始まり
1940年代 ソビエト社会主義共和国連邦を舞台に、暗殺者が暗躍する。
彼女が好むのは、紅く染まった世界のみ。
0 記憶
バァン
体全体に大きな衝撃が走り、後ろに倒れる。
夕陽が差し込む裏路地。
私はあの日母親を亡くし、そして初めて人をーーー
殺した。
一 プロローグ
暑い・・・
暑すぎて、目が覚める。枕元の時計は三時半を指している。
・・・私たちの朝は早いとはいっても、この時間に起きるのはさすがに早すぎるな・・・。
そう思い、ずれていた枕を頭の下に引き寄せ、目を瞑る。
その時、背にしている扉の方で何かが動く気配がした。その気配でぱっと目が覚める。
全く、こっちは気持ちよく寝ていたというのに・・・。
そんな苛立ちも、仕事上相手に悟られないようにするのは慣れている。もしも気配を相手に知られたら終わる。
部屋の扉がゆっくりと開き、相手が息を殺して入ってくる。何かあればすぐ反応できるように枕をグッと握る。
相手がベッドの横で止まった気配がした。その瞬間、飛び起きざまに枕を投げつけ、相手に飛び掛かる。
「うおっ!」
相手ーー男は一声上げて、後ろに倒れた。私は懐に入れていたナイフを取り出し、右手に持ち左肩前で構え、左手で男の胸倉をつかんだ。
顔を確認しなくても、男が誰だか分っていた。
「・・・何の用だ、ルタ。」
こいつの名前はパーレン・ガスルタ・スターク。深い青の瞳に、茶髪を伸ばし、一つに結んでいる。ワイシャツに黒の長めのジャケットを羽織り、黒いズボンと茶色のブーツを履いているライフル使いで、かなり腕がいい。コードネームは『ホーク・アイ』。つまり『鷹の目』だ。
まあまあ長い名前だが、これを覚えるには十分すぎる時間を一緒に過ごしている。
「おはよ、ラン。」
倒れたまま、爽やかに笑うルタ。
「・・・おはよう。」
ランというのは私の愛称。見た目の幼さと性別、名前の最初に「ラ」が入っているからというよくわからない理由からつけられたが、案外嫌いではない。
「で?何の用だ。」
「分かってるだろ?いつものやつだよ。」
「いつものって言っても、時々だろう?それも月に一度。」
「意外と覚えてんじゃん。」
ニコニコしっぱなしだな、こいつは。・・・まぁ、いつものことだが。
ルタは、こういう仕事をしている人間には珍しく明るい性格だ。・・・私とは正反対な性格。羨ましい気もするが、こればかりは仕方がない。
もう一人明るい性格の知り合いがいるが、そいつとルタは少し違う。
「お前は、私を起こすのが好きなのか?」
「そうじゃねーけど・・・」
ルタは床に倒れたまま考え出してしまい、呆れてルタの上からどいた。
「さっさと起きろ。そのために私はどいたのだろう?」
「おう。う~ん・・・」
「・・・何考えてるんだ?」
「今の質問の答え。」
「まさか、真剣に考えてるのか?」
「当たり前だろ?聞かれてんだから。」
「律儀な奴だな・・・。」
「・・・あ、なんか気になるんだよ。なんつーか・・・過保護になるっつーか。」
「お前は私のなんなんだ……?」
「えーっと、パートナー。」
「・・・あぁ、そうだったな。」
そう、何故かこいつと私はパートナーだ。私たちが所属する組織、BBは何処へ行くにも、何をするにも二人一組で行動するスタイル。だから基本的にパートナーがついて、活動を共にする。理由がなければ、単独行動するとペナルティが科せられる可能性もある。
しかし、私とルタ、あとは組織のトップの何人かは例外として単独行動が認められている。依頼がたくさんあると一人で動くしかない時が来るからだ。
