03 誠の物語2
駅のホームに立って電車を待つ。
カランカラン、と、音がした。
隣に立つ人が空き缶を投げ捨てた音だった。
ホームの下を覗くと、たくさんの空き缶が転がっていた。
溜息を吐く。
腹が立つ。
平気でゴミを捨てる人にも、それを注意できない自分にも。
あのことを思い出す。
1ヶ月前の、あの事件を。
確かにあの時、僕は積極的に行動した。
活躍した、とも言えるかもしれない。
でも、だからといって、僕が積極的な人間であるわけじゃない。
あれは、たくさんの偶然が重なった結果なのだ。
隼人が気の置けない親友だったから。
綾乃さんが僕のことを信頼してくれていたから。
加奈さんが綾乃さんの親友で、
しかも自分の意見をなかなか言わない人だったから。
亜深さんが概して不干渉の立場でいたから。
だから僕はあんなことが出来た。
もしも隼人が帰りがたまたま一緒になったクラスメートというだけの存在だったのなら、
僕は何もせず、隼人の行動を眺めているだけだっただろう。
もしも綾乃さんが僕に任せずに行動を起こしていたなら、
僕は何もせず、それに従っているだけだっただろう。
もしも加奈さんが綾乃さんとそれほど親しい間柄じゃなかったのなら、
僕はきっと隼人としか行動を共にしなかっただろう。
もしも加奈さんがもっと気の強い人で、自分の意見を主張していたのなら、
僕は何もせず、それに従っているだけだっただろう。
もしも亜深さんがもっと僕達に干渉してきて、リーダーシップをとっていたのなら、
僕は何もせず、それに従っているだけだっただろう。
これらのうちどれが満たされても、僕はあんなことをすることは出来なかった。
これらのうちどれも満たされなかったから、僕はあんなことをすることが出来た。
要は、そういうこと。
ただ、それだけのこと。
僕は、その程度の人間だ。
その証拠に、僕は中学でも高校でも、何もしていない。
クラスメート全員に信頼され、任されるなんてことはありえないからだ。
信頼されないから、何も出来ない。
何も出来ないから、信頼されない。
いつまでたっても何も始まらない無限ループ。
きっとこれを壊さないと、青春を感じることは出来ないのだろう。
だったら。
青春なんて、僕には来ないのかもしれないと思った。
僕は人混みが嫌いだ。
急ぐのも嫌いだ。
だから、何をするにも、かなりの余裕を持って動く。
高校にも始業の30分は前に着く。
だからといって、別に何もやることは無いのだけれど。
下駄箱に着いた。
靴を脱ぎ、内履きに履き替える。
運動部が朝練をやっているらしく、グラウンドから何やら聞こえてくるけれど、
まだ人の影はほとんど無い。
いつも通りに、校舎内へ足を進める。
ふと、脇を見た。
ウチの学校の下駄箱は、扉の無い中身丸見え型だ。
鍵がついていない扉なんて死角を作るだけの存在、ということらしい。
だから、「それ」が見えた。
そして、少し驚いた。
今の時代に、こんな手法が生き残っているとは。
一つ一つの下駄箱に名前が付いているわけでもないから、
隼人のが何処だったかなんて正確には分からない。
でも、おそらく隼人のであろう内履きの下に、隠すように置かれていた。
隼人はいつも遅刻ギリギリかアウトかだ。
これを見つけるのはしばらく後のことになるだろう。
僕は、近づいてそれをよく観察する。
さすがに取り出そうとは思わないけれど。
白い封筒だった。
ピンク色のシールで封をしてあるのがちらりと見えた。
隼人はいつも通りだった。
担任の先生の直前に教室に入ってくるのもいつも通りだったし、
授業中、頬杖を突きながらもう片方の手でペンを回しているのもいつも通りだった。
でも、僕には分かった。
どことなくソワソワしている。
いつも以上に落ち着きが無いと言うか何と言うか。
話をしていても、時々うわのそら気味になったり。
「どうかした?」と訊いても、「何でもねぇよ」としか答えない。
昼休み、隼人はいつも通り教室を出て行った。
でも、方向が違う。
そっちは購買の方向でも、トイレの方向でもない。
それを見て、僕は確信した。
なるほど、昼休みを指定されたわけか。
いってらっしゃい、僕は心の中で手を振る。
頑張ってね、も付け加えたほうがいいだろうか。
まあいいや。僕が何を思ったところで、何も変わらない。
そして弁当を広げながら自問する。
僕は隼人を羨ましいと思っているだろうか。
僕も同じ経験をしてみたいのかというのなら、答えはノーだ。
でもやっぱり、こう思わずにはいられない。
…ああ、青春してるなぁ…




