16 綾乃の物語3
加奈が、足を止めた。
視線の先に、小さな影。
街灯に照らされて、座り込んでいる男の子がいた。
既に太陽の名残も消え、空一面が濃紺に染まっている。
こんな人通りの少ない道で。
こんな寒くて暗い中で。
その子は、じっと俯いて座っていた。
私は、歩を進めた。
その姿が、次第にはっきりとしてくる。
もう11月だ。さすがにジャンパーを羽織っている。
黒のランドセル。服装も普通だ。
状況が状況でなければ、どこにでもいそうな男の子。
背はさほど高くないが、何せ成長期だ。1年後は分からない。
私が近づいても、その子はこっちを見ようとはしなかった。
「……こんにちは」
それでも、私がそう言って隣に立つと、ゆっくりと顔を上げた。
少しだけ私の顔を見て、すぐに戻す。
私はどうしたものかと一瞬考えたが、とりあえずその場に腰を下ろした。
その子は足を投げ出した格好だが、スカートの私にはちょっと出来ない。
その場にしゃがみこむ。これだと長時間はしていられないけど……まあいいや。
加奈は少しうろたえていたが、私の隣に隠れるようにして座った。
体育座りか。お尻痛くならない?
そんなどうでもいいことを言おうか迷って、結局口をつぐんだ。
つぐんでから、やっぱり言えばよかったかなと後悔する。
でもそう思ったときには、言い出すには不自然な間が開いていた。
はてさて、困った。
何か具体的な考えを持ってきたわけじゃない。
様子を見てみようと思っただけだ。
で、影からこそこそ窺うのは不審だから、話しかけたほうがいいだろうと思っただけだ。
でもこの子は私と目を合わせようとはしないが、不審の色がありありと見て取れる。
うん、今の私、明らかに不審者。
自分が成人男性でなかったことに感謝しよう。職務質問されても文句は言えまい。
「怪しいものではありません」とかね。余計怪しいし。
うーん、アイスブレーキングは難しいよね。
「……えーと、さ」
黙っているとますます空気が悪くなるのでとりあえず発声してみる。
仕方ない、超アドリブだ。頑張れ私。
「君、名前は?」
いきなり地雷を踏んだ。それはまずいって。超不審者だって。
当然の如く、男の子は黙っている。シュミレーションゲームなら疑惑度急上昇だ。
「……私は相川綾乃っていうの。高校生」
こういうときはまず自分から名乗らなくては。
まあ詐称の可能性もあるから名乗った人は信用できるってわけじゃないけど。
しかしこれは少しは功を奏したようだ。顔がこちらを向く。
「寒くない?」
視線が逸れる。でも、うなずいた。返事をしてくれた。
「毎日ここにいるの?」
首肯。
「休みの日も?」
否定。
「ふーん……」
さあ困った。
ネタが尽きた。早いな。
話題探しに、男の子を観察する。
あまりじろじろ見るのは失礼だとは思うんだけど。
そして、最初見たときからの違和感の正体に気付く。
「何かスポーツでもやるの?」
しばし沈黙。そして肯定。
そう、この子は、小柄ながらもなかなかしっかりした体つきをしている。
それが意外だった。
加奈の話を聞いたとき、私はてっきりひ弱な少年だと思ったからだ。
不登校になるようなイメージじゃない。
それは固定観念なのだろうけど。
「部活に入ってる?」
言ってから、しまったと思う。
学校に関する話題はまずいかもしれない。
反応は無かった。
でも、慌てて話題を変えるのも不自然なので、続けることにする。
「私はね、バレー部に入ってるの。今日もその帰り」
反応は無い。そりゃそうか。
見知らぬ人が何の部活に入っているかなんて、かなりどうでもいい話だ。
再び沈黙。
……駄目だ。これはちょっとレベルが高い。
今日はこの辺にしておいたほうがよさそうだ。全然話してないけど。
私は立ち上がる。既にちょっと足がしびれていた。
まあ、しびれる程度には時間が経ったということで。
「ごめんね、邪魔だったかな」
無反応。
「じゃあ私はもう帰るよ。早く家に帰った方がいいよ」
また、言ってから後悔する。
相手の状況をよく分かっていないのに口を出すべきではないかも。
だから、こう付け加えて客観的っぽく修正する。
「もう暗いから危ないよ」
帰り道に自信はなかったけれど、加奈とはその場で別れた。
送ってもらうのは悪いというのもあったし、
送ってもらった後、加奈はあの子の前を1人で通らなくちゃならなくなるから。
多少不安はあったけれど、すぐに通りに出て、駅が見えた。
ホームで電車を待ちながら、さっきの出来事を振り返る。
こういうのは何度も繰り返すのが大事なんだとは思うけど、あまりにも拙かった。
今度はちゃんと準備してから行こう。
……あー、でももうすぐテストなんだよなー。