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42 隼人の物語8

「隼人、ちょっと話があるんだけど」

いつもの帰り道、不意にそんなことを言われた。

「何だよ、改まって。あれか?

 これから推理ショーでも始めるのか?」

本気で言ったわけじゃなかった。だから。

「披露するわけじゃないけど……

 まあ、一応仮説は立てられたから隼人に聞いてもらおうと思って」

そう誠が言った時、俺は心底驚いた。

誠に話を持ちかけてからまだ2日しか経っていない。

加えて俺が誠に頼まれた調査結果を報告したのが昨日。

この2日間、俺たちはほぼ一緒に行動していたはずなのだ。

「お前……いつの間にそんなことしてたんだよ」

「情報集めは隼人が部活に行ってる時に……

 考えをまとめるだけならいつでもできるし」

確かに最近は部室にいることが多くなってはいたが。

それでも図書館での誠は普段通り、課題をこなしていた。

いや、いつもと同じ進度に見えた。

気付けなかったのは俺が鈍いからなのか?


「……えっと……まず何から話せばいいのかな……

 うん、じゃあ何からおかしいと思ったか、ね」

どこか上の空で話し始める誠。

……お前車に気をつけろよ。


「列挙してみるね。

 まず部室申請が尾崎君の入学前であること。

 これは前にも言ったね。

 それから、これも間接的に言ったけど、

 旅行部の噂で、『いつ』喧嘩があったのか

 触れられていないこと。

 まあ、これは偶然と考えるのが自然かもしれないけど」

「ああ、そうだ。その話なんだけどよ――」

「あ、ちょっと待って。

 話がこんがらがってくるから」

「……分かった」

「ごめん。で、続きだけど。

 最後の一つが一番大きい。

 もし尾崎君に関する種々の噂が本当なら、

 教頭先生が権力を行使して

 無理矢理学校を動かしたことになる。

 でもさ、考えてみてよ。

 いくらなんでも、反発が生まれるでしょ。

 そんなのを複数回に渡って行使するなんて、

 何より教頭先生本人が許さないよ。

 教頭先生の生真面目っぷりは隼人がよく知ってるでしょ」

「暗に俺が不良だって言ってるだろ」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

「まあいいや。まんざら嘘でもないし。続けろよ」

「う、うん。

 それで部室の噂を確かめるために、

 今日の放課後行ってきたんだ、社会科講義室。

 部長さんから話も聞いてきた」

「まじでか。お前らしくない行動力」

「……自分でもそう思うけどね」


誠が得た情報を聞いて、俺は虚を突かれた気分になる。

「僕たちは文芸部がどうやって

 社会科講義室を手に入れたかっていう話をしていた。

 でも、もっと簡単な問題だったんだ。

 社会科講義室は、もともと文芸部の部室だった」

そうだ。部活はたった3学年で構成されている。

毎年部員数は大きく変動するはずだ。

かくいうウチだって、今年は1年が多くて

部室が狭いなんて話をしたじゃないか。

それと逆のことが起こっていた。それだけだ。

ってことは部長が憤っていたのは

部室を不当に広げたことに対してじゃなくて……

「部員が減ったにもかかわらず、

 部室を縮小しなかったことに対してってわけか」

「そうだと思う。

 これで一つ目の事件は解決。いい?」

「その部長が嘘を吐いている可能性は?」

「過去の部室の情報なんて、いくらでも残ってる。

 書類が無くても、卒業生に訊けばいいしね。

 それをわざわざ隠すなんて何の意味も無いと思うけど」

「分かった。次」


「次は旅行部の噂。

 あ、隼人。さっきの話、聞かせてもらっていい?」

さっきの話ってのは、もちろん「喧嘩」の時期だ。

誠の行動力にも驚いたが、篠崎の仕事の速さにも舌を巻いた。

頼んだ翌日には目当ての情報を引き出してきたのだ。

ただ、歯切れは悪かった。

それを聞いて、俺も顔をしかめた。

もしかしてと思った。

まさかと打ち消した。

でも話の流れからして、これは誠の望む結果だ。

俺は恐る恐る、それを口にする。

「……『喧嘩』があったのは9月。夏休み明けだったそうだ」

「旅行部に処分が下るまで2ヶ月強……

 微妙な所だけど、少し長いんじゃないかな」

「お前はこう言いたいんだろ?

 本当は因果関係なんか無かった。

 処分の理由は別のものだった。

 事件の真相が分からないことをいいことに、

 誰かが偶然あった出来事とこじつけた。

 ……でもさ、それこそ無理があるんじゃないか?

 処分までの期間だけを証拠には言えないだろ。

 話し合いが長引いたのかもしれないし、

 処分の口実を待っていたのかもしれない。

 俺なら4対6で尾崎説を採るね」

本当は五分五分で、俺の願望を加えたわけだが。

「でもね、そうだとするとおかしいんだ」

「何がだよ」

「関係者が口を閉ざしていることがだよ。

 尾崎君の手が入ってるなら、

 もっとおおっぴらに告発してもいいんじゃないかな」

「もっと酷い仕打ちを受けるのを恐れてるんじゃねーか?

 退学とか」

「それはやりすぎだよ。

 教頭一人の裁量でできるもんじゃない。

 それに、その程度で部員全員を

 確実に口止めできるとも思えない。

 そんなことが世間に知れたら、この学校は終わりだよ。

 リスクが大きすぎる。

 たかが一人の生徒のためにそこまでできるわけがない」

「……だったら、どう説明するんだよ」

「処分は正当だったと考えるべきじゃないかな。

 それなら後ろめたさに口を閉ざすのも分かる」

「それこそ全員が何も言わないのはおかしくないか?

 隠すような重犯罪だったら、ニュースにもなるだろ」

「……いや、一つだけあるよ。

 やり方によっては揉み消せて、

 言われずとも口をはばかるケースが」

「……何だよ」

誠は中々口を開かない。

赤信号で止まったところで、

ようやく搾り出すように言った。

「……性犯罪」


部員の誰かが部活動に関連して性犯罪を犯したのなら。

品行方正で売っているウチの高校は隠滅しようとするかもしれない。

関係者も好きで言いふらそうとはしないだろう。

それなら……


「……ちょっと、考えさせてくれないか」

「……うん」

無言で信号を渡る。

歩く。歩く。

駅に着く。

改札を通る。

それでも突破口は思いつかない。

ホームに出たところで、仕方なく口を開く。

「……そうかもしれない。胸糞悪い話だが、

 尾崎が関わっていると考えるのは難しいことは分かった」

「……」


電車の到着を伝えるアナウンスが鳴る。

すぐにやってくる車体が見えた。

……でも……

俺はベンチに深く腰掛けた。

「誠、話してくれないか。考えたことを、全部。

 終わらせないと、気になって眠れそうに無い」

「うん、分かった」

誠も隣に座る。

電車が目の前に止まる。

人が乗り降りする。

そして、出発する。

ホームには俺たち2人だけが残される。

この時間だと、次が来るのは20分後だっただろうか。


冬の風が吹き抜ける。

背筋がゾクリとした。

なにか、大変なことをしてしまったような。

そんな気がした。

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