ルタとパートナーになったのは八歳の時からだから、もう二年だ。なんだかんだで、うまくやっている。
「さーて、朝食食べに行くとするか!」
「そうだな。昨夜は疲れてて食べ損ねたんだ。」
「しっかり食べないと背が伸びませんよ、マドモアゼル。」
「うるさい。」
おちゃらけた口調になったルタのみぞおちに拳をお見舞いする。
「グハッ!」
「こういうのは避けられるように訓練されてるんだから、しっかり避けろよ。」
腹を抑えてうずくまるルタにしっかりと釘をさした。
「本気で殴んなよ・・・。」
「・・・そこまで本気じゃないが・・・。」
「え、マジ・・・?」
「ああ。」
「そ、そうか・・・。ランはいきなりでも避けられるよな?」
「当たり前だ。っと、そんなことはどうでもいい。さっさと下に行くか。」
「おう!」
私たちが暮らしているのは組織の持っているアパートだ。下に、住人以外使用禁止の食堂と、ラウンジ、ロビー、何よりフロアが十四階まであるし、アパートというより、ホテルといった方が正しいかもしれない。
私が住んでいるのは十階。眺めもいいし、まあまあいいところだと思う
部屋を出て右に曲がり、エレベーターのボタンを押す。
ポーンとエレベーターが到着したという軽い音がして、扉が開いた。
エレベーターの扉が開くときは少し緊張する。エレベーターという密室の中には何がいるのかわからない。もしも扉が開いた瞬間に襲われでもしたらたまらないし、どこかに隠れられでもしたらわからない。・・・特に気配もないし、大丈夫だと思うが。
開いた扉の先には、思った通り誰もいなかった。安心して中に入る。
「やっぱ安心するよな、誰もいないと。」
「そうだな。」
ここには、長い期間滞在する人間の他に、色々なところを飛び回って短期間で出かける人間もいる。そのため、エレベーターの中に、時々大荷物を持った人間が乗っていることもある。そういう時、エレベーターを止めてしまうと少し気まずくなる。
「そういえばランって、ここを出る予定は?」
「ない。」
「だよな~。」
「存外住み心地もいいからな。それに、引っ越すのも面倒出した。」
「俺も、俺も~。」
ルタがそう言って、私に抱き着こうとしてくるのを全力で押し返えす。
「阿保か。」
「え~、だって今笑ってただろ?可愛いなーと。」
「それで、抱き着こうと?」
「そうそう!」
「はぁ・・・それ、なんて言うか知ってるか?」
「いや・・・なんて言うんだ?」
「変態。」
バッサリ言い放つと、ガーンという顔をされた。
「ま、マジか・・・」
その時、エレベーター内にポーンという音が響き、扉が静かに開いた。
「ほら、行くぞ。」
口を開けたままの間抜けな顔でルタがついてくる。エレベーターを出て、突き当りを右に曲がる。
その時、一人の男とすれ違った。
「・・・・・・」
「おはよう。」
何も言わずに会釈をされたが、こちらはしっかり挨拶をする。こういうのは積み重ねで変わるものだからな。最初のころはすれ違うだけなのに、今みたいに会釈をしてくれる人間も増えた。
食堂の前まで来て、私はルタの方を振り返った。
「口を閉じろ。もう食堂まで来てるぞ。・・・その阿保面のままでいいならいいけどな。」
そういうと、ぱっと口を閉じた。ルタに気づかれないように少し笑い、スライド式のドアを開ける。
食堂の中はとても広く、百人くらい収容できる。テーブルも、何人座れるんだ、というほど長い縦長テーブル。大きな窓もあり、電気をつけなくても太陽の光でかなり明るい。そして、ここの飯は美味い。食欲がなくても、食べられる。
朝だからちらほらと食事をしている姿を見かける。ほぼ全員屈強な男ばかり。
