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06 隼人の物語3

「で、副部長はどうしようかね?」

イチゴホイップを頬張りながら部長が言う。

「だからまだ引き受けるって決まったわけじゃ……」

「仮定よ、仮定」

「……部長候補が俺と大沼なら、大沼なんじゃないですか」

「うーん、どうだろうね。

 部長に相応しい人間が副部長にも相応しいとは一概には言えないからね」

「そういうもんですか」

俺はチョココロネにかぶりつく。

チョコとパンの割合を保ちながら食べるのには意外と難しい。少々頭を使う。

俺の思考はそっちに向かっていて、あまり真剣に話を聞いてはいない。

「まあ、その辺は立候補でもいいんじゃないですか」

「そうだね……でも風見が部長なら、部長っぽい人が副部長になったほうがいいかな」

どういう意味だそれは。

まあ、そのほうが助かる。面倒な仕事は任せられるからな。

そう思いながら、俺は早々にパン1つを食べ終わる。

「1個じゃ足りないでしょ。もう1個どうぞ」

「イヤ、いいですよ。悪いです」

「……私1人じゃ食べきれない」

確かに、机の上に転がっているのは残り4つ。買い過ぎだ。

俺が食べなかったらどうするつもりだったんだ。

「……じゃあ遠慮なくいただきます」

そう言って焼きチーズに手を伸ばす。

ラップを剥がした所で、同じく2個目を手に持った部長が切り出した。


「……ところで風見君、尋ねてみたいことがあるのですが」

まさかここで公的モードになられるとは思わなかった。

危なくせっかくの頂き物を床に落とすところだった。

「は、はい、何ですか?」

「ここ、文芸部の部室ですよね?」

「はあ」

「どう思いますか」

「……」

なるほど、ここを選んだのはただの気まぐれじゃなかったってことか。

俺は教室内を見回す。

3クラスくらい入りそうな、広い空間。

一部押しのけられている机と椅子。

隅っこに申し訳程度にある本棚。

窓際に並んでいる私物。

……言わんとすることは分かった気がする。

「……無駄に広いですよね」

「そう」

「……それで?」

「不当ではないかと、思いませんか?」

やっぱりか。


校則で、1つの部活が複数の部室を持つことは禁じられている。

とはいえ、教室ってのは大小色々あるわけで、

人数や用途によってどの教室を部室とするか決められる。

文芸部の人数はウチとほぼ同じ。

活動にしてもそれほど場所をとるとは思えない。

合唱部、ブラスバンド部、ピアノ同好会は

1つの音楽室で切り盛りしてるっていうのに。

その差は何か。


「……尾崎君」

「……多分そうでしょうね」

ここ、丹木高校は県内随一の進学校にして私立校。

学費は公立校と変わらないという不思議なスタイルだが、

教師の異動やらが無いし、校長教頭の権限が強い。

尾崎栄一郎、通称ジュニア――俺が勝手にそう呼んでいるだけだが――は尾崎教頭の息子。

また、俺のクラスメートでもある。

正直言ってしまえば嫌なヤツだ。鼻が高いというか頭が高いというか。

文芸部がここを部室として得たのも、

ジュニアが屁理屈こねて無理を通したからだともっぱらの噂だ。

ただまあ上っ面だけはいいから、大目に見られているのか。

生徒会やら学級委員やらやってるのは認めざるを得ないしな。

まあなんにせよ、俺は気に食わない。父親も含めて。

「狭い部室で頑張っている部活も多いというのに、これはおかしいと私は思います」

「なら、この前の生徒総会で言えばよかったんじゃないですか」

この前って言っても夏休み前の話だけどな。

「あの時は準備が足りませんでした。風見君も見たはずです。

 反対意見はいくつか出ましたけれど、うやむやになって時間切れ。

 運動部の方々は自分達には関係無いから早く終わるようにと賛成して、結局採択」

教頭が絡んでるってのもあっただろうな。

下手に全校の前で反対したりすると進路に響くかもしれないし。

「このままにしておくのは良くありません」

「どうするんですか」

「投書を出します」

「へえ」

生徒会室の前にある「目安箱」ねぇ。

「それでも反応が無かったら今度の生徒総会で議題に挙げます」

「はあ」

「どうですか?」

「どうって……いきなり言われましても」

「ちなみに、生物部の名前で」

「え? 何でですか?」

「知名度が上がるでしょう」

「……意味ありますかね」

「何もしないよりは」

「まあ、そうですけど」

「それに、上手くいけば部室を拡張できるかもしれません」

「それは……どうでしょう。結構生物って臭い付きますから、生物室以外は……」

「植物だけなら問題ないと思います」

「……部室を増やすってことですか? それって校則違反じゃ?」

「為せば成るとは限りませんが、為さねば何も成りません」

……

どうやら、本気らしい。

確かに、スペースが足りなくて生き物を増やせないという問題を生物部は抱えてたりする。

楽器や道具と違って、授業時間内は倉庫にしまい放課後取り出す、なんてのができないからだ。

植物だけでも他の部屋に移せれば結構助かる。

……いや、待て。

植物だけ?

「それって、園芸部を復活させるってことですか」

部長はきょとんとしていたが、やがて顔を輝かせて大きく頷いた。

「なるほど、それなら校則に違反せずに部室を増やせるか!」

「へ?」

「ありがとう風見! なんか上手くいきそうな気がしてきた」

おいおいおいおい。大丈夫なのか。

まあ部長のことだ。無茶はしないだろう。たぶん。

「よし、褒美にこれをやろう」

そう言ってアップルパイを俺の目の前へ。

……ありがたく頂戴しよう。


「じゃあまあそんなわけで。部長の件考えておいてくれよい!」

そう言って手持ちのパンを平らげ、残った1つを鞄にしまい、部長は席を立った。

「……ああ、はい、まあ」

俺も両手にパンを持って立ち上がる。

「あ、それから言い忘れてたけど」

ドアに手をかけたところで振り返り、部長はニヤリと笑った。

あれ、いつの間に私的モードになってたんだ。

「部長になったら、300円チャラにしてあげる」

「はい!?」

慌てる俺をよそに、部長はさっさと行ってしまう。

一人残された俺は、右手にあるものを眺め、呟いた。

「……褒美になってねえよ」

購買のパン、どれでも1つ100円。

部長を断ったら300円返せ、か。

ひでぇ。

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