27 綾乃の物語8
翌日の昼休み。
何だかんだで機会を逸していた私に、麻衣から話しかけてきた。
「おい、綾乃。どーしたの、2日続けて休みだなんて。
どこか悪いの? 今日も休む?」
……うーん、どうも私って肝心な所で他力本願な気がしてきた。
自分からアクションを起こせるように頑張ろう。次からは。
「……ちょっと話があるんだけど、いい?」
「おう? そりゃいいけど、どしたん?」
「コンピューター室で、ちょっと」
「何だ何だー、ハッキングしてテストのデータでも盗み出すつもりかー?」
そんなおどけたことを言ってはいたけれど、表情は真面目だった。
コンピューター室は1限からパソコン部の活動終了時刻まで開いている。
私達が中に入ると、2人がいるだけだった。
隅のパソコンを点ける。
アドレスは憶えていない。
だから、検索で見つける。
やりたくは無いけれど、丹木南高校と……私の名前で。
麻衣が横から覗き込む。
裏サイトのページを開いた。
そして、例の記事の箇所にスクロールする。
麻衣の方を向いて、言う。
怖いけれど、言う。
勇気を出して、言う。
「……これ……何……?」
そう言った。
そう訊いた。
そう尋ねた。
麻衣が、私に。
「……え……?」
「なんなのよ……これ……」
麻衣はパソコンの画面を食い入るように見つめていた。
やがて画面から目を外し、私に向き直る。
「……なるほど、言いたいことは分かった。
これを私が書いたんじゃないかって訊きたいのね」
「……うん」
「馬鹿かあんたは」
即答された。あまりにもあっけなかった。
「おぅおぅおぅ、あたしと綾乃ってその程度の仲だったっけ?
ん? 言ってみなよ、おい」
顎を掴んで顔を近づけてくる。さっきとは別の意味で怖い。
「……ごめんなさい」
「ふざけんなだよなー、こういうの。あーむかつく。
人の名前を使って何が楽しいのかね……で、どうするよ、綾乃」
「え?」
「警察に突き出す? それとも無視を決め込む?」
「……」
「こういうのって難しいよなー。下手に刺激すると暴走しそうだし、
かといって放っておくとつけあがりそうだし」
「……よく分からないけど」
「ん。じゃあちょっとさ、キーボード貸して」
麻衣はそう言ってマウスを右手に操作を始める。
……うわ、早い。ブラインドタッチだし。
そういえば情報の課題をクラスで一番早く終わらせたんだっけ。
1分もせずに新しい記事が立ち上がった。
TITLE:※注意!
もし仮に何か事件になって警察が調べたら、
誰が何を書いたのとか全部分かっちゃうんだぜ?
匿名性を当てにしないほうがいいぜ?
from:通りすがりの親切な人
「まー、後は様子見だんね。
ここからアクセスしたから学校側にも知られるだろうし。
あんまり期待はしないけど」
回転椅子を蹴って1回転、2回転。
「さ、忘れるこった。こんなの気にしてたらキリが無いよ。
成り行きは私がチェックしておくよ。どうも酷かったら警察行くかなぁ。
てかどれもこれも下らな過ぎるし。小学生かっての」
「麻衣……ありがとう……」
「いいってことよ。誤解されるのは嫌だかんね」
今まで悩んでいたのは何だったんだろう。
そう思えるくらいに、今の私は心が軽かった。
私は手紙の話を誠に打ち明けた。
私は手紙のことをクラスの皆に白状した。
私は祥子に謝りに行った。
加奈は男の子に話しかけた。
私は掲示板のことを誠に相談した。
そして、麻衣に尋ねた。
全部、うまくいったのだ。
本当に、全部、うまく。
「綾乃、私言ったよね。私が綾乃を守るって。
だから綾乃は自分のやりたいようにやればいいって」
「……うん」
「あれ、本気だかんね。
これからもずっと、卒業しても、大人になっても、離れ離れになっても、
綾乃が私を必要としてくれるなら、いつだって駆けつけちゃる」
「……うん」
涙が止まらなかった。
麻衣と出会えて良かった。
加奈と出会えて良かった。
誠と出会えて良かった。
本当に良かった。
「あ、そういえばさ」
部活の帰り。
今日は3人だった。私と、麻衣と、加奈。
たまにはこういうのもいいよね。
「あんたのハンドルネーム、あれ本当にどういう意味なの?」
「ハンドルネームじゃなくてハンドルでいいんだよ。
それはともかく、あんなのただの遊びじゃん。すぐ分かれよ」
「分かんないから訊いてるんだけど」
「はー……」
麻衣は胸ポケットからメモ帳とペンを取り出して走り書く。
「gringrin_;月」
……最後の『ツキ』って何?
「加奈、分かる?」
「左は分からないけど……右なら」
「え、ウソ」
「フツー分かるから。綾乃、あんたホントに女子高生?」
「……分かりません答え教えてくださいお代官様」
「よろしい教えて差し上げよう……顔文字だよ」
「え? どこが?」
「欧米の顔文字は横に倒して書くんだよ。右に90度回転させてみな」
メモ帳をひっくり返す。
なるほど、言われてみれば歯をむき出してウィンクをしている顔だ。
「……あー、それでgrinなわけだね」
「え、綾乃ちゃん、それってどういう意味?」
「その前にもう1つ質問。何で2回繰り返してるの?」
「ん? そんなの簡単な理由だよ」
麻衣はそこで立ち止まり、もったいぶって見せる。
「その方が、語呂がいいじゃない」
そう言って、『ニヤリと笑った』。