カウンターに並んで朝食をもらった。どこに座ろうか迷っていると、こちらに気が付いた一人の男が手を振ってきた。
私たちはその男の前に並んで座る。
「よっ、おはよう、スタナ。」
「おはよう。」
「おはよう、ラン、ルタ。今日は二人で来たんだな。だいたい食堂で会ってんのに。」
「起こされたんだ。月一のやつだよ。」
「起こしがいはあったか?ルタ。」
「いや、今日も先に気づかれたよ・・・。」
「そりゃそうだ。入ってくる気配がダダ漏れだからな。あれで気づくなという方が無理だ。」
「ま、気づいてもらえないと困るけどな。うちの組織の一番若手で、実力者なんだから。」
「そうなんだけどさ~……悔しいっつーか・・・。」
こんな風に軽口を一緒に叩けるのはこいつくらいだ。
こいつはピューロリスタ・シンクトン・ニュータナク。綺麗な水色の髪の短髪にオレンジ色の瞳。ワイシャツの上にちょっと長めのジャケットと茶色のスーツズボン。首元に、先に星が付いた紐ネクタイみたいなものをしている。
こいつは私の周りにいる人間で、一番名前が長いと思う。名前が長すぎてどこをどう短くすればいいのか分からなくなって、一応『スタナ』というあだ名をつけた。なんとなくでルタがつけたものなのだが、結構気に入っているらしい。
他愛もない話をしつつ、朝食を進める。
朝食も終盤になって食休みをしていると、スタナが真面目な顔をした。
「・・・?なんだ、スタナ。」
「ランに依頼が来てるぜ。ほらよ。」
そういって、スーツの内ポケットから封筒を出した。それを受け取りつつ聞く。
「中、見たか?」
「まぁ、一応な。」
「どんな内容だ?」
「中見りゃ、書いてあんだろ?」
「・・・ここで見ろと?」
私が周りに視線を送ると、確かに、という顔をされた。
「確かに、な。いつものやつだ。・・・・・・・・」
一泊おいてから、テーブルに身を乗り出して私の耳元で呟く。
隣にいるルタも首をかしげるほどに上手く伝えてきた。これも仕事上、できるのが普通だが、スタナは特に上手い。
大事な用件だけを伝えると、すぐに離れる。
「・・・了解した。こいつ使っても大丈夫か?」
ルタに視線を軽く送る。
「特に何も言われてないし、大丈夫だろ。」
「分かった。詳細はこっちを見る。」
そういいつつ、封筒をヒラッとふった。
「依頼主もでけーし、対象もでけー。しっかりやって来いよ。ブラック・キャット。」
ニ 仕事
一九五十年代、ソビエト社会主義共和国連邦。
このころは、暗殺者が暗躍していた時代。大企業が実は裏社会で暗殺グループを立ち上げていたり、ライバル社の幹部や偉い人たちを殺すために暗殺者に依頼を出したりと暗殺者たちの暗躍は後を絶たなかった、そんな時代。
私の名前はラジャット・ネルバ・ラシマーテ。
年齢は十歳。
三年前、元々暗殺者だった母親がどこかの組織の人間に殺された。その時母が落とした拳銃で、母を殺した人間を撃ち殺した。
それが、私が初めて人を殺したとき。
そこを丁度通りかかった『ブロッド・バード』の人間が私を拾って育ててくれた。その『Blood Bird』こそが、今私の所属している暗殺組織。
そして現在。
ブロッド・バード・・・通称BBは大企業、そして大暗殺組織へと成長した。
それから、私は相変わらず二年前からのパートナー、ルタと一緒に組織で仕事をしている。前は二つ名として知られていた『ブラック・キャット』は、現在はコードネームとして使われている。
仕事の依頼も外部からのものが多くなり、依頼主も対象も大物になってくる。もちろんその分、報酬も高くなる。上手くいくと、一年間の報酬が数億になる場合もあり、時々銀行に行くと唖然としてしまうほどに預金がある。土地の一つや二つ、安いほどの巨額。
