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『ある組織の長と浩国国王の語らい』

注意)BL的な表現があります。

  利潤と新キャラが「尻、尻、尻」と煩いです。苦手な方は注意して下さい。


 炎水界には、有名な喧嘩っぷるが居る。

 一組目は、海国の彼ら。しかし、彼らの仲は公には秘匿されている為、知る者達は限られた者達のみ。だから、その分余計に二組目に注目が集まる。


「俺の女子力が高いんじゃない!!お前の女子力がマイナス値なんだよっ」

「誰の女子力がマイナス値よっ」


 浩国王宮で、浩国国王ーー利潤と、浩国王妃ーー紫蘭は互いに睨み合い周囲をドキドキハラハラさせていた。


 というか、一国の、それも大国の国王夫妻の喧嘩ともなれば、すわ一大事となるが、この国の王夫妻に関しては別だった。

 何かある度にいつもいつも喧嘩をする彼らは、周辺国の王族達からは「愛を確かめ合っているだけ」と認識され、周辺国の上層部達からは「毎回毎回飽きないな」と呆れられている。

 これはチャンスと新しい王妃候補を送りつけてくる様な愚行は、少なくとも他国の王族や上層部達からは決して無い。


 だって、馬には蹴られたくない。特に、利潤の逆鱗に触れたら洒落にならない事態となる。いや、上層部の逆鱗すら粉砕する事態となるだろう。


 そんな浩国上層部だが、今現在彼らの逆鱗ではなく胃袋が激しく攻撃されていた。


 主に、心労の胃痛と言う名の攻撃を。


「いいからチョコレートを作れって言ってんだよ!」

「今コミケのイベントが控えてるって言ってるでしょう?!」

「お前!!夫へのチョコ作りとコミケのどっちが大事なんだよっ」


 そこでコミケと言い切れる紫蘭の肝っ玉の強さと空気を読まない感には、本当に恐れ入る。


「コミケだぁ?!そんな世の男達を虐げる祭典なんぞ焼き捨ててやるっ!」

「利潤の馬鹿!!」


 続いて、バチンと甲高い平手打ちの音が室内に響いたのだった。









 天界十三世界が一つーー炎水界。

 その世界には数多の国々があるが、国を持たない国というのも少数だがあった。そして、国ではないが、一つの組織として独立しつつもあちこちを流れ歩く者達が居た。


 その組織の名は、【乱華(らんか)】。

 炎水界を統治する炎水家直属の組織の一つであるそれは、およそ三百名の男達からなる構成員で組織された諜報及び実働機関の一つだった。

 その名を聞くだけで、大抵の犯罪組織は慌てふためくと同時に、彼らと遭遇した者達はある共通した行動を取る。

 その行動というのは実に単純。そう、全力で尻を手で押さえる、だ。


 何故なら、その組織の構成員は皆、基本的に男色家であり、中には両刀の者達も居たが、基本的に専門は男である。そして、皆攻めである。

 逞しく雄々しい、男としての美しさと凜々しさをこれでもかと全面に出した彼らの美貌は実に様々だが、男の娘とは対極な容姿をしていた。


 とはいえ、彼らは顔と体だけの存在ではなく、その高い能力と頭脳でもって、炎水家から高い信頼を得ていた。


 そうーー彼らは実に優秀だった。

 そして大事な事を一つ。

 彼らが全員図った様に男色家なのは、ただの偶然ではなくある意味必然であるという事を。



 そんな【乱華】の長の名は(しずく)

 後頭部で一本に縛られた腰まである銀色かかった水色の髪と瞳を持つ、見た目年齢二十五歳という若く凜々しい見た目に加え、全身からは濃密な男の色香がダダ漏れもダダ漏れ。

 それでいて、王者の様な絶対的なカリスマ性と威厳を漂わせながら、一組織のトップに君臨する青年だった。

 彼は、昔なじみの一神である浩国国王ーー利潤とテーブルを挟み、やはり王者の様に足を組みながら向かい合わせに座る利潤を頬杖つきながら見つめた後、何とも言えない表情を浮かべたのだった。


