15 加奈の物語3
それは本当に突然だった。
中学校に上がった途端、
それまで仲の良かった人たちが
手のひらを返すように冷たくなった。
何もしていないのに。
何がいけなかったのだろう。
どうしたら許されるのだろう。
「しゃべんな。声がウザい」
「てか昨日金持って来いって言わなかったっけ?」
「ちゃんと風呂入ってんの? 臭いんだけど」
「あの写真を広められたくなかったら、
誰かにバラそうなんて思うなよ?」
「何でまだ生きてんの?」
「あんたと友達だなんて一度だって思ったことないし」
「教科書はどこかって?
私が知ってるわけないじゃん」
「髪染めてんじゃねーよ、チビデブ」
「死ねよ」
「死ね」
「死ね」
シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ
つらかった。
心をえぐられるような感覚。
つらかった。
終わりの見えない恐怖。
でも、親にも先生にも言わなかった。
あたしがいじめられていると認識されるのが恥ずかしかった。
誰かに言うのが、怖かった。
言ったら負けのような気がした。
言ったら現状が確固としたものになる気がした。
あたし一人で解決しなきゃいけない気がした。
結局、あたしは何も出来なかった。
結局、見るに見かねた両親が学校に連絡した。
担任の先生に呼び出されて。
誰もいない教室で2人きりになって。
あたしは何も言えなくて。
目を合わせることすら出来なくて。
先生が悩んでいるのがよく分かった。
先生が頑張っているのがよく分かった。
でも。
結局、何も変わらないまま卒業した。
結局、誰も何も出来なかった。
高校では、心機一転頑張ろうと思った。
過去を捨てて、新しい人生を踏み出そうと思った。
でも、人間は早々変われるものじゃないと知った。
知らない人が怖かった。
何も言えない自分が嫌だった。
やっぱり何も出来ないんだなと思った。
高校でも、同じ道をたどるんだなと思った。
一人ぼっちなのが辛かった。
誰にも相手にされないのが辛かった。
自分の存在を認めてもらえないのが辛かった。
生きていても意味が無いんじゃないかって、辛かった。
そんな時、綾乃ちゃんが――
「おまたせっ」
はっと我に返る。
綾乃ちゃんが、隣にいた。
「どうした? 何か考え事?」
「……ううん、なんでもない」
あたしはそう言って本を鞄に詰め込む。
綾乃ちゃんは放課後部活があるから、
それが終わるまで図書館で待つのがあたしの日課だった。
窓の外を見る。
太陽が沈んでいくところだった。
「今日は部活終わるの早いね」
「テスト前だからね」
「あ、そっか」
「また童話読んでたの?」
「うん、あたしこういうの好きなんだ。子どもかな」
「そんなことないよ」
不思議なことが次から次へと起こって。
ワクワクドキドキハラハラ。
でも、最後はみんな幸せに暮らすんだ。
そんな世界に、住みたいと思った。
「行こっか」
「うん」
「最近、日が短くなってきたね」
空を見上げながら綾乃ちゃんが言う。
「そうだね」
「それでも、その子はいるの?」
「うん」
「……そっ、か」
言うまでもない、先週話した子のことだ。
「定期なら途中下車できるしなぁ……」
歩きながら、綾乃ちゃんは何やら考え事をしているようだった。
そういうとき、あたしは何も話しかけない。
邪魔をしたくないから、静かにしている。
向こうから沈黙を破ってくれるのを待つ。
一緒に歩いているだけで、あたしは楽しかった。
駅に着いたところで、綾乃ちゃんが口を開いた。
「……これからさ、行ってもいいかな」
「え……? 何?」
「その子の所」
「……」
「一度会ってみたいな。やっぱ気になるし」
ちょっとびっくりした。
でも、その方が助かるのかもしれない。
あたしじゃ何も出来ないから。
あたしは黙って首を縦に振った。
「この辺に来たの初めてだなぁ……」
きょろきょろと辺りを見回す綾乃ちゃん。
取り立てて見るようなものは無いのだけれど。
「住宅地ばっかりだからね。大きな娯楽施設も無いし。
住んでる人でもないとここで降りたりはしないんじゃないかな」
「一戸建てっていうのは似てるのが多いね。
こりゃよく覚えておかないと帰るとき迷うなぁ……」
「大丈夫だよ、送っていくから」
「いいよいいよ、面倒でしょ。もう暗いから危ないし」
「それはお互い様でしょ。それにこの辺は人気が多いから」
そんなことを話しながら歩いていると、目的地はもうすぐだった。
思わず、足が鈍る。
「……どうしたの?」
「……この先」
「……」
意を決して、角を曲がる。
数十メートル先の街路灯の下に、小さな影を見つける。
今日も、いた。
いつもの、あの子だった。