唖然としている顔なんて、ルタに見せるわけにはいかないが。
その時、扉の外で誰かの気配がした。ドアをノックする音が聞こえる。
多分、ルタだろうな・・・。
そう思いつつ扉を開ける。予想していたとおり、ルタがいた。
・・・でかいな。
頭二つ分くらいデカいルタを思わず恨めしく見上げてしまい、その視線にルタは少したじろいだ様子。
「な、なんだよ?」
「ルタ、身長いくつだ?」
「俺?俺は・・・一八八センチだったはず。」
「そうか・・・。」
そりゃデカいはずだ。
「ランの身長は?」
「・・・・・・一四二センチ。」
少しぶっきらぼうに言うと、ルタが笑い出した。
「クククッ・・・一四二・・・俺と四六センチ差・・・ククククッ・・・」
「わっ、笑うなっ!馬鹿っ!」
「おー、おー、顔赤くしてー。可愛いな~。」
「阿保か!何を言い出すんだ!」
「そんなに動揺しなくてもいいんだぜ?背が低いのは仕方ないもんなー。」
「低いって言うな!」
怒鳴った勢いで、思わずルタを背負い投げ。
「いって!」
・・・大の大人を投げるのは久々だな・・・。
なんとなく気持ちが落ち着いてきたため、ルタに話しかける。
「・・・で?何の用だ。」
「痛てて・・・分かってっだろ?さっき話してたやつ、何だよ。」
「ああ、これか?」
机に置いていた封筒をポン、と叩く。
さっきの説明でなんとなくわかったから、まだ開けていない。多分ルタも来るだろうし、一緒に見ればいいやと思ったのもある。
近くのペーパーナイフを取り、封筒を開けていく。ルタが少し、私から遠のいた。
「・・・何だ?」
「いや、危なさそうだから、な・・・。」
「・・・。」
そう言ったルタを軽く睨みつつ、中から一枚の紙を出す。真っ白な紙で、何も書いていない。
「白?依頼じゃねーのか?」
そう言ったルタを横目に、紙を鼻に近づける。微かに柑橘系の匂いがした。ワンピースのポケットからライターを取り出し、裏から火で炙ると少しずつ文字が浮かんできた。
『 ブラック・キャット
仕事の依頼をする。
ジーネル社の社長を殺害してくれ。
方法は任せる。 以上だ。』
随分雑な依頼だな。しかし、ジーネル社か・・・。高くつかせてもらおうじゃないか。
ジーネル社とは、大企業の貿易会社。裏の顔なんてないですよ、みたいな会社だが、その実は巨大マフィアで、売春、麻薬、密輸など非合法のものまで色々と。
今までも幹部の暗殺などの依頼はあったが、ボスの社長はなかった。
「あぁ、ジーネル社か・・・出来そうか?」
「あのな、私を誰だと思っている?・・・できるに決まってるじゃないか。」
「だよな~。で、決行はいつだ?」
「今日の夕方。早めの方がいいだろうし。」
「アポ、取れるのか?」
「もちろん取れるさ。たとえ夜でもな。」
私は思わずニヤッと笑った。
「ああ、そうだ。ルタ、車の用意しといてくれるか?」
「車?」
「帰りの、な。」
「了解♪車種とかの希望は?」
「そうだな・・・どうせなら、ジーネル社の車にしよう。確か、車も売ってたよな。」
「いいな、それ!真っ赤なのにしようぜ。目も覚めるくれーの!」
「任せる。・・・で、ルタにも仕事手伝ってもらうぞ。」
「分かってるって~。あったりまえだろ?」
「ルタには逃走ルートを確保してほしい。」
「オッケー、オッケー。」
「よし、時間もあるし、作戦会議でもするか。」
続く
始まりましたぁぁ!穢れなの天使!
自分で書いてきた中で、一番大好きな話です!
かなり長いですが、彼女、彼らたちを愛してあげてください!