「……あ~~、なんていうか、その」

「…………」

「いや、その、腐女子って、天界十三世界の一大勢力だから」


 その腐女子達に、炎水界での攻め男と言えば、炎水家を除けばトップ50に必ずランクインして貰える雫は、言葉を選びながらも利潤を元気付けようとした。


 流石は、腐女子達が認める正統派のヒーローに毎回名の上がる男色家。

 彼をモデルにして、それはもう純愛や鬼畜、ツンデレにヤンデレ腹黒紳士物語が幾つも世に出版されていた。そのどれもが、売れに売れていた。というか、彼率いる【乱華】組織の構成員全員が神気の攻めとしてその名を轟かせていた。


 だが、彼らの真の強さは、そんな同神誌のモデルにされる事を心の底から楽しんでいる事だった。彼らは恋愛と言う名の遊戯を楽しんでいた。それこそ、百戦錬磨の猛者達である。大神の遊びを始め、必要であれば浮気も不倫もスマートにこなす彼らは、けれども自ら率先して相手の居る者達に手を出す事はない。しかし、相手から来る場合や仕事であれば、それはもう実に完璧で理想な恋神としてその相手を楽しませるのが常だった。


 そうして、相手が意識しないままにあらゆる情報を搾り取るのである。勿論、シーツの上の遊戯だって純粋に楽しんでいる。基本的に攻めだが、必要とあれば受けだって完璧にこなす。


 そして来る物は拒まず去る者は追わず、を信条とする【乱華】。


 と同時に、というそもそもの組織自体が諜報・実働部隊とされている為、その神脈はかなり広い。それこそ、炎水界における数多の国々の王や女王、上層部達の大半ーー特に男達は大半が彼らにお世話になった経験を持っている。


 そう……【女】として徹底的にあらゆる調教をされた結果、日々強い男を求めて自らの意思に反して疼く体を沈める相手としても、男色家揃いの【乱華】は求められ続けたのである。勿論、そこには双方の同意があって始めて契約が結ばれるものであるのが前提だが。


 しかし、その実情を知るのは、契約者以外は同じく契約をして体を沈めた経験を持つ者達又は、炎水家ぐらいである。


 【乱華】の本業ーー炎水家から命じられたのは、諜報とそれに伴う実働。

 しかし、彼らには、炎水家が認めた裏の仕事がある。それこそが、彼ら自身が自分達の意思で選んだそれーーそう、強い男を求めて疼く体を持て余す、【女】として調教され続けた男の娘達の夜のお相手役というものだった。


 散々玩ばれ玩具にされ続けた男の娘達の体は、男を欲しがらずにはいられない体にされていた。

 それこそ、最初の頃などは、麻薬漬けにされ禁断症状に苦しむ患者の様だったとさえ言われていた。実際、ありとあらゆる媚薬や麻薬、時には禁断の薬すらも使われてきたのだ。


 そんな彼らの存在を、炎水家は重く見ていた。

 後に大半の薬の効果は、炎水家が開発した解毒薬で解毒出来たが、それまでは習慣性のある薬に侵された体は地獄の苦しみを彼らに与え続けた。


 そんな彼らを救える存在ーー


 約束を守ってくれて、後腐れが無くて、信用出来るーー


 それでいて、必要になれば何度でもご利用可能という者達は、なかなか居なかった。



 それでも、彼らは見事に炎水家にその覚悟を見せつけて、その役目を勝ち取った。


 同じ男として、望まぬ役割を押しつけられ続けてきた同性達を救う為に。



 そういう事は、同意の上で楽しむべきものだーー



 それを信条とする【乱華】の構成員達によって、相手役という立場は見事に【乱華】が勝ち取ったのである。


 そうーー言わば、【乱華】は、被害に遭った男の娘達にとって、炎水家公認のお相手役となったのだ。


 それは遙か昔から続いていたが、特に暗黒大戦時代には、実に様々な手段で散々【女】として躾けられ、本神の意志を無視して淫らに男を望む体に多くの男の娘達が造り替えられた。

