【徒花は花園には咲けない 1】
気品に富み、威厳に満ち溢れた姿。
産まれながらにして、大勢を統べ大勢の上に立つ事が、当然とすら思える、その光景。
この軍の中では最古とも言うべき腐れ縁の紫蘭は、今遙か遠くに見える彼の姿を見ながらポツリと呟いた。
「立場が違い過ぎる――か」
胸元で光る美しい緑水晶のペンダントを弄りながら、紫蘭は昔を思い出した。
壊滅した花街。
全てが焼け落ちた花街の焼け跡から共に出発した紫蘭と彼。
けれど今では、その立場は大きく分け隔てられた。
絶世の美貌、質と量共に凄まじい無尽蔵に近い神力、文武に優れ、他者を率いる絶対的なカリスマ性を持った彼。外見だけではなく、その内面から滲み出る壮絶な魅力に魅入られ、多くの者達が彼の下に集い、傅き忠誠を誓った。
いつしか集まった者達で一軍が構成され、彼はそれを率いる者となった。
一方で、多くの優秀な者達が次々と彼の下に集まっていく中、神々が集まれば集まるほど紫蘭は大勢の中に埋没し、追いやられ、いつしか軍の片隅にひっそりと存在する事となった。
あれだけ横に居たのに、今では遙か遠い場所に彼は居る。
近づけない、近づけさせない。
彼を盲目的に慕う者達は、彼に相応しい者しか彼の傍に居る事はおろか、近付く事すら許さなかった。
紫蘭はその最たる例だった。
長さの付き合いは関係ない。
ただ、彼に相応しいかどうかだ――と。
そうして今では、日々雑用を懸命にこなす事で、軍の片隅――いや、最末端に何とか留まる事が許されていた。
そんな紫蘭が久しぶりに見た彼は、多くの者達に囲まれていた。その周囲は、美貌、才能共に、特に優れた者達で構成されていた。
ああ、なんて眩しい――
その眩しい中心に、あの花街を出発し、多くの者達が集い始めるまで紫蘭が居たその立ち位置には――別の存在が居た。
★
ガラスが割れる音が響き、何かが二階から目の前にある木へと飛び移り、そのままスルスルと木を伝って地面に降り立つ。バサリと白い外套で全身を覆い隠したその存在は、背中に背負った大きな鞄と肩からかけた鞄、そして片手に持った袋の存在を確認すると、そのまま夜道を走り出した。
程なく、ガラスが割れた建物の一部で灯りが付き、その光はあっという間に増えていった。
紫蘭は混乱していた。
背中に鞄を背負い、肩に鞄をかけ、片手に大きな巾着型の袋を手にし、外套の裾を翻しながら走る中、ただただ頭の中で何故?という疑問が幾つも浮かんでいた。
はっきりいって、常日頃から鍛えていた危機管理能力と、いつ襲撃を受けても良い様に荷造りしていたのが功を奏した。
今まで、時間問わずに襲撃を受けて一神で放り出される事は多々あった。軍と合流するまで、野宿や一神旅になってしまう事も少なくは無かった。
よって、紫蘭はいつ一神で放り出されても良い様に荷物を纏め、すぐにそれらを抱えて走り出せる様に常日頃から心がけていた。
それがまさか、今回、敵襲以外で効果を発揮してしまうとは夢にも思ってなかった。
それも、全くあり得ない方向性の災難が自分に降りかかるなんて。
ただデッドorアライブ生活、サバイバル生活が長い紫蘭は当然のことながら生存本能も大いに鍛えられた。いつも死と隣り合わせの生活を長く続けてきた事で、どの様にすれば生き延びれるかという嗅覚もそれなりに発達していた。
だから、こうして隙を見て逃げだし、全力疾走で逃亡が可能となったのだ。
その後、何とか物陰に隠れなながら、拠点からそれ程離れていない街の外れに辿り着いた紫蘭は、近くにあった廃屋に身を潜めてようやく一息ついた。
「一体、何でこうなったの?」
本当に何でこうなったのか?