49 加奈の結論
「もう今年も終わりかー。早いなー」
「そうだね」
明日は終業式。
いつもより早めの帰りだったから、夕日がまだ見えた。
近頃は綾乃ちゃんと、あたしと、
井上さんと、3人で帰ることが多くなってきた。
……あああ、違った違った。麻衣ちゃん、だ。
彼女は、あたしが「井上さん」というと怒る。
曰く、「堅苦しくて嫌」なのだそうだ。
恥ずかしかったけれど、でも、嬉しかった。
毎日が一層楽しくなった。
……とかなんとかいって、今日は2人。
彼女の用事は……なんだったっけ。
「さあー? 部活なんじゃないかなー」
「? だって今日は無いんでしょ?
綾乃ちゃん、一緒の部活じゃない」
尋ねても、綾乃ちゃんはニヤニヤ笑うだけ。
気になったけど、あまり詮索はしないことにした。
女の子の秘密、なのかも。
「夕日……きれいだね……」
「いっつも見てんじゃん」
「そうだけど、でもなんか……」
歩調が遅くなる。
「なんか……きれいすぎて不安になる」
「そう? 私は別に思わないけど」
「なんかね、今が幸せで、あんまり幸せすぎて、
いつか突然壊れちゃうんじゃないか、って思っちゃう」
「大丈夫だよ。みんなが付いてる。
私も、麻衣も、誠も。
みんなでちょっとずつ頑張れば、
幸せでいることなんて、簡単さ」
綾乃ちゃんが振り返る。
「加奈さ、いつか言ってたよね。
自分は生きていていいのか、って」
「え……そんなこと言ったっけ」
「言ったよ」
綾乃ちゃんの口調が鋭くて、あたしは身を縮こまらせる。
そんなあたしに気付くと、綾乃ちゃんはにっこりと笑った。
「……あの時私は、そんなことない、って言った。
誰にだって生きる権利はあるって言った。
でも、何でそんなこと言えるのっていう質問には
上手く答えられなかった。
あの時はまだ、私は加奈のことをよく知らなかったし、
実際自分の言葉に自信を持てずにいた。
だってさ、自分自身の生きる意味が
よく分からなかったから」
だんだんと地平線に吸い込まれていく太陽が、
あたしたちを赤く染めている。
改めてきれいだな、と思った。
優しい光に感じられた。
「でも、今は言えるよ。
だって、あんたはあの子を救ったじゃない。
救った、って言うと大袈裟に聞こえるかもしれないけど、
あの子はあんたに感謝してるはず」
「あたしじゃない。むしろ綾乃ちゃんだよ。
だってあたし一人だったら、何も出来なかった」
「それは違う」
ぴしゃり、と断言される。
「大切なのは、自分がどれだけ熱心に取り組んだか、だよ。
力を借りるのは、私じゃなくてもよかった。
そもそも、加奈がいなかったら
その出来事に気付きすらしなかった。
だから、これはあんたの功績」
「……」
「だからね、今は言える。
加奈は、人を助けられる。
それって、すごいことだよ。
誰にも言わせない。
意味が無いなんて、誰にも言わせない」
「……」
「それにさ、加奈が助けたのはあの子だけじゃない。
私も助けられたんだよ」
「え……?」
「私も、思ってた。
生きていていいのかな、って。
私が生きて頑張るのと、死んで迷惑をかけないのと、
どっちがみんなのためになるのかなって、思ってた。
でも、加奈のおかげで、道が見えてきた気がするんだ」
綾乃ちゃんは、立ち止まって太陽を見つめる。
その姿が、やけに神々しく感じられた。
「まだ生きる意味を見つけたわけじゃない。
でも、人のために何かしてあげられることがあって、
そんな小さな存在意義を積み重ねて、
見つけるもんなんじゃないかって思った」
振り返って、あたしと視線を合わせる。
「だから、だから……うーん、駄目だね。
いざ言う段になると……なかなか難しい」
そう言って頬をかく。
「……加奈、ありがとう」
ぽつり。それは呟きのようだった。
「私も頑張るよ。
頑張って、胸を張れる私になるさ。
まあ、まだ私は何も大したことはできてないんだけど」
「そんなことない」
こんどは、あたしが言う番だった。
『お前に生きている価値なんて無いんだよ』
その言葉が、どれだけ人を傷つけるか。
どれほどの人が、その言葉で一生治らない傷を受けるか。
あたしはそれを知っている。
だからこそ、被害者を減らしたいと思う。
そんな言葉が吐かれる状況を無くそうと思う。
そのために、努力したいと思う。
完全に無くすなんて無理だと感じるようになってからも、
無くそうと思って努力をする必要があると思っている。
少しでも減らしたいと思う。
あたしと同じような目に遭う人を、減らしたいと思う。
あたしの心の傷も、きっと完全には治らない。
でも、綾乃ちゃんの存在が、
あたしの痛みを和らげてくれた。
綾乃ちゃんの言葉は、
あたしの気持ちをすっと軽くしてくれた。
だから、あたしはこう言う。
「綾乃ちゃんは、あたしを助けてくれたじゃない」
綾乃ちゃんは、そっぽを向いて、頭をかきながら、
恥ずかしそうに、笑った。




