもしれねーって。」
「・・・そうなのか・・・」
「ああ。スタナと妹ちゃんも見舞いに来てたぞ。ま、寝てて覚えてねーかもだけど。」
「・・・覚えてない。」
「そうだよなー。あ、机に置いてあんのは見舞いの品。色々置いてあったぞ、あいつら。」
「・・・その花束もか?」
「ん?ああ、これ?なんかフロントに届けられてたんだって。差出人は・・・書いてねーな。あ、でもこれ、カードが付いてんぞ。」
そう言って、抱えていた花束の中からカードを取り出した。そこには、金色で文字が書かれていた。
『早く復帰しておいで。H・F』
・・・H・F・・・?
誰だ?
「こんな名前の奴、ランの知り合いでいたっけ?」
「・・・全員は覚えてないが・・・見舞いに来る間柄でこういうイニシャルはいなかったはずだが・・・」
「だよなぁ。」
ルタはそう言いつつ、花瓶に花束を飾った。私達は、不気味に咲く黒い薔薇を見つめる。
「あらランちゃん、目、覚めてたのね!良かったわ。」
その時、看護婦が入ってきた。
私達組織の人間が運ばれる病院は、大体上の人間が組織とつながっている。だから看護婦や医者にしてみれば、こういう怪我の人間が入院してくるのはよくあることだ。
私は病院に来たことはほぼないから、知っている人は少ない。
あくまでも聞いた話だ。
「・・・どうも。」
「あらあら、テンション低いわね?低血圧?」
「大丈夫ですよ。いつもの事なんで。」
「そうなの?大人っぽい子なのね?・・・それじゃ、包帯変えましょう。それにずっと寝てて、疲れたでしょ。ほら、男子は出てって。」
そう言ってルタを追い出す。
「さてと、ランちゃん、体起こせる?」
「・・・」
右手は三角巾でつるされているため、左手で体を起こす。
「つっ・・・」
肋骨に、鈍い痛みが走った。
「やっぱり痛いわよね・・・。大丈夫よ。ほら、足を下ろして。」
・・・痛いと思うなら、最初からやらせないでくれ・・・
看護師の手を借り体を起こすと、上半身だけ服を脱がされた。肩と肋骨の所に包帯が巻かれている。
取り敢えず全部取り、どうなっているのかを見る。肩の腫れや色は少しづづ治まってきているが、手術の痕が残っている。
やっぱり、ナイフで切ったところか・・・
ふと肋骨を見下ろすと、その部分にも何故か痕が残っている。
「・・・何でここにも?」
「ああ、そこ?内臓傷つけてないかどうか確認するために開けたの。実際、ひどかったわ。折れた後も無茶したのね。」
「・・・そうなのか・・・」
自分じゃ無理したとは思っていないんだが・・・。
包帯を全部取り、新しいものと取り変えてもらう。
「あら、貴方腹筋割れてるのね。凄いわね~。」
「・・・そうですか?」
「ええ。女の子で割れている子は見たことないわ。そもそも、貴方みたいな年齢の子が来たことないからね・・・。はい、腕はよし。後は肋骨の部分ね。」
「・・・ギプスでもつけるか?」
「ええ。やっぱり骨、折れてるからね。」
動きづらいものを付けられ、少し苦しくなった。
「・・・私、歩けるか?足は怪我してないのだから。」
「うーん、止めといた方が良いわね。だから、車いすを貸し出すわ。そのまま外に出ちゃっていいからね。・・・ほら、服着て。」
私は右腕を何とか通し、服を着る。ギプスが、服の上からでもよく分かった。
・・・いつ取れるのやら。
「骨がつながるのは三週間後だけど、内臓の事を考えて四週間ぐらい安静にしてもらうわ。」
・・・四週間・・・。全治一か月・・・。
「よしっ、これで大丈夫。はい、ルタ君入っていいわよ。」
シャッとカーテンを開け、ルタに声をかける。
「じゃあ、お大事に~。」
そう言って、看護師は部屋を出て行った。
「・・・完治に一か月って聞こえたけど・・・。」
「ああ。一か月、だ!」
ボスッと倒れようとして、思い直す。絶対、痛めている所に負荷をかけるだろうな・・・。
「・・・大丈夫か?」
「どう見える?」
「いや、なんか、可哀想に見える。」
思わずプクッと頬を膨らませる、
「全く、一か月って・・・。」
「リハビリもしなきゃなんねーんだろ?肩とかもよく使うから治り遅そうだしな・・・。」
「フー・・・」
「・・・外、行くか!」
「ああ。」
車椅子をベッドの近くに持ってきつつ言う
「ん。」
私は、ルタに左腕を広げた。
「・・・この腕は?」
「乗せろって意味だ。」
「ヘイ、ヘイ。」
ルタはそう言って、私を抱えて車椅子に乗せる。
「行くぞ。」
「ああ。」
病室を出てエレベーターホールに向かう。その途中、見知った顔の看護師達とすれ違った。
「あら、出かけるの?」
「はい、ちょっと中庭まで。」
「気を付けてね。」
「本当に仲いいわよね、二人とも。」
「そうですか?俺、よく冷たくあしらわれてますけどね。」
「ルタ、行くぞ。」
ルタを軽く睨みつつ促す。
「行ってらっしゃい。」
看護師に見送られ、下まで降りる。中庭には、意外と人がいた。
「・・・空、青いな。」
「そりゃそうだろ。晴れてんだからな。」
「・・・なんか、色々あったな。」
「まーな。もうあれから一週間か。一日で一か月くらい過ごした気がする。」
「それは言いすぎだけどな。・・・疲れたな。」
