表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/50

33 加奈の物語9

言ってから、ちょっと顔が熱くなる。

冷たい空気が心地良かった。

誠君は何も言わない。

確かに、何か言える状況じゃないかもしれない。

せいぜい「え?」が精一杯。

だから、あたしは言葉を継いだ。

「誠君が言ってくれたから、あたしも言うね。

 あたしの信条はね、『人の迷惑にならないこと』だったの」

誠君に向き直る。

誠君はちょっと奇妙な表情をしていた。

困ったような、嬉しいような、苦しいような。

あたしが言わんとすることが分かったのだろう。

「あたしは、マイナスでいないようにって考えてる。

 誠君は、プラスでいようって考えてる。

 その2つは、似てるけど全然違う。

 あたしは、自分の存在が邪魔だってことを前提にしてる。

 その上で、どうやって人にかける迷惑を減らすかって考える。

 すごく消極的で否定的。

 でも、誠君は違う。

 どうやったらみんなの役に立てるかって考える。

 自分の存在を、積極的に、肯定的に考える。

 そんなことが出来るのが、すごく羨ましいんだよ」

今のあたしは、いつに無くおしゃべりだ。

言葉が勝手に口から出てくる感じ。

きっと喋り上手な人は、いつもこんな感じなんだろう。

「それにね、あの事件で、誠君はそれを実行していた」

そう。

それが、理由。

あたしが憧れを抱いた理由。

綾乃ちゃんが勘違いした理由。

そして、あたしが誠君に言いたいこと。

「あの時、誠君は頑張ってた。

 どうやったらみんなを助けられるかって、一生懸命考えてた。

 その姿は、とっても格好良かった。

 そして実際に、あたし達は助かった。

 それは誠君のおかげだよ。

 もしも誠君がいなかったら、あんなことをしなかったら、

 どうなっていたか分からない。

 誠君は、あたし達を助けてくれた。

 役に立とうと思って、努力して、実際に役に立った。

 それって、十分素敵なことじゃない?」

「……でも、それはあんな特殊な状況だから出来たことで……」

「あたし、あの時も言ったよね?

 いざという時できる人は、本当はいつだってできる人なんだ、って」

にっこりと微笑む。

こうやって笑ったのなんて、いつ以来だろうと心の奥で考えた。

「もっと自分を認めてもいいよ。

 誠君は、自分で思っているより、ずっと素敵な人なんだから」

なんて恥ずかしい言葉をぬけぬけと言っているのだろうと思うけれど。

でも、それはあたしの本心だから。

そして、あたしが誠君にしてあげられる唯一のことかもしれないから。


誠君は頭を掻いた。

「……綾乃さんにも、同じようなこと言われたよ」

「あ、やっぱり?」

苦笑する。

さすが綾乃ちゃんだ。



「あたしの近所にね、不登校の子がいるの」

拓馬君の話をした。

最近は綾乃ちゃんの部活が長引くときは、

一人で帰らせてもらっていた。

拓馬君といろんなお話をする。

最近は学校の話もするようになってきた。

街頭の下で、ちょっとだけ勉強を教えたりもした。

拓馬君が笑ってくれるのが、とても嬉しかった。

「……あの事件で誠君に会わなかったら、

 こんなことはしてなかったかもしれない。

 あたしにもできることを見つけたいって思わなかったら、

 話しかける勇気なんて生まれなかったかもしれない。

 だから、誠君のおかげだって、言わせて」

返事はよく聞こえなかった。

それでもいい。


「でも……やっぱり学校に行かせてあげるのが一番なんだよね。

 本人も分かってるけど、あと一歩踏み切れないみたい。

 クラスのみんなや先生から誘われれば行くと思うんだけど……」

「でも、学校を休むとプリントとか届けられるんでしょ?

 そこに、先生から何か無いの?」

「……最近は手紙、来ないんだって。プリントが届けられるだけで。

 もう来なくていいってことなのかなって、その子が言ってた。

 でも、違うよね。

 きっと向こうも、悩んでるんだよ。

 もしかして来たくないのかなって、

 しつこく言われたらヤになっちゃうんじゃないかって。

 すれ違ってるんだと思う。

 お互いに相手のことを大切に思ってるのに、

 自分のしている事に疑問を抱いて、相手に任せちゃって……

 だから、あたし先生に会ってこようと思うの。

 1回だけ拓馬君を迎えに行ってあげてください、って。

 それできっと、うまくいくと思うの」

「……いつ、行くの?」

「……まだ決めてない。できるだけ早い方がいいんだけど……

 でも、平日はあたしも学校があるし……」

そう言ってから、気付く。

そうだ。

だったら、土曜日しかないじゃないか。

すなわち、今しかないじゃないか。

「ご、ごめん! ちょっと行ってくる!」

いきなりすぎる切り上げ方だったけど、誠君は驚かなかった。

どうやら彼の中でも答えは出ていたらしい。

「今日はありがとう」

「ううん、また今度ね」

そう、また今度。

また今度、話をしよう。

あたしも誠君も、もっと自信を持てるようになって。



昨日、いつもの場所に拓馬君の姿はなかった。

それがあたしを焦らせた。

何か病気になったのだろうか。

大人に見つかって帰らされたのだろうか。

だから、来週じゃ駄目だった。

手遅れになる気がした。

小学校前のバス停を降りて、あたしは坂道を駆け上がる。

まだ、担任の先生がいますように。

いなかったら伝言を頼めばいいのだろうか。

会ったことのない人の伝言なんて、聞いてくれるだろうか。

胸が締め付けられるのは、久しぶりの運動のせいだけじゃない。


昇降口の前まで来る。

部外者はインターホンで用務員さんに連絡しなくちゃならない。

何と言えばいいのだろう。

この学校の卒業生です、でいいのだろうか。

それで、先生に用があって……

ああ! そういえば先生の名前を知らなかった!

どうしよう、どうすればいいんだろう。

葛原拓馬君のクラスの先生……言いにくいなぁ。

でも、それしかないか。

覚悟を決めろ、あたし。

手を伸ばし、インターホンのボタンを――


「――ズハラ――!」

グラウンドから声がした。

手を引っ込めた。

……もしかして。

校舎の脇に回る。

そこには、数人の子どもと、一人の若い男性がいた。

ジャージを着ているけど、多分教師だろう。

どうやらサッカーをしているらしい。

土曜日はグラウンドが開放されているから、

こういう光景は珍しくない。

でも……


突如、ゲームが中断した。

子どもの一人が、こちらに駆けてくる。

その姿に、見覚えがあった。

「お姉ちゃん!」

その声に、聞き覚えがあった。

その子はあたしの前に来ると、

肩で息を切らしながらも言葉をつなぐ。

「昨日はごめんなさい!

 友達の家に遊びに行っていて……それで……」


……そっか、そうなんだ。

よかった、本当によかった。

心配しなくても大丈夫だった。

みんなは、立派に事を運べている。

あたしなんかが世話を焼かなくたって……

でも、嬉しかった。

だって、こんな楽しそうな拓馬君の顔、見たこと無いもの。


「学校……楽しい?」

満面の笑みが返ってきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