28 亜深の物語4
「神林君、これ」
朝、出社して机に座ると、なにやら名簿を渡された。
先輩である女性から受け取り、それを眺める。
「……なんですか、これ」
「忘年会の出欠取ってるの。来る?」
成程。もう12月。そんな季節か。
「日時とかはもう決まってるんですか」
「27日の夜7時くらいからかな。お店はまだ。会費は5、6000円ってところ」
「具体的にどんなことをやるんですか」
「あ、そっか。初めてだよね。普通の忘年会よ。みんなで飲んで騒ぐの。
騒ぐと言っても別に隠し芸大会とかカラオケとかするわけじゃなくて、
みんな好き勝手に動き回っておしゃべりするって感じ。
それだけだけど、楽しいわよ。みんなの意外な一面が見えたりして」
特に予定があるわけでも無い。
ただ帰って時間を潰すよりは、「非日常」に参加した方が良いというものだろう。
つまらなければそれはそれで一人で食べていればいいだけの話のようだし。
机からボールペンを取り出し、自分の名前を探す。
筆頭には社長の名前があった。その下には社員の名前が50音順に並んでいる。
どうやら本社全体での忘年会らしい。
まあここはお世辞にも大きいとはいえないし、社長も気さくな人だ。
カレンダーに丸をつけて楽しみにしている姿が目に浮かんだ。
自分の名前を見つけ、出席の欄に丸をつけたところで、ふと手が止まった。
違和感を覚えた。
それが何であるかを確かめるために、その名簿に目を凝らす。
俺より先に、彼女が気付いたようだった。
「……ああ、そうそう。須賀君は来ないのよね」
そうだ。
一番参加しそうな男が、欠席にチェックを入れていた。
「去年は参加して、すごく楽しそうにしてたんだけど。
『来年も絶対来ます!』って言ってたし。
何か大切な用事でもできたのかしら」
「本人には尋ねたんですか?」
「まあね。でもはぐらかされちゃった」
「……」
「そういえば最近須賀君おかしいのよね。
最近って言ってもここ2、3ヶ月だから神林君は分からないだろうけど」
「どういった風に?」
「うーん……大したことじゃないんだけど……
なんていうか……たまに余所余所しいっていうか……」
あれでなのか。十分馴れ馴れしいと思ったが。
「ま、もし聞けたら教えてよ。
なんか彼、神林君に親近感抱いているようだから」
……嬉しいとは思わなかった。
その日の帰りだった。
須賀に呑みに誘われた。
俺は誘いを受けた。
基本的に、俺は何かをしたいという積極的願望を持たない。
故に、積極的理由も持たない。
ただ帰るのがつまらなかったからというのがいつもの理由。
だが、その日は違った。
基本的に、俺は他人に対して興味を持たない。
それでも、気になった。
奴が思いつめたような顔をしていたからだ。
奴の行きつけらしい、いつもの居酒屋。
2人席にあぐらをかき、ビールを2つ注文する。
あとはつまみを適当に。
注文の品が届くまでは、いつも通りのどうでもいい話だった。
ジョッキが来たところで、須賀の顔からいつもの薄っぺらい笑顔が消える。
本題のようだった。
「……忘年会で俺が出席しないこと、お前も気になってるか?」
「まあな」
半分本当で、半分嘘。
聞かせてやるというのなら聞くが、知らなくても別にどうでもいい。
コイツは多少自意識過剰なところがある。まあ、特に指摘するつもりも無いが。
須賀はビールで軽く唇を湿らせて、二の句を継ぐ。
「お前は……社長をどう思っている?」
「どういうことだ?」
意図が読めない。読めないなら無理に読もうとは思わない。
「お前は年の割にひねているところがあるな。
信じられるのは自分だけだと思っている。違うか?」
「さあね」
「でも、だからこそ話せる。俺の言うことを理解してくれると思う。
聞いたことをやたらと口外したがりもしなさそうだしな」
「そうかもな」
前置きが長い。俺は早くも空返事になっていた。
「で、お前は社長を信じているか?」
「さあ」
「……真面目な話だ。あいつは善人だと思うか?」
「そうじゃないとでも言いたげだな」
「そうじゃないさ」
「……どっちの意味だ?」
「あいつは、お人よしの皮を被っているだけだ」
「……」
俺の中で、社長は「信じられる人」の領域には全く入っていない。
それは須賀も同様だし、そもそも母親以外誰もいないことは既に言ったと思う。
とはいえ、社長に対する悪いイメージもまた持っていない。
会社の誰もが慕っている。いい人だとみな口々に言う。
現に俺に対しても普通に接してくれる。
入社試験のときも直々に面接を受けた。
何のとりえも無い俺を採用してくれたことに対しては感謝しているし、
少なくとも俺のようなひねくれた目を通してでなければ、
その人柄は尊敬に値するかもしれないとも思う。
須賀もそう思っているうちの1人だと思っていた。
だから、その口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
俺は無言でビールを飲んだ。
いつもと同じもののはずなのに、驚くほど不味かった。