「珍しいな。ランが弱音はくなんて。」
「・・・私はさ。」
「ん?」
車椅子を止め、ルタが隣に来る。
「誰かが死んでも、何も思わないんじゃないかって思ってた。」
「・・・うん。」
「でもあの店でアデリーナが死んだ時、なんか・・・よく分からない気持ちになったんだ。」
「・・・アデリーナ?」
「襲撃を受けたあの店に女子がいただろう?」
「・・・ああ、いたな。」
「学校の事とか、将来の夢について話たんだ。あの子は・・・将来、あの店を継ぎたいと言っていた。色々学ばなきゃいけないから大変だと言っていたが、楽しそうだった。・・・あそこで死んでいい人間じゃなかった。」
「うん。」
ルタは否定もせず、肯定もせず相槌をついている。吊っていない左手を膝の上で開き、見つめる。
「あの子は、私に夢は何と聞いた。いつかは死ぬかもしれない私の夢は、あの子には分からないだろうに、いつか叶うと良いねって言ったんだ。」
「うん。」
「それが、凄く嬉しかったんだ。・・・人を殺す仕事をしている・・・それしかしてこなかった私が、そんなことを思ったらいけないと思った。それでも、凄く嬉しくて。」
「うん。」
「・・・いつか、また、話を出来たら良いなと思ったんだ。だけどその直後に、アデリーナは・・・。」
思わずグッと手を握ると、ルタが手を包んできた。」
「良いんだよ、ラン。そう思っても。」
「だが・・・」
「ランだって人間なんだ。悲しんで良いし、辛い事があったら弱音吐いて良いんだ。他の人に言いにくいんだったら、俺に言ってくれたら良い。ずっと一緒に来たんだから、何でも受け止める。な?」
「・・・ありがとう。」
「どういたしまして。」
こういう時、ルタが相棒で良かったなと思う。ふと周りを見渡すと、ピンクの花が満開になっている木があった。
「・・・あの木・・・」
「ん?ああ、気になんのか?」
ルタは車椅子を押して、木の根元まで連れて行ってくれる。
「・・・綺麗だ。」
「そうだな。・・・サクラって言うんだって。」
「サクラ?聞きなれない花だな。」
「なんか、東南にある島国『二ホン』って所のなんだって。」
「日本の。」
「ほら、ここ。」
ルタは説明書きの所を指さす。
「・・・ソメイヨシノ?人の名前か?
「何かサクラにも色々種類があって、その一つだって。」
「ふーん。」
「そういやランって、日本語話せるんだっけ?」
「まあ、一応。会話ができる程度には話せる。」
「そっか。」
「一回も行ったことないけどな。」
「あ、マジ?じゃあ、いつか行こうぜ。」
「ああ。いつかな。」
その時、強い風が吹いた。木々が揺れ、花弁を攫っていく。
「っ・・・。」
サクラの花弁が風に舞い、散って行く。その景色は、とても美しかった。
素晴らしいとか、綺麗とか、凄いとか、そういう言葉では表せない程美しかった。
「・・・俺、初めてこの花見たけど、凄いな・・・なんか、綺麗っていうか・・・。言葉じゃ上手く言えないけど。」
「ああ・・・。」
「・・・なんか、このパッと散っていく感じが、戦場の戦士に例えられてるんだって。」
「・・・分かる気がする。」
「だな。」
私達は思わずサクラに心を奪われ、見入ってしまった。そこに病院の放送が入る。
『午後七時になりました。外に出ている方は、病室に戻りましょう。』
「っと、もうそんな時間か・・・。ルタ、戻ってくれ。」
「りょーかい。」
ルタは結構ゆっくりと車椅子を押してくれる。
「そういえば、ランってリハビリとかすんの?」
「さぁな。でもやるんじゃないか?特に腕とか。あの時は気にせずに切ったから、変な所やってるだろうし。」
「そっか・・・。頑張れよ。」
「ああ。一か月も仕事をしないと体が鈍ってしまいそうだし、直ぐに回復してやるさ。どっかでくたばったと思われても癪だしな。」
「たまにはゆっくりしろよ・・・。」
「嫌だね。ルタを暇にさせるだろ。」
「俺はどうでもいい。それに、暇ならここに来るから大丈夫だぞ?」
「・・・それに、仕事以外何していいかも分からない。」
「っ・・・。」
「小さい頃から仕事しかやってこなかったから、な。」
「・・・じゃあ、勉強するか。」
「は?勉強?」
「そ。ランはいろんな国の言葉喋れるっぽいけど、数学とか苦手だろ。暇なら勉強しようぜ。」
「・・・ルタが教えてくれるのか?」
「俺でもいいし、スタナでもいいし、遊びに来た妹ちゃんでもいいし。」
「・・・・・・少し、やってみようかな。」
「マジか!そんなに早くオッケーが出るとは思ってなかった。」
「・・・お前らが教えてくれるなら、良いかな、と。」
「そっか、そっか~。」
「でも、ありがとな。」
「ん?」
「気遣ってもらって。」
「いえいえ。喜んでもらえただけでわたくしも嬉しいですよ」
「・・・ったく、お前は本当に面白いな・・・。」
続く
今回はなんとランちゃんが入院!!初めてです。
いや~、ランちゃんとルタの仲いいですよねぇ。あこがれる・・・。
ちなみに、ヴィーシニャは、ロシア語で桜の意味です!
ロシアで育つかどうかは分からないですけども。
次回には『H・F』の正体がわかるかも・・・?
次回もお楽しみに!




