36 誠の物語6
ドカッ
ガタン!
奇妙な音が、教室内に響き渡った。
多くの人たちは、グループごとに固まって談笑している。
校庭からは騒ぎ声が聞こえる。授業が始まるまであと10分弱。
そんないつもの昼休み。
その、普段耳にすることのない音に気付き、皆は顔を上げた。
その目がこれ以上ないほど見開かれた。
その場に居合わせた全員の動きが停止した。
その場に居合わせた誰かが状況を理解するより先に、怒号が飛んだ。
「……この……大馬鹿野郎ッ!」
声の発せられた場にいるのは二人。
一人は握りこぶしを提げて息を切らしながら立ち、
もう一人は頬を押さえてうずくまっていた。
脇には椅子が転がり、机が乱れている。
窓際の席。そんなことが起こりえない場所。
誰もが、面食らった。
誰もが、信じられなかった。
信じられたのは、きっと一人だけ。
この騒ぎを起こしている、本人だけ。
だって、僕だって信じられない。
殴られた、僕でさえ。
「……隼人……」
口に出しても、信じられない。
何が起きたのか、分からない。
だから、隼人を見上げる。
理解したくて、見つめる。
「どうしてだよ……」
隼人の声が、泣いていた。
「どうしてそんなこと言うんだよ!」
それだけだった。
辺りが静寂に包まれる。
「……ごめん」
どうにかそれだけ、言った。
よく分からなかったけど、謝らないといけない気がした。
隼人は答えず、そのまま自分の席へ戻っていった。
僕も立ち上がり、辺りを片付ける。
教室がざわめくけれど、気にしないことにした。
先生の話なんか、頭に入らなかった。
授業中、僕はずっとさっきのことばかり考えていた。
僕は何て言ったんだっけ?
何が隼人をあんなに傷つけたんだろう。
頭の中を、昼食を終えた辺りまで巻き戻す。
何についての話だったかは思い出すまでもない。
昨日、亜深さんに会った。
そのときに言われたんだ。
隼人にも相談すべきだって。
綾乃さんと井上さんには言った。
加奈さんにも言った。
亜深さんにも言った。
でも、今まで隼人には言えなかった。
怖かったんだ。
何かを失いそうで。
大切な友人が、離れてしまいそうで。
だから、言わなかった。
本当は真っ先に言うべきだったのかもしれないけれど。
信じてみることにした。
亜深さんの言葉を、そして隼人を。
……分からない。
あの時、僕は何て言った?
特に変なことは言っていない。
いや、話題自体がそもそも変なのだけれど、
亜深さんに言ったこととほとんど同じだ。
亜深さんは怒らなかった、と思う。
いや、お礼に答えなかったときは少し怒られたけれど、
隼人が怒ったのはそこじゃない、もっと後。
……何が違ったのだろう。
分からない。
どうして隼人は怒ったんだ?
どうして僕はそれに気付けないんだ?
こんなんじゃ、駄目だ。
こんなんじゃ、友達でいる資格は無い。
こんなんじゃ……
そもそも、友達って何なんだろう。
僕と隼人は友達なのか?
ああ、どうしてしまったんだ、僕は。
また「発作」か。学校にいるのに。
さっきのが応えた。衝撃だった。
あれで隼人との縁が切れてしまったらどうしよう。
隼人が友達でないのなら、誰を友達と呼べるのか。
僕にはそんなもの、いないのか……
……そんなこと、ない。
ねじふせろ。
不条理な感情を、ねじ伏せろ。
綾乃さんは言ってくれた。
もっと自分を表に出せと。
井上さんは言ってくれた。
悩んでるのは僕だけじゃないと。
加奈さんは言ってくれた。
もっと自信を持てと。
亜深さんは言ってくれた。
恐れるなと。僕は僕だと。
だから……だから……!
気持ちが軽くなる。
ほんの少しだけど、軽くなる。
大丈夫。
これくらいなら、まだ大丈夫。
隼人に声をかけられるくらいの力は、残ってる。
謝ろう。
それで、尋ねよう。
分からないなら、訊けばいい。
間違ったなら、改めればいい。
こんなので落ち込んで、どうするんだよ。
文化祭の準備を一緒に楽しんだ。
夏休みの宿題の量に一緒に文句を言った。
体育祭で負けたのを一緒に悔しがった。
隼人の部長内定を一緒に喜んだ。
一緒に勉強して、一緒に帰って、
他愛も無い話をして、それを繰り返す。
ずっと続くといいなって思ってた。
いや、ずっと続けるんだ。
これからも。
隼人は、大切な友達だから。




