04 隼人の物語1
昼休みを告げるチャイムが鳴る。
一部の生徒達は弁当を取り出し、
残りの生徒達はぞろぞろと教室から出て行く。
俺も一緒に出るが、その先は彼らとは逆だ。
彼らは1階の購買に用がある。
俺の用事は3階、生物室。
俺は生物部に所属しているが、今回はそれは関係ない。
ましてや、授業云々の話でも当然ない。
「……ここ……だよな」
生物室のドアの前。
俺は改めて手に持った手紙に目をやる。
そこには、綺麗な字でこう記してあった。
「今日の昼休み、第一生物室でお待ちしています」
今日の朝、靴入れの中にコレが入っていた。
何度読んでもその文面は変わらない。
俺は呼び出されたのだ。
そうでなければ、俺だってパンを買いに購買へ行っている。
用事が済んでからでは売れ筋はもう残っていないかもしれない。
まあいいさ、昼休み後半からはタイムサービスをやっている。
たまには質より量を選ぶとしよう。
中に入ると、窓辺に一人の女子生徒がたたずんでいた。
すらりとした長身に、長くて艶のある黒髪。
きりりとした目、引き締まった口元。
色白の皮膚、整った服装。
動物に例えるなら……豹だろうか。
まさか彼女を可愛いと評するヤツはいまい。
だが、格好良いと評さないヤツもいないかもしれない。
彼女は俺に気付くと微笑を浮かべた。
俺はその姿を見て息を漏らす。
……
落ち着け。
落ち着け、俺。
誤解の無いように言っておこう。
別に俺は、彼女が美人だから驚嘆したとかそういうわけじゃない。
というかそもそも、そういう感動系の溜め息じゃない。
むしろ、呆れた。
だって彼女は――
「……何やってんですか、部長」
俺がそう言うと彼女は表情を崩す。
それはもう、崩すという表現が似合い過ぎているくらいに。
「はっはっはー! どうした、風見」
「どうしたって……部長が俺を呼んだんでしょうが」
「ん? がっかりしてる? がっかりしてるな?」
「……」
「告白だと思った? 思ったんだろ? 正直に言えよぉ」
「わざとですよね」
「うん、まあね」
あっさりと認める。この野郎。
……あ、「野郎」じゃないか。
部長が部員を呼び出すなら、昨日の活動中に
「明日の昼休みにここに来て」とでも言えばよかったんだ。
そうでなかったら教室に直接来るんでもいいし、
校内放送で呼び出しても……まあ許そう。
それをわざわざ、靴入れに封筒とは。
しかもハートのシールで封をするとは。
しかも匿名とは。
……やってくれる。
まあ、部長がそういうことが好きだというのは俺も知っていたが。
俺もおかしいとは思った。
昼休みの生物室って何だよ。
そんな中途半端に人目の少ないところを選ぶ意味が分からん。
確かに校舎の隅っこではあるけど、
直前に授業が会ったら面倒なことになるだろうし。
でもまあ、何ていうか。
願望が冷静な判断を奪ってしまったというか。
「まあそれにさ、私もそういう気が無いわけでもないし」
はい!?
「……嘘でしょ」
「うん、嘘だよ」
カラカラと楽しそうに笑う部長。
……なんか時間の無駄の気がする。
「で、用事って何ですか」
俺はさっさと切り上げようと本題に入った。
よく考えると俺はそれほど腹が減っていなかった。
購買のタイムサービスは1つ1つの値段が下がるのではなく、
3つ買ったらもう1個!てな感じだ。
つまりたくさん食べないならお得でも何でもないわけで、
量も質も無いことになる。
それはちょっとイヤだ。
少しでも俺のお気に入りが残っているうちに買いに行きたい。
こういう時って食べ物の好みが人と違うって便利だな。
量と質を両方得られるわけだ。
「ん、じゃあ話そうか」
部長はそう言うとキッと表情を引き締める。
途端に緊張感が部屋に充満した気がする。
公私の切り替えが早いのが、彼女が部長たる所以である。
……多分。
「どうぞ、そちらにおかけください」
言われた場所に俺は腰掛ける。
部長は俺の真向かいに座り、俺をじっと見つめる。
……正直、怖い。
「実はですね――」
もったいぶることも無く、その口から吐き出された言葉は、
俺が全く予想していないことだった。
「風見君に、この生物部の、次期部長を頼みたいのです」