 それでいて、その男の娘達は、今でこそ自分達の意思を裏切ろうとする体を押さえつけられるようになっているが、遙か昔の暗黒大戦時代や終結後しばらくは、よく自らの体に泣かされてきた。

 そんな彼らを宥め、苦しい欲望の一時的な発散相手として【乱華】は実によく働いたのである。


 彼らの口癖は「俺達も楽しんでいるから」。


 彼らはそういう事を純粋に楽しめる性質だった。恋愛も伽の遊戯も、彼らにとっては楽しい事だった。

 

 それを心から楽しめるからこそ、出来た役割だった。


 そしてそんな彼らに世話になった者達は、代わりに彼らが一番最初に賜り、また最も重要視する【乱華】としての仕事ーー諜報・実働がやりやすい様に協力し続けた。


 そんな風にして築き上げられてきたギブアンドテイクな関係。


 利潤もまた、彼らとの関係は長かった。そう、【乱華】結成当初からの長である雫とは、それはもう長い長い付き合いだった。


 ただし、利潤の妻である紫蘭は、彼らの存在をつい最近まで知らなかった。


 だから、彼らの存在を知った紫蘭は当初目を見開き呆然と立ち尽くしたのである。


 そんな反応は慣れに慣れていた雫は、つい悪戯心が沸いた。



 この女性に、自分と利潤の関係を吹き込んだらどうなるかーー



 相手の女性からの嫉妬や憎悪なんて嫌という程浴びつつも、それすらも面白がれる雫にとっては、いつものちょっとした悪戯だった。



 だからまさかーー



「もっとーーもっと詳しく!!」



 鼻息荒く腕を掴まれ、自らの夫と他の男との情事について根掘り葉掘り聞かれるとは思わなかった。しかも、「そんな素敵な組織がーー」という小さな呟きも雫の耳に届いた。


 違う、【乱華】は基本的には諜報・実働組織である。男の娘達の相手役とは別として、必要であれば喜んで夜伽もこなすし、男色家が基本だけど男も女もイケるし、こっちだって男女両方の役割をこなしたりもする。

 しかし……しかし、だ。

 そんな、素敵な攻め集団が現実に?!と、まるでサンタクロースが実際に居た!!と感動する幼子の様な眼差しを向けないで欲しかった。


 だが、相手はあの紫蘭である。


 いかにBLの伝道者と言われようとも、自らの夫に関しては嫉妬も露わにするだろうと思っていた雫が浅はかだった。


 彼女は真のBL伝道者だった。


 全てのカップリングを公平に満遍なく愛しつつも、理性と倫理とナマモノ取り扱いに関してしっかりとルールを守った伝道者だった。

 相手やその関係者に迷惑をかけず、またかける相手は決して許さず。


 日々尻をえぐりつつも絡み付く視線で嬲るように見つめられ、その全身をなめ回す様な視線を常に向けられているのを我慢すれば、それだけで済んだ。

 いや、かなり精神的に実害を被っているが、肉体的にはオッケーだった。


 それに最近は、利潤が上手く誘導して政敵の尻を視線で抉らせたりしているし、必要とあらば浩国上層部が積極的に尻を差し出す覚悟をしているらしい。

 その涙ぐましい努力に、多くの国々の王や女王及び上層部、また【乱華】の面々もスタンディングオベーションでもって彼らの勇気を称えた。


 彼らは漢だった。

 例え、体は【女】として調教されていようとも、その心意気は正に漢の中の漢だ。


 それに、利潤も顔に平手打ちされても紫蘭を殴り返さないぐらいには紳士だった。

 まあ、男の娘が体に傷を負っても、すぐに消えるけど。


「雫」


 大戦中からの付き合いである。

 というか、水の列強十カ国及び炎の列強十カ国の王や上層部とは、【乱華】の古参メンバー達は何度も顔を合わせ、時には協力してきた。体を慰める以外にも。


 言わば、昔馴染みで気の置けない仲でもある利潤に名を呼ばれ、雫は口を閉じて彼を見つめた。


「知っているか?紫蘭の最新作」

「え?」


 知っている?知ってーーいや、確かに諜報活動もやっているけど、というか組織の二大柱の一つだけど、浩国王妃の超個神的な趣味の把握まではしていない。いや、そういうのも必要だけど、そこは解き明かさなくても良いと炎水家から言われていた。


