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21 加奈の物語7

ピリリリリリ

あたしの携帯電話が久しぶりに鳴った。

あまりに久しぶりで、電話を受けるのに少し手間取った。

「もしもし」

「もしもし。加奈、今どこにいるの?」

「外だよ」

「外? もう暗いじゃない」

「うん、まあね」

「夕飯までには帰ってきなさいよ?

 あと、ちゃんと人通りの多い道を通ってくること」

「うん、分かった」

心の中で苦笑する。

今居る場所が、人通りの少ない道なのだから。

でも、辺りは住宅地。

塀にもたれてしゃがんでいるから死角になっているけれど、

すぐ近くにちゃんと明かりの点いた家が並んでいる。

明るくて、見通しも悪くない。

だから、ここはそれほど危ないとは思わないのだけれど。

だから、あたしはいつもここを通って帰るのだけれど。


「もう帰る?」

携帯をしまうと、拓馬君がそう尋ねてきた。

「ううん、まだ大丈夫」

「でも、お母さん、心配するよ……?」

「うーん……」

「……僕は、もう、帰ろうかな」

「え? そう?」

時刻は4時半。

あたしが綾乃ちゃんの部活を待って帰ると6時過ぎだから、ちょっと早くないだろうか。

「いつも何時くらいに帰ってる?」

「7時かな。でも、今日はもう大丈夫。

 ゲームの話したら、やりたくなってきた」

「そっか、分かった。帰ろう。送っていくよ」


拓馬君の家はあたしの家から100メートルも離れていなかった。

結構立派な家だった。ウチより、全然大きい。

でも、明かりは点いていなかった。やっぱり留守らしい。

拓馬君はポケットから鍵を取り出す。

「じゃあ、さようなら」

「うん、またね」

ペコリとお辞儀をして、ドアの鍵を開けて。

あたしが去ろうとしたところで、声がかかった。

「あ、そうだ」

「ん?」

「……おばさんにありがとうって伝えてって言ったけど……このことは、言わないで」

「……うん、分かった」

あたしがそう答えると、拓馬君はホッとしたような表情を浮かべて、家の中へ消えていった。

……やっぱり、知られたくないんだなぁ……



お風呂の中で、あたしは今日のことを考えていた。

夕飯の時、お母さんに彼の家のことを尋ねた。

「葛原さんの家って、何の仕事してるか知ってる?」

「確か2人ともお医者さんじゃなかったかしら。

 大変よねー、奥さんのほうは大分仕事少なくしてもらっているみたいだけど、

 それでも大抵留守だもの。町内会にも全然来ないし」

あの大きな家を思い出す。あれは買ったものなのだろうか。多分そうだ。

「何、いきなりどうしたの?」

「今日拓馬君に会ってね、お母さんにありがとうだって」

「へー、そう。どうだった? 元気そうだった?」

「……うん」

それは嘘と言っては失礼かもしれない嘘。

今日の彼はいくらか楽しそうだった。

でも、いつも1人ぼっちなのに、元気でいられるわけがない。

きっと、遅くまで外にいるのも、そういうことなのだろう。

家に帰っても一人なら、外にいたほうがいい。

そのほうが、外界との接点を感じられるから。

でも、誰かに気付かれたくはなくて、

騒ぎを起こされたくはなくて、あんなところにいつも居るんだ。


順を追って整理してみよう。

拓馬君は今年の4月にここに引っ越してきた。

それは大抵の場合は転校を伴う。

親友と別れたと言っていたから、それは間違い無いだろう。

新しい土地。新しい学校。新しいクラスメート。

緊張する。期待する。不安になる。

彼はクラスに溶け込もうと頑張っただろう。


ここで彼の学年が結構重要になる。

小学校は、3年と5年のときにクラス替えがあるからだ。

クラス替えが無いときに転校してくるのは厳しい。

他のみんなは互いに見知った仲なのに、自分だけが外れている。

クラス替えのある学年なら、少しはその差が緩和される。


彼が何年生かは、親友の話で分かった。

彼の親友が来年部長になるということは、今5年生。

同じクラスだったのだから、彼も5年生。

つまり、クラス替えはあったのだ。

だから、彼は問題無いはずだった。

無事に、学校に、クラスに、馴染めたはずだったのだ。


あの事故さえなければ。


4月の終わり、と言っていた。

それから3ヶ月入院した。

最初はクラスのみんなもお見舞いに来てくれただろう。

でも、知り合って1ヶ月も経っていない関係。

程なく、彼はクラスから隔離されることになる。

それは仕方無い。

積極的拒絶なんかじゃない。

年度初めはみんな忙しい。

新しい勉強が始まって、新しい友達が出来て、新しい役割を与えられて。

運動会だってあっただろう。

梅雨の季節にわざわざ病院に足を運びたいとは思わないだろう。

だから、仕方の無いことなのだ。


そして、退院した途端に夏休みになるのも仕方が無い。


夏休みの間にリハビリをする。

きっと宿題もやっただろう。

授業についていけるように、勉強だってしたかもしれない。

でも。

夏休みが実際終わる段になって、急に怖くなる。

4ヶ月ぶりなのだ。

その間に、クラスの人間関係はほぼ出来上がっていることだろう。

クラス替えが無かった時と同じ。

いや、むしろそれより辛い。

本当は入れたはずなのに、入れない自分。

どうしてあの時事故に遭ってしまったのかと後悔する姿は想像に難くない。


自分は邪魔なんじゃないかと。

自分は余計なんじゃないかと。

学校に行くのが怖くて。

でも、それで行かなかったら最後。

ずるずると、それが続いてしまう。


両親が何もしないのは、忙しいからだろうか。

いや、きっと、最初は色々手を尽くしたのだろう。

担任の先生だって、頑張ったはずだ。

でも、きっとそれはプレッシャーになる。

どんな人にだって、子どもにだって、プライドはあるのだ。


拓馬君は努力している。

学校に行こうと思っている。

だからこそ、毎日ランドセルを持って、

恐らくは時間割もそろえて、出かけるのだ。

ただ、結局学校に着くことは出来ていない。

行こう行こうと悩んで悩んで。

そのうちに授業が終わってしまって。

そのまま帰ったら空し過ぎるから、あそこに一人で座っている。



助けたいと思った。

でも、あたしに何ができるだろう。

分からない。

でもとりあえず、思いつくことからやろう。

とりあえずは、話し相手になってあげよう。

それで、彼の気持ちを少しでも楽にできるのなら。

思い立ったが吉日。今日はちょっと違ったけれど、明日からは――


……明日?


テストがあったことを、思い出した。

今から勉強……したくないなぁ……

昨日数学と化学をやっておいて良かったと、心から思った。

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