32 加奈の物語8
「……」
「……」
お互いに、かける言葉が見つからなかった。
空を見上げると、どんよりとした冬の雲。
厚着はしてきたつもりだけれど、それでも顔や手先は冷たい。
辺りの木は葉を落とし、寂れた雰囲気を醸し出している。
それをあたしは綺麗だと思えた。
いや、綺麗なのはこの公園全体だ。
静かでいて手入れの行き届いているこの公園は、
この町の隠れた名所になっていた。
あたしもほんの数回、ここを訪れたことがある。
ここに来ると何となく心が安らいだものだ。
でも、今はそうじゃない。
どうしてかって言うと……
「……ごめんね、なんか変なことになっちゃって」
「……う、ううん、そんなことないよ」
ベンチに隣り合わせに座って、
罰の悪い顔をして目を逸らすのは……水樹誠君。
2ヶ月くらい前のあの事件で知り合った、綾乃ちゃんの友達。
連絡を受けたのは、ついさっきだった。
久しぶりに自分の携帯電話の着信音を聞いた。
「もしもし、私だけど、今ヒマ?」
「ううん、テレビ見てただけ」
「じゃ、できたらこれから言う所に来てくれない?
ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど」
バスで片道200円。どうってことない。
用事も無かったし、
何よりあたしが綾乃ちゃんのために何かできるのなら。
断る理由は、無かった。
無かったんだけど……
そこにいたのは、綾乃ちゃんだけじゃなかった。
綾乃ちゃんの古くからの友達で、
最近あたしとも仲良くしてくれる井上さん。
そして……誠君。
3人とも同じ中学校だそうだから、それほどおかしくはない。
でも、そこにどうしてあたしが入るのだろう。
更に。
あたしが来た途端、
綾乃ちゃんと井上さんは「じゃ、帰るかな」と言い出した。
慌てたのはあたしと誠君。
背中を追いかけたあたしに、綾乃ちゃんは耳打ちした。
「なんか誠のヤツ、センチメンタルになってるんだよ。
『自分はこんなんでいいのか』なんて言い出してさ。
だからちょっと、励ましてあげて。
ほら、仲を進展させるチャンスじゃん」
そう言われてやっと、この状況を把握する。
要するに、おせっかいを焼かれたのだ。
とはいっても、さすがに帰るわけにもいかない。
文句は今度学校で言うとして、今をどうしよう。
とりあえず、事の次第を伝えることにした。
訳の分からない状況は解いた方がいいだろう。
「……綾乃ちゃんから電話があってね、
来てみたら、誠君が困ってるみたいだよ、って」
「……なんでこんな大事にするかなぁ……
ただ、ちょっと言ってみただけなのに……」
「あはは……でも、綾乃ちゃんらしいよ。
みんなのことを大切に思ってくれている。
些細に見えることにも、全力を注いでくれる。
悩んでくれる、泣いてくれる、怒ってくれる。
綾乃ちゃんみたいな人がいてくれるから、
人間っていいなって、生きてるっていいなって、思えるんだ」
「……そうかもしれない。
綾乃さんには、もっと活躍して欲しいな。
もっともっと広いところで、
もっともっといろんな人の中で。
……って、そんなのはただの無責任なんだけど」
「でも、きっとそうなるよ、きっと。
だって、強いもの。どんどん強くなってるもの」
「そっか」
誠君はそう言って微笑む。
それが、一瞬にして寂しそうな表情に変わる。
「でも……だからなのかな。
どうしても僕と比べちゃうんだ。
それで、自分は何もできないんだなって、思ってしまう」
「そんなこと……」
「何もしてないよ、僕は」
その時、あたしは何かを思いついた。
それが何かは、まだ分からない。
それを見つけるために、私は口を開く。
「誠君は……何かをしたいんだよね?」
「え?」
「何かをしたいのに何もできないって、
そう思って、だから悩んでるんだよね?」
「……うん」
「それって、いいことじゃない」
「……」
「いつも自分が何かできないかって、
そう思えるって、いいことだよ」
だんだん、輪郭がくっきりとしてきた。
自分が何を言いたいのか、分かってきた。
綾乃ちゃんは、あたしが誠君を好きだと思っている。
あたしは、それは間違いだと思っていた。
でも、本当の本当に?
完全なる間違いとは言えないんじゃないか。
例えそれが恋愛感情じゃなかったとしても。
あたしは、もしかして……
それを確かめるために、あたしは口を開いた。
「……誠君って、信条とか、ある?」
「……信条……?」
「うん。信念とか、こうやって生きていきたいっていうものとか」
誠君は少し戸惑ったようだったけど、
中空を見つめて思案顔になる。
「――」
「え? 何?」
ぼそりと呟いたが、あたしにはよく聞こえない。
誠君はあたしに視線を戻すと、恥ずかしそうに言った。
「……人の役に立つこと……かな……」
それを聞いて、あたしは理解する。
「やっぱりそうなんだ」
「え?」
「そうなんじゃないかって、思ったの」
そう。
今、確信した。
「あたしね、考えてたの。
どうして、あたしが誠君に関われるのか、って。
人見知りのするあたしが」
どうして、誠君からは、逃げようと思わないのだろう。
それはもちろん、綾乃ちゃんという親友を介しているというのもある。
でも、あたしは……
今度は、あたしが恥ずかしがる番だった。
今更気付く。
あたしが、彼のことを「水樹君」ではなく、「誠君」と呼んでいることに。
でも、今更直すのもおかしいので、そのまま使うことにする。
恥ずかしいから、誠君に横顔を向けて、空を仰いで、言った。
「あたしはね、きっと誠君に憧れているんだ」