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44 隼人の物語9

世界が、崩れた気がした。

今まで俺は何をやってきたんだ。

何を見ていたんだ。

何を考えていたんだ。

自覚してはいるつもりだった。

でも、それ以上に。


俺は馬鹿だった。


中学の頃は思い上がっていた。

高校に入って、何もかも抜かれた。

唯一取り柄として残っていた虫に飛びついた。

そんな俺が、何もかもで成功しているように見える尾崎を

無意識のうちに避けるようになったのは、

考えてみれば当然なのかもしれない。

そして、尾崎を貶めるデマに飛びついた。


俺は、単純で、僻み屋で、思い込みが激しくて。

どうしようもない、大馬鹿野郎だ。


「……隼人君、何かあった?」

だから、綾乃が俺に違和感を見出したのも、

至極当然のことだった。

この前のゴクラクチョウライブで偶然出会い、

綾乃が見損ねた番組のテープを渡す約束だった。

「……なんでもない」

「嘘」

「なんでもねぇって」

白々しかった。

でも、自分の醜い部分をさらけ出すのが

恥ずかしくて、情けなくて。

「……隼人君。私、後悔したくないんだ」

……ああもう!

何なんだよ、どいつもこいつも!

部長なんかに祭り上げて、散々噂に躍らせて、

挙句の果てにぶち壊して、それを語れだなんて言い出しやがる。

鬼か。お前らは鬼か。

「あんたには関係無いだろ」

「あるよ」

断言される。

「初めて会った時……びっくりした。

 誠があんなに生き生きしてるの、見たこと無かった。

 隼人君は、誠にとって大切な存在なんだよ。

 それがそんな体たらくじゃ、私が困る。

 それに……貴重な一流のボッパー仲間だしね」

「何じゃそりゃ」

なんじゃそりゃ、だ。全く。

……分かったよ、分かった。

そんなにお前ら、俺を貶めたいか。

だったら乗ってやるよ。転がる所まで転がってやる。

俺は、全てを白状した。


全てを白状した、なんて一言で済ませられることじゃない。

それがとても重い意味を持つことに、気づかなくちゃならない。

長い時間をかけて、何度も言葉に詰まって、

話があちこちに飛んで、行ったり来たりして、

繰り返して、補足して、ようやく着地させる。

話し手にも聞き手にも、相応の根性が要る。

成し遂げられたってことは、つまり、そういうことなんだ。

「――ま、そういうことだ」

何とも気持ち悪い作業を終えて、俺は押し黙る。

話せばすっきりするという。

でも、今の俺はとてもそんな気分になれそうにない。

綾乃が、どんどん悲痛な面持ちになっていったからだ。


「同じだ……」

綾乃が、ポツリと言う。

「……え?」

「……私も、同じようなこと、あったから」

少なからず驚く。

目の前にいる女子がそんなことをするようにはとても見えなかったから。

「私も誠に言った。あの事件の時に」

そういえば2人が俺たちの傍を離れる瞬間があった。

あの一大事のときにそんな話……

……いや、「そんな」話じゃない。

当人にとっては、文字通り「死ぬほど大切な」話なのだ。

「あの時、誠は常盤さんに言ったよね。

 人は間違えて成長するんだ、って。

 あれね、私に向けた言葉でもあったと思うんだ。

 だから、今の隼人君にも言えることだと思う」

だんだんと、声が元に戻っていく。

明るい綾乃になっていく。

自分に言い聞かせるように、綾乃は言った。

「間違えたんなら、後悔すればいいじゃない。

 二度と同じことをしないと誓えばいい。

 取り返しがつくなら、取り返しをつければいい。

 ただ、それだけのこと。だから……ね」

ふと、手の中のテープに目をやる。

「隼人君、ゴクラクチョウのメンバーと担当、全員言える?」

「なめんな。

 ドラムでリーダーの烏。エレギの隼。

 ピアノで紅一点の雛。

 メロディーラインキーボードの鷹と

 ベースラインキーボードの鷲」

「うん。でも、ボーカルはいない」

