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43 誠の物語9

始まりは裏サイトだった。

尾崎君に関する書き込み。

見つけたときは、それが大きな意味を持つとは思わなかった。


そして、綾乃さんから相談を受けた。

あれも、裏サイト絡みの話だった。

「悪い噂は、良い噂の何倍も強い」。

話を聞いて、そんなフレーズが頭に浮かんだ。


綾乃さんの手引きで、加奈さんと話をすることになった。

その時、加奈さんは自分がしていることを話してくれた。

「……最近は手紙、来ないんだって。プリントが届けられるだけで。

 もう来なくていいってことなのかなって、その子が言ってた。

 でも、違うよね。

 きっと向こうも、悩んでるんだよ。

 もしかして来たくないのかなって、

 しつこく言われたらヤになっちゃうんじゃないかって。

 すれ違ってるんだと思う。

 お互いに相手のことを大切に思ってるのに、

 自分のしている事に疑問を抱いて、歩み寄れなくて……」


亜深さんと出会って、話をした。

その時の会話で、あの事件のことを思い出した。

「生きて帰りたいなら、誓え。

 今後一切の過ちを犯さないと、誓え。

 悪の一切存在しない世界にすると、誓え。

 誓うことが出来ないなら、死ぬだけだ」

常磐さんの言葉。

そして亜深さんは、言った。

僕がいなかったらその場しのぎでしたがっていただろう、と。

それが、引っかかった。

本当にそうだろうか。

それをきっかけに、本当に変わる人もいるんじゃないか。


そして、隼人から尾崎君の話を聞いた。


今まで頭にこびりついていた、ワケの分からない断片が、繋がった気がした。



尾崎君に関する「悪い噂」に、僕は疑問を抱いた。

恥ずかしい話だけれど、僕はそういう情報に非常に疎い。

隼人に聞かされるまで知らなかった。

そもそも尾崎君がどういう人間かも知らなかった。

せいぜい教頭先生と親子で、級長をやっていることくらいだ。

でも、おかしいと思った。

「何が」は既に話した通りだ。


噂は真実じゃない。

少なくとも、デマや誇張が含まれている。

真実を知りたいとも思った。

でも、それだけだったらここまではしなかった。

尾崎君を助けたいと思ったわけでもない。

ただ、隼人がそれを信じているのが嫌だった。

隼人が噂に乗せられて部活で悩んでいるのを、

ほとんど知りもしない尾崎君を嫌うのを、

見ていたくなかった。


噂を流した犯人も動機も、興味は無い。

教頭先生は厳格だから逆恨みする人もいるかもしれないけれど、

見つけ出す術も思いつかないし、見つけようとも思わない。

でも、噂がここまで浸透するには、それなりの土壌が必要だ。


教頭先生と尾崎君に関する話の中に一際目を引く部分があった。

「5年前に父親が教頭になった」。

「小6の時に尾崎君の態度が変わった」。

これは、ほぼ同時期だ。

裏サイトでも書かれていた。

「12歳の時に万引き事件を起こした」。

この3つは偶然重なっただけなのだろうか。

ここから先は推測だ。

教頭先生は他人に対してと同様、自分にも厳しい。

大量の慣れない仕事を真面目にこなしていたのだろう。

就任したばかりの頃は夜中まで仕事をしていたらしい。

その時に尾崎君が問題を起こしたのなら。

そして、父親がそれに構っていられなかったのなら。

尾崎君が父親を非常に意識していたのなら。

見捨てられたと、思わないだろうか。


尾崎君は校内の事柄に異様に執心している。

級長と生徒会、来年は文芸部部長。

それでいて学業にも秀でている。

この前の模試の順位表を見て驚いた。

僕が全国95位、校内3位だった模試。

その校内1位が尾崎君だった。全国16位。ダントツだ。

普通そこまで熱心に取り組めるものだろうか。

突然猛勉強して丹木高校に入ったのも、

中学時代に生徒会長に落選して落ち込んだのも、

全て、父親に認められたいがためだったとしたら。


「そんな馬鹿な」

隼人が遮った。

「家族だぞ? 同じ家に住んでんだぞ?

