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07 誠の物語3

「ハハハハハッ!」

戻ってきた隼人の話を聞いて、僕は思わず笑い声を上げた。

今日初めての笑い事だった。

鬱屈した気持ちが吹き飛んだ。

でも、その可笑しさの中に安堵感も含まれているような気がして、少し後ろめたかった。

「笑い事じゃねえっての」

隼人はそう言って唇を尖らせる。

いやまあ、本人にとってはそうじゃないかもしれないけどさ。

でもそれはやっぱり、うん、失礼ながら笑わずにはいられない。

生物部の部長、なかなか味なことをしてくれるじゃないか。

部長がそんなのでいいのか、とも思うけれど。


「それにしても、隼人が部長かぁ」

「何だその言い方。……まあ、自分でもそう思うけどよ」

今年の生物部の1年は5人だそうだから、単純に考えて確率は20パーセント。

有名どころの部活に比べれば圧倒的に高い数値だ。

でも当然、そんなのをくじ引き的に決めるわけがない。

現部長はなかなか人選の上手い人らしいし、何かあるのだろう。

「まあ、隼人が部長と言われてみれば、納得できそうではあるけどね」

「そうかぁ?」

「何かやってくれそうだし」

「それ、受け取り様によってはすごいムカつくんだけど」

他愛の無い会話。

こうしているときが、何だかんだで一番楽しい。

「でもさ、結局、隼人自身はどうなのさ? やりたいの?」

僕のその質問に、隼人は珍しく悩む素振りを見せた。

「……面白そうだとは思う。でも、俺に務まるのかって考えると……

 現部長と比べられそうで怖い。上手く部員をまとめられるか分からない」

「……」

「何で俺なんかなぁ……分からねぇ。

 お前だって知ってるだろ? 不真面目なんだよ、俺」

「そうかな。隼人が自分で思っているほど向いてないとは思わないよ」

「お前も部長と同じようなこと言うのな」

「へぇ。部長と同じことを言えるなんて光栄だね」

「はいはい、よくできました、っと。

 ……じゃあ俺も部長の真似をしてみるけどさ、」

そう言って居住まいを正す。声を潜め、視線を脇にやる。


「文芸部の部室の件、どう思うよ?」

「部室? 何の話?」

「前に生徒総会で議題になっただろ。短かったけど」

「……あー、僕、部活に入っていないから、よく聞いてなかったんだよね」

「ああ、そうですか。じゃあいいや」

隼人の視線の先には教室の反対側で談笑している尾崎君。

学級委員と生徒会役員を兼ね、文化祭の実行委員までやった、

僕とは正反対の非常にアクティブな人だ。

彼の父親はこの学校で教頭をやっている。

父親が同じ学校で働いているってどういう気分なのか気になるところだけれど、

僕は彼と話したことは一度も無い。

クラス一アクティブな人とクラス一パッシブな人の間に接点は無いのだ。

「まあ、俺も別にどうでもいいんだけどさ、部長が投書を出すって言うから」

「何について?」

「文芸部の部室が広すぎるんじゃないか、ってさ」

「へぇ、広いんだ」

「広いも何も、社会科講義室だぜ? 多分視聴覚室と教務室の次に広いんじゃないか?

 まあ、校舎の隅の隅だから、地理的には不便かもしれないけどさ」

そもそも、そんな教室があったのかと。

この学校に通って半年以上になるけど、まだまだ知らない場所がありそうだ。

というか、僕があまりにも動かな過ぎるのか。

今度校舎内を探検してみよう。


「……ところで、何で英語を机の上に広げてんだ?

 午後の授業に英語無いだろ」

「4限は英語ですが」

「うそっ!?」

「化学の授業と入れ替えだって一昨日言ってたじゃん」

「聞いてなかった! やべぇ! 全然やってねぇ!

 誠、ノート見して! 単語だけでいいから!」

「単語くらい自分で調べなさい。まだ時間あるし」

「ひでぇ! じゃあいいし! 篠崎あたりに借りてくる!」

そう言って教室を飛び出す隼人。

いってらっしゃい、心の中で手を振る。

さっきとは別の意味で。



「ところで、昼休みの話だけどさ、」

無事に英語の授業を終え、

他の午後の授業も終え、

図書館での勉強も終え、

2人で駅に向かう途中、僕は口を開いた。

「どれだ? 部長がひどいって話か? 俺が部長になる話か?

 文芸部の話か? それとも、誠がひどいって話か?」

「人のを見せてもらっても勉強にはならないと思います」

「頭固いな、お前…」

「もっと切羽詰ってたら仕方なかったけどさ」

「そうか、じゃあもっとギリギリになって言えばよかったのか」

「そういう問題じゃ……で、部長の件だけど」

「ああ、何だ?」

「結局、どうするつもり?」

「……明日になってから考えるさ。もっと冷静になってからのほうがいい」

「そうかもね。でも、僕はやってみるべきだと思うよ」

「……」

「大変かもしれないけど、それ以上に楽しいよ、きっと。

 せっかくの機会だよ。青春だよ。考える前に行動してもいいんじゃないかな」

しばらく無言で歩き続けた。

目の前で信号が赤になる。

珍しく、隼人が足を止めた。

そして、ポツリと呟いた。

「……なんだか、お前らしくねえな」

「……そうかもね」

そうかもしれない。


僕には、青春なんか、似合わないのかもしれない。

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