表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/50

19 加奈の物語5

ほんの少しの勇気を出そう。



携帯電話が鳴った。

ベッドから体を起こし、それを手に取る。

開いて、電源ボタンを押す。

あたしに誰かから電話がかかってくるなんてことはほとんどありえないと言っていい。

綾乃ちゃんと両親以外、誰にも教えていないのだから。

メールはたまにする。本当に、たまに。

学校には持っていかないし、あまり遠くへ出かけることも少ないから、

正直、あたしにとって携帯電話はそれほど重要なものではなかった。

もっぱら、家での目覚まし時計代わり。

料金も一番安い設定。今時の女子高校生には珍しいかもしれない。


7時30分。いつも通りの時間にあたしは起きた。

今日は休日だけど、普通の人にとっては平日だ。

台所へ行くと、お母さんがお皿を流しに入れるところだった。

お父さんの朝ごはんの片付けだろう。

「おはよう、加奈」

「おはよう、お母さん」

「ご飯はテーブルにできてるから」

「うん」

「ところで今日って、もしかして休みだっけ?」

「そうだけど?」

「ありゃりゃ。お母さん、いつもの調子でお弁当2人分作っちゃった」

「いいよ、昼に食べるから」

「そう? 2人で何か食べに行かない?」

「そうしたらお弁当は?」

「お父さんの晩御飯に」

「それは……ちょっとひどいと思うな」

「じゃあ加奈が食べない? あんた体細いんだからしっかり食べないと」

「んー」

そこで思いつく。

「ごめん、あたしやっぱりお昼に食べるよ」

「そう、別にいいけど。何で?」

「ちょっと出かける用事があったから」

リビングに向かう。

テーブルの上に、朝食と一緒に、お弁当箱があった。

いつも通り、ピンクの弁当包みできれいに結んであった。



「おはよう」

これをあの子に言うのは初めてだった。

朝はいつも来る前に通り過ぎるから。

今日はあたしが先に座っていた。

あたしの持ち物はお弁当と水筒に久しぶりの携帯電話。鞄は持っていない。

服装はタートルネックに綿のズボン。それに冬物のコート。

いつもは制服だから、明らかに違う。

だから、あの子が戸惑うのも無理はなかった。

逃げちゃうかな、と思ったけれど、男の子はいつもの場所に座る。

ランドセルを脇に置いて、足を投げ出す。

1メートルほどの間隔をあけて隣り合わせ。

あたしはホッと息を吐いて空を見上げる。

2週間前ほどではないけれど、青空が広がっていた。

……あの時の空は本当にきれいだったな……

テスト勉強の合間にふと部屋の窓から見たそれは、

とても澄み渡っていて、神々しくて、元気を与えてくれるものだった。

雲1つ無く、それでいて、日光もそれほど強くなく。

今でもあたしの心の中にくっきりと焼きついている。


無言のまま、時間が流れる。

男の子は、ただただぼうっと辺りを見渡していた。

何かを探すふうでもなく、誰かを待つふうでもなく。

あたしも同じようにしていた。

苦痛ではない。こういうのはむしろ好きだった。


この道は細くて、あまり人は通らない。

それでも時々、自転車が通り過ぎたりする。

きっとあたし達は好奇の目で見られているのだろうな。

毎日いる男の子。

今日は、もう一人。

それでも、話しかけてくる人はいない。

どうしてだろう。

心配にならないのだろうか。

どうでもいいのだろうか。

そんなに冷たい人たちばかりなのだろうか。

いや、勇気か時間か、どちらかが無いだけだ。

そう自分に言い聞かせる。

そんな冷徹で残酷な世界は嫌だから。

きっと、本当は、みんな――


「……学校……休み……?」

ハッとした。

振り返ると、男の子がこっちを見ていた。

声をかけてきてくれた。

嬉しくて、思わず口の端が緩んだ。

「うん、今日は休み」

「どうして?」

「テストがね、半分終わったの。

 毎日テストは辛いから、学校がね、今日は休みにしたの」

「ふーん……」

とっさの受け答えだったから、分かりにくかったかもしれない。

理解したところでほとんど意味は無いのだけれど。


再び沈黙。

でも、雰囲気はさっきよりずっと柔らかくなった。

今度はあたしから話しかける。

「近くに住んでるの?」

「うん」

「じゃあ、ご近所さんだね。名前なんていうの?

 あ、あたしはね、加奈っていうの」

「……葛原、拓馬」

「拓馬君、か。うん、分かった」

名前を教えてくれるくらいには心を開いてくれたようで、良かった。


ふと考える。

葛原。そうそうある苗字じゃない。

でも、どこかで聞いたことがある。

……そうだ、今年の4月に引っ越してきた家族。

そこのお父さんが家にお菓子を持って挨拶に来た。

隣でもないのに律儀ねぇとお母さんが言っていて。

それからあまり月日が経たないうちに、それは起こった。


「今日買い物の帰りにね、変な音が聞こえたの。

 ドスッとかガスッていう、鈍い音。

 何だろうと思って行ってみたら、交通事故だったのよ。

 車が止まっていて、その前に男の子が倒れていて。

 慌てて警察と救急車呼んだんだけど、その子の顔見てびっくりしちゃった。

 加奈は知ってたかしら? お母さんは町内会で見たから分かるんだけど、

 葛原さんちのお子さんだったのよ。

 命に別状は無いようで良かったけど、骨折していてしばらく入院が必要みたい。

 可哀想ねぇ。引っ越してきて早々そんなことになっちゃって」


何かが分かった気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