そう。それがこのユニットの特徴の一つ。

基本的に演奏は楽器のみ。

歌モノもたまにあるが、その場合はコラボだ。

別に新メンバーを募集しているわけでもない。

「私はね、それでいいと思う。

 歌が入らなきゃ映えないって言う人もいるけどね。

 でもさ、それだけでも立派にやっていけてるんだよ」

テープを抱きしめる。

「足りないなら、補う。

 でもそれは、何も自分の中でじゃなくてもいい。

 全て独力で解決しなきゃいけないわけじゃない。

 むしろ、色んな人との関わりがあるから、いいんだよ。

 凸も凹も無いんじゃ、つまらない。

 誠と隼人君はいいタッグだと思う。

 誠が落ち込んだら隼人君が励まして、

 隼人君が間違ったら誠が正して。それでいいじゃない」


帰り際に、また会う約束をした。

テープを返してもらって、もっと互いのことを話し合おう。

それまでに、かりそめの決着をつけるべきだろう。


……そういえば、綾乃は最近

誠が落ち込んでいたことを知っていたのだろうか。

別れた後に、ふとそう思った。

あの事件の時に誠に相談したのなら。

それを臭わすようなことを誠は言っていただろうか。

……いや、やめておこう。

やたらと推理したがるなんて俺の柄じゃねぇさ。

俺がやることは、他にある。



今日は尾崎が生徒会室の当番の日だった。

年末だから忙しいんじゃないかと思ったが、そうでもないようだ。

いるのは俺たち2人だけ。

社会科講義室とは正反対に位置するが、

人があまり来ない時期は似たような雰囲気だ。

「何だよ、突然話って」

不審の色は隠さず、それでも威厳は保った声で、言う。

尾崎教頭の長男、尾崎栄一郎。

でも今の俺には、それが虚勢だと思える。

当たり前だけど、こいつだって人間なのだ。

「もう聞いてるか? ウチの部長がな、

 文芸部の部室の広さは不当だって投書に書くつもりでいる」

「……何?」

動揺が見て取れる。

結局、こいつには何もできないのだ。

俺を個人的に責めて取り下げさせるか、

先輩が何かしてくれるのを見ている他無い。

でも、それでもいいじゃないか。

俺はそう言いたかった。

お前は勉強もできるし、こうやって生徒会もやってる。

真面目に努力して、先生や先輩にも好かれて。

運動神経はお世辞にもいいとは言えないが、まあ。

完全無欠を気取る必要なんか、無いんだよ。


「……お前に、あの部屋は、必要か?」

「……」

尾崎は答えない。

この問いにイエスと答えることは、弱みを見せることだから。

「別に要らないと、俺は思う。

 みんなで本を読んで、文集書いて、意見を交わして。

 そういうのは、何もあの部屋でやる必要は無いだろ。

 あそこを陣取り続けるのは、お前に不利だよ。

 いつまで噂を放っておくつもりなんだ?」

「……お前に何が分かるんだよ」

ぶっきらぼうだった。

誠に聞いた、小学校時代の尾崎像を思い出す。

やっぱりこれが、こいつの本当の姿なのかもしれない。

「わかんねぇよ。全然わかんねぇ。

 俺はお前みたいに頭良くないからな。

 でもさ、馬鹿でも分かることがあるし、

 馬鹿だからこそ分かることだってあるんじゃないかって思う」

俺がやるべきことがこれなのか、確証は無い。

でも、とりあえずぶつけてみよう。

部長が俺を選んだ、その目を信じて。

「お前の父ちゃんはさ、馬鹿だよ。

 正義馬鹿だ。そんでもって、親馬鹿だ。

 一回お前も馬鹿になってぶつかってみろよ。

 今みたいにややこしいことにはならねえ。

 何をウジウジしてやがるんだ。

 好きに決まってんだろ。認めてるに決まってんだろ。

 てめえの父親だろ。信じてやれよ」


生徒会室を出た。

尾崎は何も言っては来なかった。


深呼吸する。

この部屋に来て、改めて思ったことがある。

俺はあの空気が苦手だ。

生徒会室の整頓された空気は。

泥臭くて獣臭くて、そんな生物室が、俺は好きだ。

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