 そんな何年もギスギスだなんて、そんなこと……」

「ありえるよ。今でも教頭先生は帰りが遅いし、

 子ども部屋がある家なんて今時珍しくない。

 僕の部屋も2階で、下に降りないと親に会わないし」

「……でも、お互いに嫌ってるわけじゃないんだろ?

 チャンスなんていくらでも作れるはずじゃねーか」

「じゃあ隼人、街で中学の友人に偶然出会ったとする。

 でも目が合ったはずなのに、向こうは通り過ぎていった。

 どうする? 追いかけて声を掛ける?」

「……」

加奈さんが言っていた、先生と生徒のすれ違い。

そういうことなんじゃないかと思う。


噂を否定しない理由は最初から心当たりがあった。

噂は裏サイトと同じだ。

誰が言い出したか分からない。

どこまで広がっているか分からない。

消そうとすれば、ますます盛り上がる。

だから、沈静化するのを待つ。

旅行部の人たちはそうやって、現に成功している。

でも、それには前提がある。

「尾崎は父親が教頭であることを利用して脅し、

 実行したことさえある」

それを教頭先生が信じるはずが無い。

噂に「実行した」とある以上、それはデマであることは

教頭先生本人が一番よく分かるはずなのだ。

逆に言えば、絶対に流されちゃいけない噂がある。

弱い人間ではいられなかった。

認められるためには、強い人間を演じなきゃいけなかった。

それがどれほど大変なことだったか。


文芸部の部室を訪ねて驚いた。

社会科講義室があんな所にあるなんて知らなかった。

周りは資料室とか普段使わない部屋ばかり。

放課後なら、部員以外が近づくことはほとんど無いだろう。

そこで、僕は見つけた。

置いてある本棚のうちの、ある1列。

自称読書家の端くれである僕は、あることに気付いた。

日本、アメリカ、イギリス、ロシア。

作家や舞台は違えど、そこに描かれたものは同じ。

「親子」を扱った本がそこには並んでいた。

そのうちの1冊を手に取る。

最終章の数ページに妙な皺が寄っていた。

紙が濡れたことを示す特徴的な手触り。

僕は思った。

校舎の隅で、部員も少なく、訪れる人はほとんどいない。

ここは、校内で唯一、

彼が「本当の自分」でいられる場所なのではないか。



これは隼人には言わなかったことだけど。

ネット上の相談室を見たことがあった。

親が学校に関する悩みを書き込む場所。

その中で特に目立ったのが、

「ウチの子どもがいじめを受けないか心配だ」というものだった。

でも、

「ウチの子どもが誰かをいじめないか心配だ」という悩みは

全くと言っていいほど無かった。

いじめられる人がいればいじめる人もいるはずなのに。

事件のニュースを見たときもそうだ。

「自分もこんな被害にあったらどうしよう」とは思う。

「自分がこんな犯罪を犯したらどうしよう」とは思わない。

僕らはいつも被害者じゃない。

加害者にだって十分なりうるのだ。



話し終えると、静寂が訪れた。

隼人は何も言おうとしなかった。

互いに無言のまま、時間が過ぎる。

そのうちに電車がやって来た。

黙ったまま、乗る。


「まもなく、比優奈、比優奈です。

 降り口は左側です」

すぐに隼人の降りる駅になる。

たった1駅。

それなら自転車にすればいいのにと思ったが、

家が駅に近いから便利なのだそうだ。


「……お前さ、青春らしくないって、悩んでたんだっけ?」

駅に着く直前になって、隼人が口を開く。

「……あ、うん」

隼人は唾を吐き捨てる真似をした。

「なーに寝言言ってんだ。

 調査だよ。推理だよ。あの時も、今回も。

 十分すぎるほど、青春してんじゃねーか」


そうなのかもしれない。

これが僕の青春なのかもしれない。


そうだったらいいな、と思った。

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