 曰くーー


「世の中には知らない方が良い事もある」


 あの炎水家当主にそんな台詞を言わせてしまうのは、きっと後にも先にも紫蘭ぐらいだろう。そんな紫蘭はそれこそ大物だが、いや、別の意味では真の大物だろう。


 雫は、クスクスと滴るような色香を零れさせながら笑う利潤に、嫌な予感を覚えた。たいていこいつがこういう笑いをする時は、あまり良く無い時だった。


 だが、雫も今や【乱華】の押しも押されぬ長である。ここで逃げては男が廃る。


「し、知らないな……その、良ければ教えて」


 利潤が、ギロリとこちらを見た。

 その、深淵の闇を垣間見てきた様な眼は、歴戦の猛者である雫すらも震え上がらせた。いや、確かに利潤も歴戦の猛者だけど。あの暗黒大戦の戦火を、多くを率いて潜り抜け、浩国を建国して後、今までその王として君臨し続けた押しも押されぬ賢君だけど。


「ムキムキマッスルガチムチ親父同士の絡み合いだがぁ?」

「…………………………………は?」


 ムキムキ、マッスル、ガチムチ、親父?


 雫は無言で利潤を見つめた。

 美しく凜々しい美青年と、妖艶な美貌を持つ傾国の美姫の如き見た目は美女が見つめ合う姿は、正しく絶景と言うべき光景だった。


「…………………………………え、とうとう」


 この時、雫は禁句を言った。

 そう、とうとう、関心を失ったのかーーと。


 何の関心か?


 勿論、紫蘭のである。


 以前の紫蘭は、美形同士のカップリングを描いていた。しかし、その美形は勿論、線の細い男同士の話だった。そしてそのネタ探しとモデル探しで、そういったタイプの男達の尻を抉る様に見ていたのである。


 男の娘?


 受けで存分に使ってくれていた。だって、線の細い男の枠に何とか引っかかっていたから。というか、男の娘が引っかからなければ何がひっかかるのか?というぐらいに、浩国は上層部一同猛アピールした。そして、周辺国の男の娘達に大いに飛び火したものだ。危うく、何度も国際的危機に陥りかけ、その情報で雫が肝を冷やしたのが懐かしい。


 いや、今はそれは横に置いておくとして。


 ガチムチ?マッスル?筋肉?


 男の娘達には、完全に無縁のものである。そうーーどんなに鍛えたって、傾国の美姫にしか見えない美貌と、その美貌に相応しい素晴らしく蠱惑的な肢体を持つ男達である。


 紫蘭の関心は、どう考えても彼らにはないだろう。


 そうーー新たなモデルとして、それこそガチムチ筋肉親父達の尻を狩人のような視線で抉り始めている事間違いなし。


 そしてその予想は当たっていた。



「俺への!!チョコも!!作らないで!!」

「あ、ああ」

「俺が傍に居るのに、毎回毎回筋肉マッスル写真集ばかり見やがって!!」

「うん、普通はお前を見るよな。うん、見る、よな……」


 その輝く様な妖艶な美貌を前にすれば、老若男女問わず全てを忘れてただだ見惚れるだろう。間違っても、その美貌を前にして筋肉雑紙に集中出来る様な平凡な美貌ではないのだ、利潤は。

 全身から滴り落ちる様な色香に加え、その全ての所作が色香に溢れている。

 まるで動く色気の塊の様な存在だーーまあ、凪国の朱詩には敵わないけれど。

 だが、過去は巨大な花街の一つに君臨した彼は、間違いなく朱詩に次ぐ幾つもの手管を持っているし、それこそ視線一つだけで堕とされた男達は数知れず。


 女達だってそうだし、枯れたと言われる老神達だって瞬時に全盛期になっていた。


 なのに、なのにーーどうしてっ!!


