18 加奈の物語4
「政経どうだった?」
「うーん、まあまあ」
「最後の論述書けた?」
「……分かんなかった」
「私もー。とりあえず書いてはみたけど、
自分でも何を言ってるのかさっぱりだ。ありゃだめだわ」
「問1の答えって、ウ・イ・アで合ってる?」
「だと思うよ。まー、過ぎたことは忘れよう。
まだ半分残ってるわけだし」
「そうだね。見直すのは答案が返ってきてからでいいよね」
数学A、古典、リーディング、家庭科、生物、政経が終わり。
まだ現代文と数学?とライティングと化学と世界史が残ってる。
「ていうか11科目とか多すぎだし」
「まあ、中休みがあるから」
「でもそれって土曜の振り替えじゃん。全然得してないー」
なかなかヘビーなテスト期間。
あたしは毎回終わると半日寝込む。
今回も……例外じゃないだろうな。
「明日勉強する?」
「一応はね」
「てか今日は勉強する?」
「一応ね」
「まじっすか。私絶対しないんだけど」
「それでちゃんと点数取れるんだから、いいじゃない」
「何でテストなんてあるかなー。世の中から消えて無くなってしまえ」
「あはははは」
「あの空気ホント駄目なんだけど。テスト中の静かな雰囲気」
「なんか嫌な汗出てくるよね」
「でも誠はあの張り詰めた空気が好きらしいよ。私には理解できん」
「へー」
今日は火曜日。テスト2日目。
明日は中休み。その後2日間テスト。
中休みの分、先週の土曜に授業があった。
土曜日の電車は空いていて、毎日こうならいいのにと思ったっけ。
……そういえば、あの日はあの子はいなかった。
綾乃ちゃんと別れて、改札を出て、歩き出す。
いつもの道を、いつもの速さで。
昼間の道を歩くのはなんだか気がひけた。
学校の予定に従っているのだから、堂々としていていいのだけれど。
平日の、昼間。
不思議な感覚だった。
いつもの小道に入る。
ペースは落ちない。
だって、もう吹っ切れたから。
いつもの場所に、男の子がいた。
いつものように、座っていた。
「こんにちは」
通り過ぎるときに声をかけた。
返事は無い。
それでもいい。
決めたのだから。
綾乃ちゃんが、励ましてくれたときに。
あれからあたしは、見かけるたびに挨拶をするようにしていた。
中学の頃、一番辛かったのは、
罵倒されることでも、蹴られることでも、壊されることでも、盗られることでもなかった。
グループを作るときに、ペアを組むときに、自分を受け入れてくれる人がいないのが一番辛かった。
話しかけられる相手がいないのが一番辛かった。
自分の存在って何なんだろう。
あたしがいなくても、この世界は回っているのだろうか。
あたしが死んでも、世界は何も変わらないのだろうか。
あたしが消えたほうが、世界は上手く機能するのだろうか。
そう、思った。
だから、そんな思いをさせたくなかった。
大丈夫。
あなたは、ちゃんとこの世界と繋がっている。
だから、消えないで。
家に帰って、鞄の中身を本棚に移す。
残りの教科を机に積み上げる。
さて、今日は何をしようか。
いつもなら、苦手な数学や化学は後回しにするのだけれど。
あたしは論理的思考が苦手だ。
というよりも、「論理」や「理論」という言葉を聞くと敬遠したくなる。
どんなに面白そうなことでも、それを学問として体系付けてしまうと途端に色あせる。
暖かみを失ってしまう。
そんな冷たい考え方をしないで。
もっと感情でぶつかろうよ。
効率。必然。法則。
何だか、つまらない。
この前、学年集会があった。
進路選択の話だった。
2年生からは文系と理系に分かれる。
あたしは……理系にはなれないだろう。
論理が駄目だから。
でも、じゃあ文系は論理的じゃないの?
そんなことはない。
そもそもこの社会全体が、論理的に動いている。
あたしだって、少なからず論理を用いている。
だから、矛盾しているのかもしれないけど。
……綾乃ちゃんは、どっちに行くんだろう。
あたしと同じだったらいいな。
それで、また同じクラスになれたら……
駄目だ駄目だ駄目だ。
これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
あたしなんかのために、綾乃ちゃんの将来を狂わせちゃいけない。
あたしも自分の足で立てるようにならなくちゃ。
数学を、やることにした。