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47 誠の結論

目の前で信号が赤になる。

僕はため息をつき、足をペダルから地面に移す。

いつもは十分すぎるほどに余裕を持って行くのに、

今日に限って気付けば遅刻寸前だった。

大して交通量の多い交差点じゃない。

僕の後ろから来た人が一人、車の間を縫って渡っていった。

急いでいるけれど、渡れる状況だけれど、僕は渡らない。

それが僕のポリシーだから。


待っている途中で、ふと道路脇の排水溝に目が行った。

火が消えていない煙草の吸殻があった。

もう一度ため息をつく。

まったく、火事になったらどう責任を取るつもりだろう。

自転車を降り、それを踏み消したところで信号が変わった。

自転車に乗り、さあ渡ろうと思ったところで声をかけられた。


「すみません!」

振り向くと、知らない人が僕を睨んでいた。

小学校高学年くらいの女の子だった。

「……そんなところに煙草を捨てないでください」

え?

僕はしばらく、その意味を理解できずにいた。


……数秒の沈黙の後、漸く合点がいく。

誤解を解くために、僕は説明を試みる。

「あ、いや、これは僕が捨てたんじゃなくて」

「……え?」

「火がついてるのが落ちてたから、消しただけです。

 ……僕が煙草を吸える年に見えます?」

なんとも下手糞な弁明だ。

ほんとアドリブに弱いな、僕って。

煙草を捨てる人が二十歳まで吸わないってどうして言えるのさ。

言ってからそう思ったけど、女の子は分かってくれたようだった。

途端に狼狽し始める。

「あ、ご、ごめんなさい。私ったら、とんだ勘違いを……」

「あ、いや、いいですいいです。拾わなかった僕も悪いんですし」

「すみません! ほんっと、すみません! 息が白かったのでてっきり……」

……ああ、なるほどね。思い込みっていうのは恐ろしいものだ。

「だからいいって。むしろ、嬉しかった」

「……?」

「じゃあ。ありがとう」

きょとんとするその子に一方的に別れを告げる。

信号が点滅する前に渡らないと。


真冬だけれど、僕の心の中は温かかった。

自然と笑みがこぼれる。

もしかしたら様子を見ているかもしれないその人に伝えるように、

僕は呟いた。


「この世の中も、そんなに捨てたものじゃないかもしれませんよ……常盤さん」



小学校に入学したばかりの頃、高学年の子を尊敬した。

何でも出来る存在に思えた。

でも実際に高学年になると、大したことないと思った。

次は中学生を尊敬した。

実際に中学生になると、なんてことないと思った。

今度は高校生を尊敬した。

僕は今高校生だが、自分をすごいとは思わない。

中学生の頃に抱いたイメージとは、似ても似つかない。


でも、逆に安心した面もあった。

中学生になるとき、僕はとても不安だった。

当時の僕のイメージでは、中学生は何でも出来る存在だった。

当時の自分は、何も出来ないと思った。

そんな自分が、中学生の中で暮らしていけるのかと思った。

しかし実際に中学生になってみると、幻想は掻き消えた。

中学生なんて、ただの子どもだった。

自分と何も変わらない存在だった。

もちろん、イメージどおりの人だっていた。

とても大人びていて、リーダーシップがあって、行動力のある人もいた。

そう、綾乃さんのように。

でもほとんどは、そうじゃなかった。

幻滅したけど、拍子抜けしたけど、僕はホッとした。

自分が中学生でもいいんだと思えた。

劇的な変化をしなくちゃいけないと思っていた。

自分は自分のままでいいんだよと言われたような気がした。

そして代わりに、高校生をすごいと思うようになった。

高校生はもはや大人と同等の存在だと思うようになった。

自分がなれるのかと心配になった。

高校に入って、中学のときと同じことを思った。


僕は思う。

僕達が上の学年に対して抱くイメージは、固定観念だ。

自分達よりずっと優しくて、強くて、積極的で、頭も良くて。

でもそれに本当に当てはまる人なんて、一握りしかいない。

他の人は大して成長していないということに、後になってから気付くのだ。

青春だって、同じだと思う。

部活に汗を流し、熱い友情ドラマを演じ、淡い恋愛に夢中になる。

感涙に咽び、激情に怒号を上げ、悲哀に泣き腫らし、享楽に笑い声を響かせる。

そんなステレオタイプスな青春を送っている人が、どれだけいるだろう。

青春はそんな型にはまったものじゃない。

一人一人に、青春はある。

僕にだって、青春はある。

勉強するのも青春だ。

落ち込むことだって青春だ。

何をしたって、後になれば、それが青春だったことが分かるだろう。


そして今、僕は大学生をすごいと思う。

論文という言葉に、気後れする。

そんなもの書けやしないと思う。

でも、きっと、そんなことはないのだ。

大学生達は、僕が無理だと思うような課題を易々とこなしているように見える。

でも、それは見せかけだ。

僕にだって出来ることか、彼らにだって実は出来ていないことかのどちらかだ。

だから、心配することなんてない。

だって今、僕はちゃんと暮らしていけているじゃないか。

変わらなきゃなんて思う必要はない。

僕は、僕だ。


青春とは、悩むことと見つけたり。

井上さんの受け売りだけれど、でも、いいよね。

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