「ってか、チョコチョコ言ってるけどーー今は夏で、もうバレンタインデーは過ぎたぞ?」


 雫は、基本的な事を質問してみた。

 そう、今は七月。

 バレンタインデーはとっくの昔に過ぎていた。


 なのに、チョコレート?チョコレートを男に渡す様な記念日が他にもあったか?いや、そもそもバレンタインデー自体がチョコレートを渡す様なイベントだっただろうか?


「……海国の」

「ああ」

「海国の国王とこの前、会談をしたんだ。そしたら……海国王妃の手作りお菓子の味見役になって毎日大変だって話して」

「……」


 利潤が、バンっ!と激しくテーブルを叩いた。


「何が大変だ!何が困っただ!ばっか!いくらお菓子を食べたって太るわけないだろ!!お前も男の娘なんだから!!ニキビ一つ出来ない美肌なんだ、ざまあみろ!!ってか、お前の大変だとか困ったはあれだろ!!奥さんにお菓子を貰って幸せすぎる俺最高、キャホォとかいうレベルのだろ!!全然困ってねぇだろ!むしろ幸せすぎて死ぬ類いのもんだろうが!!うがぁぁぁぁぁぁぁあああッ!!死ね!!今すぐそのまま死ね!!くたばれ男の娘の敵がぁぁぁあああっ!!」


 利潤が乱心した。

 だが、彼は実に如実に名高い男の娘達の心の内を暴露していた。


 およそ、その美貌や色香はもとより、ありとあらゆる才能に恵まれ開花させ、それぞれ名だたる存在となっている男の娘達。

 けれど、彼らの心は常にブリザードが吹いていた。


 傾城傾国?

 羞花閉月?

 文武両道?


 賢君または覇王の如し?


 なのに何故自分達は伴侶や愛しい存在に相手にされないのか?


 これだけ愛を囁いているのに、顔色を変えて逃げられるのは何故か?


 凪国の果竪しかり、津国の芙蓉しかり、その他にも逃げられている


 その美しさの前にはどんな者だって虜になる?


 なってないだろ


 その優秀さと有能さの前には、どんな者だって感嘆する?


 なってないだろ


 その強大な神力の前には、どんな者だって恐れ入る?


 恐れ入るというか、逃げられてばかりいる



 断言しよう。

 男の娘で良かった事も、恩恵を受けた事も全く無い。



 しかし、それでも産まれ持った物はどうしようもないとして、強く生きよう、いつかきっと受け入れてくれるさ、そして手作りのお菓子や作品をくれる筈だ。


 そうやって互いに慰め合う日々だった。

 

 な の に!!



「くたばれぇぇぇぇえええええっ!!呪われてあれあのムッツリスケベがっ」

「いや、男たるもの、少しぐらいスケベにならないと少子化問題が」

「元々神は子供が出来にくいだろっ!!何が、これ、妻の手作りで、だ!!あの俺に負けず劣らずの女顔のくせして、妻から手作りお菓子を貰うなんて百億年はえぇぇんだよぉぉぉっ!!しかもお土産に持って帰りますかぁぁぁあ?!嫌味か?!嫌味か?!幸せすぎる俺の幸せを分け与えてやっても良いんだぜぇってかぁぁああああ?!傲慢にも程があるだろおぉぉぉぉぉぉおおっ!!」


