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24 綾乃の物語5

自分のことは自分が一番よく分かってる。

例えば、加奈は小学生の時の私を想像できるだろうか。

私が人前に出ることなどとても出来なかったなんて、信じられるだろうか。

でも、それが私の本当の姿。

例えば、小学生の時の友人に今会ったら、何と言われるだろうか。

「変わったね」と驚かれるだろうか。

でも、私は変わっちゃいない。

私はただ、殻をかぶってきただけなのだ。


あれ以来、私は自分を常に奮い立たせてきた。

そんなことじゃ駄目だと、自らを叱ってきた。

臆病な自分を隠して、背伸びをしていた。

周りのみんなに殻を見せてきた。

そうしていればいつかは本当にそうなれると信じて。


本当の私は、とても弱い。

だから、こんなことで簡単に糸は切れてしまう。

何もかもが嫌になって、何もかもから逃げたくなってしまう。

殻の中で、私は縮こまって震えている。

まだなのか。

5年も経ったのに、まだ私は弱いままなのか。



今日も駄目だった。

今日も麻衣を問いただすことが出来なかった。

夏休み明けの席替えで麻衣とは教室の反対側になったから、

ずっと加奈と話していればそれほど不自然ではなかった。

話しかけられても、作り笑いと相槌でお茶を濁した。

その度に、もう一人の私がけしかける。

早く尋ねろと。

いつまでもそんなことをしているつもりなのかと。

そんなので頭の中がゴチャゴチャになるから、

いつも通りに接することが出来なかった。

だから、できるだけ麻衣とは話さないようにした。

部活も、体調が悪いと言って休んだ。


その分、加奈と話す時間が増えた。

加奈はとても上機嫌だった。

例の子と仲良くなったらしい。

今日はこんな話をした、今日はこんな様子だった。

のろけ話みたいだよと、からかいたくなった。

遅れている勉強を教えてあげてるんだと言った。

「教えるのって難しいね。

 当たり前だと思っていたことを何で?って訊かれると困っちゃう」

そんなことを、とても楽しそうに話していた。

そんな加奈を見るのは初めてで、私も思わず頬が緩んだ。


それでも。

ソンナコトヲ、イツマデツヅケテイルツモリダイ?

そんな声から逃れることはできなかった。



駅の待合室に、私はぽつんと座っている。

壁で仕切られているとはいえ、暖房も何も無い。

日が暮れるのも早く、空はどんよりと曇り空。

制服の身には相当寒かった。

じっとしているから、なおさら。

でも、動く気にはなれなかった。

ただ、うつむいて座っていた。


電車が来る。

待合室の人たちはみんな出て行く。

電車が去る。

あとには私だけが残される。


こんなところで私は何をしているのだろう。

何を待っているのだろう。

自分に尋ねる。

白々しいな。

そう冷笑される。

分かっているくせに。


時計を見る。

7時半だった。

部活帰りの学生もほとんどいない。

会社員の帰宅ラッシュもピークを過ぎた。

いつまで私はここにいるのだろう。

そう考えて、また笑われる。

…そう、私は分かっているのだ。

認めるのが嫌で、知らないフリをしているのだ。

認めたら、私はここにいられなくなる気がする。


「うちは7時半まで図書館だけ開いてるんだ。

 みんなそこで勉強して帰るわけ」

「いつも大体この電車だから、時間が合えばいつでも会えるよ」

その言葉を、私は思い出していた。



急に、怖くなる。

待っているのが、恐ろしくなる。

こんなことをしていいのだろうか。

私は間違ってはいないだろうか。

もっと、他にすべきことがあるんじゃないか。


私は手紙の話を誠に打ち明けた。

私は手紙のことをクラスの皆に白状した。

私は祥子に謝りに行った。

加奈は男の子に話しかけた。

全部、うまくいったのだ。

でも、まだ駄目だった。

私に、何かが、ほんの少し足りなかった。

その何かを求めて、今私はここにいる。


そんなことをして何になるんだよと「私」が言う。

会えたところで何を言うつもりなんだと。

言ったところでどうなるというんだと。

体がどんどん重くなっていく。

帰れば楽になれるんだよと「私」が言う。


分からない。

自分が分からない。

さっさと麻衣に本当のことを訊こうと言う「私」がいる。

全てを放棄して逃げようと言う「私」がいる。

強すぎる「私」と弱すぎる「私」。

そして、どちらでもない、私がいる。

私は2人の「私」に翻弄されている。


もういいや。帰ろう。

私は立ち上がる。

さっさとホームに出る。

ちょうど電車が来た。

乗り込む。

席に座る。

涙が出てくる。

もう駄目だ。

私は、負けた。

なんでかなあ。

なんでこうなのかなぁ……

どうして私って……


「……綾乃さん……?」


顔を上げた。


この時の気持ちを説明する必要は無いだろう。

海に放り出されて、沈んでいく私がいた。

「ああ、私は死ぬんだな」と

薄れゆく意識の中で思った時に引き上げてくれた人がいた。

この時の気持ちを説明する必要がどうしてあるだろう。


だから。

私が誠に抱きついてしまったのも、当たり前のことだったのだ。

…そう言い訳させてほしい。

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