表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/50

12 隼人の物語4

「おーす、風見。よくぞここまで来た、褒めてやろう」

「……」

「尻尾を巻いて逃げ出すなら今のうちだぞ? クックック」

「……何の真似ですか?」

「RPGのラスボス」

「楽しいんですよね?」

「割と」

そんな意味不明な出迎えを受け、俺は生物室に入る。

既に部員達はめいめいの生物の世話をしたり、雑談に興じたりしている。

いつもの風景だ。

「……それで、風見君、返事を聞きたいのですが」

「受け取り方によっては誤解される言い方ですねそれ」

「今は真面目な話です」

「すいません」


……

沈黙が流れる。

教室で決心してきたはずなのに、言葉が出ない。

本当にいいのか?

本当にいいのか?

今更になって、自問する。

他のメンバーもその空気を感じ取ったのか、

いつの間にか室内は静かになっていた。

「……どちらにするか、決めましたか?」

部長がアシストしてくれる。

こういう質問なら、声が出せなくてもいい。

ただ、首を動かせばいいのだから。

俺は、頷く。

「……生物部次期部長を、引き受けてくださいますか?」

俺は、迷いを断ち切るように、力の限り、


頷いた。


「ぃやっほーい!」

室内に奇声もとい喜声が響き渡った。

声の主は言うまでも無い。

部長、静かにしてくれ。見ている俺が恥ずかしい。

「……でも、良いんですか? みんなが納得してくれるかどうか――」

「んん? そんなこと心配してんの?」

そう言うと、部長はみんなの方を向いて手を叩いた。

「はい、ちゅーもーく! 1年は全員いるからいいよね。

 反対意見は真面目に聞くから遠慮なく言ってね!

 風見が部長でいいと思う人は拍手!

 ていうか、部長は風見がいいと思う人拍手!」

間髪いれず、満場一致で可決。

「……」

「ね? 大丈夫大丈夫。んじゃ私、引継ぎ資料持ってくっから!」

慌ただしく部屋を飛び出していく部長。

目まぐるしさに、俺は呆然とその場に突っ立っていた。


「風見、おめでとう」

後ろから声をかけられる。

振り向くと篠崎がニコニコ笑いながら立っていた。

「おう、そういえば昨日はサンキューな」

「あの程度でよければいつでもどうぞ。で、読めた?」

「……2割くらい解読不能だった」

「ごめんね。自分に分かるようにしか書いてないからさ」

篠崎のノートの取り方が新しい言語の域に達していることを思い出したのは、

英語の授業が始まってからだった。

「それでも十分助かったさ。ところでさ、俺なんかが部長で本当にいいのか?」

「何言ってのさ。吉沢部長が認めたんだから」

「……だからさ、場の空気に流されてるんじゃないかって訊いてんだよ。

 俺だったら、お前か大沼にすべきだと思うぞ。

 部長が決めたから従う、でいいのか?

 俺はそんなんで決まった部長はやりたくない」

「そういうところが認められたんだと思うよ。

 心配しなくても、僕も彼女も吉沢部長が言い出す前から思ってたよ、

 吉沢部長の後を引き継ぐのは君がいいんじゃないかってね。

 僕は駄目だよ。僕には縁の下が似合ってる。分解者と同じだよ。

 日陰でひっそりと、でもとても大切な仕事をしたい。

 スポットライトは苦手だからね」

「大沼は?」

「彼女は実務のほうが好きさ。仕事をバリバリこなすタイプだからね。

 自分でも言ってたよ。副部長のほうが向いてますってね。

 まあ、多分彼女が副部長になって基本的な仕事はやってくれると思うから、

 あまり肩肘張らなくていいんじゃないかな」

「なんか傀儡政権みたいだな」

「そんなことないよ。君の仕事もちゃんとあるさ。うってつけの仕事がね」

「例えば?」

「さあ」

「……無責任だな。お前」

「そんなことないさ。確信めいてるね。

 しかし驚いたな。君がそんなに易々と引き受けてくれるとは思わなかった。

 何だかんだと理由をつけて断ろうとすると予想していたんだけど」

「軽々しくなんかねぇよ。これでも一晩悩んだんだぞ」

「でも結局は承諾してくれたわけだ。嬉しいことだけどね」

「おまたせーっ!」

部長が紙の束を抱えて入ってきた。

うげっ、引継ぎ資料って、あれ全部?

「それでは、仮任命式を始めます!」



「ちゃーんちゃーかちゃーんちゃーん、ちゃかちゃかちゃんちゃんちゃーん♪」

証書授与式でよく流れるおなじみのフレーズを

部長が歌いながら俺に紙の束の半分を差し出す。

「こっちはもう使わないから、目を通しといてくださいな」

「はい」

「まあ、ぶっちゃけ、1ページ目以外は読まなくても何とかなります」

「そんなこと言っていいんですか」

「ちなみに私は半分も読んでません」

「そんなこと言っていいんですか」

まあ、部長が私的モードであることから、

大して重要なものではないことが分かる。

俺は一番上の紙を眺める。

そこには仕事内容について大まかに書いてあった。


「……文化祭……?」

「どうした?」

「そっか、文化祭もやるのか」

「あたりまえじゃん。ていうか、部長の仕事なんて

 予算決算会議と生徒総会と新歓と文化祭くらいでしょ」

全部生徒会関連じゃねーか。めんどくさ。

でもまあ、引き受けたからにはやるけどよ……


……俺が部長を引き受けた理由。

部長の期待に応えたいというのも無くはなかったし、

中学のときのようにリーダーシップをとりたいというのもある。

誠に勧められたのも大きいだろう。


でも最後の一押しは、あのパンの件だった。


部長になったらタダでパンをあげると言われたのなら、

大した効果は無かっただろう。

でも、一度貰ったパンの代金が、

部長にならないならタダじゃなくなると言われると、

たった300円でもとても損した気分になる。

しかもそれをオブラートに包んで強制を感じさせないところがポイントだ。

おのれ部長。この策士め。


……あれ。

っていうか、これって詐欺じゃね?

訴えたら勝てるんじゃね?


でも誰かに言ったら負けな気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