 というか、一応それぞれの国にはそれぞれの国同士が放った諜報部隊ーー【影】とよばれる者達が居る。勿論、海国の【影】の一部も、この国に入っているだろう。


 しかし、しかし、だ。

 今この時の利潤の叫びに関しては、海国ーーその【影】の祖国には知らされないだろう。というか、むしろ全力で謝るレベルかもしれない。


 だって、海国国王は知っている筈だ。

 自分と同じ名高い男の娘である浩国国王もまた、奥方から手作りお菓子を貰えないで苦しんでいる事を。


 それを知りながらそういう事をしては駄目だ、配慮が足りない。


 内心、「ふっ、勝った!」という、自国の王の勇姿に心底心酔しながらではあるかもしれないが。それ全く反省してないから。


「いや、そのだな。海国の国王ーーあいつも手作りお菓子を食べていると言うが、それは本当に王妃から夫に宛てての物なのか?別の、そう友神に渡す為のお菓子の試作品を味見させられているだけじゃないのか?」


 そんな哀しい事をよくもそこまで想像出来るものだーーと、物陰に隠れて利潤を警固していた浩国の【影】が涙したとかしないとか。いや、絶対に涙した。


「雫」

「う、うん?」

「俺はな……その試作品すら口にした事が無いんだが?」


 あ、これ地雷だ。

 神心掌握なんてお手の物。

 色恋沙汰に関しては玄神な雫だが、今は完全に地雷を踏み抜いた。


「ってか!!浩国よりも下の、第六位の海国の王のくせして俺よりも先に妻からの手作り菓子を貰いやがって!!」

「いや、その順位って、奥さんに手作り菓子を貰っているかどうかでついている順位じゃないからさ」


 それでつけられた順位なら、確実に現在の水と炎それぞれの列強十カ国は最下位かそれに近い順位となる。間違いない。


「ちくしょう!!しかも、食事を一緒に取ろうかと思えば、コミケ。一緒に寝ようと思えば、コミケ締め切り間近ーーふっざけんな!何がコミケだ!!お前の役目は王の伴侶で王を慰める事だろうがっ!」


 むしろ慰めるよりも、積極的に夫の心を抉りにかかっている浩国王妃。


 この前なんて、彼女に部屋から閉め出されたらしい。

 なんて残酷なーー神としてはまだまだ若い部類に入る、精力漲る若い男子に節制を強いるなんて。


 というか、その溜まりまくった欲望が暴発したら、確実に紫蘭の身が危ない。


「……あの、ほら、夜伽とかなら俺が相手をするけど」


 いざとなったら、受けでも良いと覚悟を決めて尻を差し出すつもりでいれば。


「や・ら・な・い・わ!!ってか、俺は尻を差し出したいんじゃない!!あいつに部屋から閉め出されないようにしたいんだよっ」


 かなりオブラートに包んだが、雫の耳はその内なる声をしっかりと聞き取っていた。


「あいつは王妃の役目を何だと思ってる!!」


 たぶん、全力で他の相手に押しつけたいと思ってるーー


 そう、以前なんて


「雫さんって、王にもなれそうですよね」


 その場合の王妃は誰だ?利潤か?利潤だろ。

 もしかして、実は利潤を許していないというオチか?


 その後も、爆発し続ける利潤を前に、雫は本気で悩むのだった。









「俺は失敗したのかもしれない」

「は?」


 【乱華】の長ーー雫の副官を務める青年は、浩国から戻ってきた相棒こと雫の言葉に首を傾げた。


「貴方が失敗だなんて、物凄く珍しいですね」

「だからこそ、俺は自分の力を過信していた。そう……せめて、せめてあの時、軽々しくあんな事を言わなければ……そう、紫蘭の情報をしっかりと仕入れていればっ」


 雫は自分の持つ全てを使って、彼女が嫉妬、いや、動揺させただろう。

 そう、動揺させたらこっちのもの。


 利潤はきっと、嬉しそうな顔をしてこう叫んだに違いない。


「もっと!もっと言ってやってくれ!!もっとだっ」


 俺の力が足りなかったばかりにーーと嘆く相棒の姿を、副官である彼ーーそう、【乱華】一の腹黒鬼畜紳士と名高い、名を(あららぎ)と名乗る彼は呆れた様に見つめた。


「うち、いつから恋のキューピッド役も兼ねるようになったんですか?」


 恋愛相談まで請け負うのは、確実にオーバーワークなので止めて欲しいと、蘭は全力で願ったのだった。

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