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08 加奈の物語1

今日も、いた。


その子は道端にランドセルを置き、その脇に座り込んでぼんやりと夕暮れを眺めていた。

太陽はもう見えない。空のほとんどが紺色で覆われている。

この子はいつからここに座っているのだろう。


初めて見かけたのはいつだったっけ。

だいぶ前。1ヶ月とか、それくらい。

いや、確か、夏休みが終わった頃からここにいた。

なら、もうすぐ2ヶ月ということになる。

高校からの帰り、車がギリギリすれ違えるくらいのこの道で、あたしはその子に出会った。

小学校高学年だと思われる男の子。

朝はいないけど、帰りに通ると決まった場所で決まった格好をしていた。


こんなところで何をしているんだろう。

誰かを待っている?

ランドセルを家に置かないで?

じゃあ家の鍵が開いていなくて、親が帰ってくるのを待っているんだ。

毎日? それなら鍵を持つかどこかで時間をつぶすでしょ。


ううん、そういうことじゃなかった。

あたしはその子の前を通り過ぎて、立ち止まって、少し迷って、決心して向き直った。

口が勝手に動いた。


「学校……イヤ?」


瞬時に視線があたしに向いた。驚いているのがありありと分かる。

あたしも自分に驚いていた。どうしてそんな言葉が飛び出たのか。

でも、言ってから違和感の正体に気づいた。

いつもと違うからじゃない。いつも同じだからこそ抱く違和感。


その子は、今まで一度も体操着袋を持っていなかった。


この近くに住んでいるなら私と同じ小学校のはずだ。

ごく普通の小学校。洗濯施設なんて無い。

1ヶ月も体操着を家に持ち帰らないなんてあまり考えられない。

加えて、2ヶ月弱に一度回ってくる給食当番の袋も無い。

どちらもランドセルに入れるには少し大きい。

だからこの子は、ここのところ体育も給食当番もやっていないことになる。


もちろんそれだけじゃ確かな証拠にはならない。

教科書を学校に置いておけばランドセルに入るし、単にあたしが見逃しただけってこともある。

けど、同じ経験をした人間にしか分からない空気をこの子は纏っていた。


恐らく、この子は学校に行っていない。



次の日も、その子は相変わらずそこに座っていた。

声をかけたけれど無視された。

あたしは後悔した。

お節介な奴だと思われただろうか。

しつこくして余計嫌われるのが怖くて、以来知らん顔して通り過ぎるようになった。

それはとても気まずかった。

ある日、会いたくなくて、わざわざ遠回りをした。

そうしたら、次の日はもっと会いたくなくなって、また遠回りをした。

次の日はもっともっと会うのが怖くなって、また遠回りをした。


それはあの子と同じだということに、次の日気付いた。


学校を休むのは簡単だ。

行かなければいい。それだけ。

でも、いったん行かなくなったら、復帰するのは難しい。

一度歪んだやじろべえを元に戻すのは難しい。

あの子だってきっと分かってる。

でも、難しくて出来ないんだ。

時間が経てば経つほど、状況が厳しくなるのは分かってるのに。

授業もどんどん進んで、自分のいない学校が成立してて、

自分の学校における居場所が、どんどん削り取られていく感じ。

どうにかしたいのに。

勇気を出せなくて。


何とかしてあげたい。

そう思った。

でも、あたしに何かできるのだろうか。

そもそも、あたしは初手を間違えてしまったんじゃないか。

話しかけるべきではなかったんじゃないか。



そんなこと、どうでもいいじゃないか。

そう思う自分がいた。

あたしが関わる必要性なんて無い。

あたしはあの子と何の関係も無い。

どうしてそんなことで悩まなくちゃいけないんだ。

そんなの無駄だ。徒労だ。無意味だ。


そうやって、自分に言い聞かせているだけでしょ?

そう思う自分がいた。

あたしが中学でどう感じていたか。

あたしは分かっているはずなのに。

どうして周りは見て見ぬ振りをするのか。

苦しかった。苛立たしかった。悲しかった。


あたしから変えなくちゃならない。

そう思った。



次の日、あたしは綾乃ちゃんに相談した。

「……ウザい女だって思われたかな……」

きっとあたしは「そんなことないよ」みたいな言葉を期待していたのだろう。

綾乃ちゃんのさらりと発せられた言葉があたしの心をえぐった。

「うん、そうかもね」


……ああ、やっぱりそうなんだ。

綾乃ちゃんもあたしのこと、ウザい人間だと思ってたんだ……

やっぱり相談するんじゃなかった。

やっぱり話しかけたりするんじゃなかった。


「……でもさ、」

綾乃ちゃんは真面目な顔になっていた。

まるで自分に言い聞かせるように、それでも笑みは崩さずに、言った。

「それは加奈が行動したから言えることだよ。

 行動した結果が悪かったからするんじゃなかったって言えるんだよ。

 しなかったらしなかったで、すればよかったって後悔したかもしれない。

 だったら、行動した方が自分を褒められるんじゃない?」

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