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13 綾乃の物語1

藤崎祥子。


その名前を思い出すたび、私の心は震える。

私がしてしまったことを思い出す。

後悔は尽きない。


藤崎祥子。


私のアイデンティティを形成している最重要素。

あれ以来私は常に贖罪を念頭に生きてきた。

嫌な思い出だけど、忘れちゃいけない。

忘れることは、最大の罪だから。


でも。


一番しなくちゃいけないことを、私は見落としていたんじゃないか。



加奈の相談を受けて、

なんてちっぽけなことで悩んでいるんだろうと思った。

でも、私自身もそうなんじゃないか。

気付いていない振りをしていた。

無理なんだって、自分を納得させていた。

代替物で満足しようとしていた。


加奈はそうじゃなかった。

正面から向き合っていた。

私だって。

私だって……!


運良く、小6の時の担任はまだ異動していなかった。

先生はちゃんと祥子の住所を把握していた。夜逃げなんかじゃなかった。

先生から聞いた住所は電車で2時間くらいのところだった。

思ってたよりずっと近い。一人で日帰りでも行けそうだ。

「ありがとな」

4年前の当時は新任同然だった先生も、すっかりベテランの顔つきになっている。

「藤崎のことを覚えていてくれて、ありがとな。藤崎のことを気にかけていてくれて、ありがとな」

そう言う先生は今にも泣きそうだった。

きっと、ずっと気にしていたのだろう。何も出来なかったと。だから、私は教えてあげた。

「私は先生が何も言わなかったら、過ちに気づけませんでした。先生のおかげです」



日曜日の午後、教えられた住所へ向かった。

現在午後2時。昼食は出かける前に早めに済ませた。

1日で一番暑い時間帯でこの気温だと、さすがにもう冬が近づいていることを実感する。

……そういえば、祥子が学校に来なくなったのもちょうど今頃だった。あれから丸4年か。


言われた通りの場所に、藤崎の表札のある家があった。

ゴクリと唾を飲み込む。今になって足がすくむ。

ここに来てネガティブな思いばかりが頭をよぎる。

自殺していたらどうしよう。

インターフォンを押したら両親が現れて、

「祥子は死にました」と言って、

仏壇の前に案内されたらどうしよう。

そんな光景が頭に浮かんでは消え、浮かんでは消え。

もしそうなったら私はどうするのだろう。

祥子の写真に向かって頭を下げて、両親に頭を下げて。

でも、祥子が死んでしまったら誰も私を許してはくれない。誰も私を許せない。

怖い。確かめるのが怖い。

もしかしたら留守かもしれない。だって、日曜日の午後だもん。

でも、だったらこのまま何もせずに、もと来た道を戻るの?

分かってる。そんなのは言い訳だ。結局何も解決しない。

ここまで来たんだ。引き下がっちゃいけない。

私は大きく息を吸い込むと、インターフォンのボタンを押した。


「……はい、藤崎ですが、どちら様でしょうか?」

大人の女性の声だった。心なしか暗く感じる。

「藤崎祥子さんの同級生だった相川綾乃と申します。藤崎祥子さんはいらっしゃいますか?」

頭の中で何度も繰り返した言葉を一気に吐き出す。

それは私にとってはただの音の羅列で、それを解読してくれることを向こうに望む。

日本語として意味を成していることは分かっているのだけれど。

「少々お待ちください」

出かけてはいないようだった。でも、私の心臓は鳴りっぱなし。

怖い。怖いけど、確かめなくちゃいけない。そして、謝らなくちゃいけない。

許してもらえるかなんて、もうどうでもいい。謝る。そのためだけに私は来たのだから。

祥子、どうか生きていて。今更遅いことは分かっているけれど、願わずにはいられなかった。


ドアが開いて、母親らしき人が顔を出した。

「どうぞ」

私はお辞儀をして、靴を脱ぐ。その女性の後ろについていく。

初めての家は、どこも不思議な感じがする。

木のにおい、コンクリートのにおい、コロンのにおい、家族のにおい。体全体で、それを感じる。

階段を上った先で不意に女性が立ち止まった。その前には1つの扉。

ここに、祥子がいる。

また唾を飲み込む。

扉が、開かれた。


見た途端、涙があふれた。

「ごめんなさいっ!」

開口一番に、そう言った。

祥子は、笑わなかった。

ただじっと、私を見つめていた。

でも。


でも!


祥子は、生きていた。

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