11 亜深の物語3
駅に着くと、目の前を電車が走り去っていった。
俺の隣で、息を切らした会社員が悪態を吐いている。
俺がこうなるときも、たまにある。
だが今日は違う。
乗るつもりは無かったから、「畜生」という言葉も漏れない。
駅のホームを見渡してみた。
驚くほど閑散としていた。
ここは地方都市であり、電車が行ってしまった後なのだから
当たり前と言えば当たり前なのだが、ラッシュ時刻とは到底思えない。
静かであることよりも、今までそのことに気付きもしなかった自分に驚いた。
まあ、数分すれば元の喧騒が戻ってくるだろうが。
静かなホームで、俺はまた独り思考に入った。
「お前、何をやったんだ」
交番で簡単な治療を受けていた俺に、開口一番に言った義父の言葉だった。
母親を失った俺は親戚の元へ預けられた。
彼らはそれなりに俺を可愛がってくれた。
俺も彼らのことをどちらかといえば快く思っていた。
誤解の無いように言っておくが、俺は別に全ての大人が嫌いなわけじゃない。
「大人というもの」、「大人であるということ」が嫌いなだけであって、
個人を「大人だから」という理由だけで嫌うことは無い。
同様に、全ての人間を嫌うわけでもない。
ただ、まずは疑ってかかっているだけだ。
義母も義父も、良い人だったと思う。
教師陣に嫌われていて、しかも問題まで起こしたのに
中高一貫の私立に留まっていられたのも、
今から思えば2人が裏で苦労してくれていたからだろう。
だが、それだけに残念なのだ。
もしあのときの義父の第一声が「大丈夫か」だったのなら、
俺は2人を信用に足る人間と見なしていたかもしれない。
その後のことについては、特に語ることもない。
俺は無事に卒業し、大学に入り、就職して、今がある。
一昨年に義母が癌で死に、義父も去年後を追うように亡くなった。
遺産は他の親戚が何かと口うるさく言ってきたので、すべて任せた。
醜い争い事は御免だ。俺は心の中でそいつらにありったけの侮蔑を述べた。
当然の如く、俺の取り分は僅かだった。
別にいい。もともと期待なんかしちゃいなかった。
信じられるのは自分で稼いだ金だけだ。
学生の話し声で我に返る。
いつの間にか人が増えていた。
この時刻になると電車通学の学生が多くを占める。
それは流石に前から知っていたことだった。
会話をやかましく感じることもあるが、特に気にすることは無い。
……いや、気にはなる。ホームにいる学生ではなく、電車に乗っている学生が。
混雑した車内で、俺は辺りを見回した。
目的の人物は、やはりいない。
まあ、そりゃあそうだろう。期待してはいなかった。
何せ、何時の電車に乗るのか、何両目に乗るのか分からないのだから。
誠、といっただろうか。
1ヶ月前のあの事件で中心的な存在だった男子高校生。
帰りの電車で俺の方が先に降りたから、彼が乗っている可能性はある。
でも、見つけたところでどうする?
何か話すことがあるだろうか?
何も思いつかない。
それでも探してしまうのは何故だろうか。
「まもなく、衣由羽、衣由羽です。降り口は左側です」
たった一駅。
たった一駅だけ乗って、俺は電車を降りる。
あの事件の直後、俺は臨時異動の通達を受けた。
本社で社員の退職や停職が重なり、人手不足になったというのだ。
日常に変化が欲しかった俺は進んでそれを受けた。
でも、大して変わらなかった。
仕事内容も同じ。起床時間も、帰宅時間も同じ。
近くの定食屋のメニューもさほど変わりは無かった。
本社は自転車でもあれば行ける距離だったが、
定期が勿体無いので現在も使い続けている。
こんな性格だ。同僚との付き合いもほとんど無い。
むしろ、こっちに来てから誰かと呑むようなことも少なくなった。
俺の生活は、一層灰色なものになった。
違う。
俺は、こんな生活を望んじゃいない。
もっと、刺激のある毎日を。
一日一日が新鮮味のある世界を、俺は望んでいるはずだ。
……なら、あの事件はどうだった?
……
楽しかったさ。