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『浩国王妃と凪国の面々の語らい』

注意)BL的な表現があります。

  紫蘭と凪国の面々が「尻、尻、尻」と煩いです。苦手な方は注意して下さい。



 伯爵の尻が、浩国王妃の脳裏でこれでもかといたぶられーー愛でられてから数日。

 紫蘭は、一つの作品を書き上げた。

 そう、それは伯爵と侯爵をモデルにした二神の悩ましくも愛の溢れた物語であり、BとLの世界において新たな旋風を巻き起こす作品だった。


 しかし、それは世に出る前に浩国上層部に取り上げられた。


 この国に内乱を起こす気か?


 小心者の好色伯爵でも、自分の尻が男に狙われているとなれば、全力で内乱の一つや二つ起こすだけのガッツを見せるかもしれない。


 民を戦火に巻き込むなーー


 最終的にそう説得された紫蘭は、渋々自分が書き上げた作品を諦めるしかなかった。

 というか、民だって伯爵が男に尻を狙われたのが原因での内乱になんて巻き込まれたくないだろう。それで命を落とす者達が居たら、それこそ死んでも死にきれない。


「死にきれないどころか、全力で反乱を起こすよ」


 無事に期間限定の浩国王妃業をこなし、また凪国に戻ってきた紫蘭に浩国での出来事を聞いた凪国筆頭書記官ーー朱詩は、眉の間を揉みながら溜息をついた。


 たかだか一ヶ月にも満たない帰郷で、彼女は一体何神の無辜たる男どもの尻を危機に陥らせてきたのか。いや、既に手遅れの者達も居るだろう。


「まあ、その伯爵の件についてはよくやった」


 王と上層部が認めた王妃を侮辱する材料を探す奴の尻など、不敬罪で徹底的に紫蘭の脳裏で痛めつけられれば良い。


「でも朱詩様。利潤ったら、もっと痛めつけろってーー尻は愛でるものなのに」


 紫蘭は、尻は愛でるものと言って聞かない。おかしい。愛でられている筈なのに、こう飢えた獣に狩られる小動物の如き恐怖を毎回味合わされているのは何故だろう?殺したいほど愛しいというあれか?なんて残酷な。


 紫蘭にバックをとられーーいや、背中を向けると、毎度の如く尻の部分に突き刺さる何かを感じる。そして、涎を滴らせながら鼻息荒く近付く獣の気配を感じてならない。


「とにかくーー、誰彼構わず尻を狙うのはやめろ」

「違います。尻を狙うのは私ではなく、攻めです」

「ねぇ?記憶を取り戻す時に、そのBとLに関する全ての記憶を引き替えにしようと思わなかったの?綺麗に忘れるべきだったと思うんだけど?」

「そんなっ!!BとLの素敵な世界を忘れるなんて!!それは私に死ねと言っているようなものですっ!!」

「安心してよ。まず利潤が死なさないし、死んだら冥府に殴り込みをかけられて引きずり戻されるから」


 何か、そういう神話がどこかで無かっただろうか?


「ああ、安心して良いよ。利潤なら、君の体が腐っていようと、腐敗臭を漂わせていようと地上に引きずり戻すだろうから」

「え?それ、もうそのまま冥府に置いといて下さいっていうレベルの話じゃ。あと、それを男同士にしたら凄く萌えるんですけど」

「なら、どぎつい拉致監禁強制孕まし出産物を書いてよ。勿論、まず紫蘭がその主人公と同じ体験をしてからね」


 朱詩の目は笑っていなかった。


「ごめんなさい」


 逆らったら、確実に体験させられるーー。

 紫蘭は素直に謝った。


「全くーーそれより、浩国に行っていたんだから、お土産とかないの?」


 別に本気で貰うつもりは無かったが、思いの外シュンとしてしまった紫蘭の姿につい慌ててしまった朱詩は話題を変えるべくそう聞いた。仲間内ーー心を許した相手には、基本的に朱詩は優しい。ただし、尻はごく一部にしか許さんが。そして許しても良いと思う一神である果竪からは、断固拒否されている。おかしい、この魅惑の尻に対してなんて仕打ちだ。


「同人誌は没収されて」

「いや、浩国のお土産。浩国産の特産品であって、紫蘭産のじゃないから」

「あ、大根さんの写真集」

「それ、果竪が作ったのだろ!!」


 この前、あの動く大根の撮影会をしていたから知ってる。そして貰っても困る。


「お菓子とかさぁ!!」


 人間界のお土産売り場では、お菓子は必須である。


「大根餅」

「それうちの国でも名産だから」


 勿論、果竪が広めた。


「他の!!大根以外のっ」

「浩国国王と上層部のブロマイド」


 断固拒否するーー


 朱詩の力強い一言は、雄々しくもあった。何が哀しくて、他の男の写真なんて貰わなければならないのか?いくら絶世の美少女や美女に見えようとも、断固お断りする。


「……我儘」

「我儘じゃないし!ってか、お菓子って言ってるのになんであいつらのブロマイドになるんだよ!!ボクがそれ貰って何の利点があるんだよ!むしろ不良債権だっ!!」


 それ、意味が違うし。

 朱詩がいらなくても他に欲しい者達がいるので、決して不良債権にはならない。しかし、それを指摘すると余計騒ぎそうだから、お利口な紫蘭は賢明にも口を閉ざした。


「もう!紫蘭と話すと、毎回喉が痛くなるっ」

「何でですかね?」

「どう考えても理由は一つだろ。全くーー」

「怒ってばかりだとお尻に悪いですよ?果竪ちゃんのクッキーを分けてあげますから」

「一日数回の発声は健康に良いーーって、は?何それ?ボクでさえ滅多に貰えない果竪からのクッキーを分ける?」

「梅香ちゃんのクッキーもありますよ?」

「は?」

「涼雪ちゃんと、あと葵花ちゃんのも」


 何?そのコンプリート感。

 うちの国の宰相と『海影』の長からも全力で問い合わせが来そうな案件である。


「いや、そもそもどうしてお前が梅香のクッキーを持ってるんだよ!しかも手作りか?!」

「もち手作りです」


 予想を裏切らない答えだった。いや、そもそもなんでお前が梅香の手作りクッキーを持ってんだよ。


「貰いました」

「ボクでさえなかなか貰えないのに?!」

「ほら、朱詩様にあげるのは、やっぱり美味しく焼き上がった成功した物じゃないと。だから、失敗したのは全部果竪ちゃんと私で食べて」

「はぁぁぁぁ?!なんでだよ!!失敗作ごとなんでボクにくれないんだよ!!しかも、ボクがまだ貰ってないのになんでそんな毎回毎回貰ってますみたいな感じなんだよお前は!!」

「九十九回の失敗に対して一回の成功という言葉もあります!」

「それ!!ボクが梅香に一回クッキーを貰うのに対して、お前が九十九回クッキーを貰うって事だろ?!」

「果竪ちゃんもです!あと、最近少しずつ美味しくなってきたから、もう少しの辛抱です!!」

「寄越せ!!今すぐその失敗作も寄越せ!!」

「拒否します。失敗作のクッキーはいつものように私と果竪ちゃんと、あっ!!大根さん達で食べます」

「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 紫蘭と果竪だけならばまだ許せた。

 しかし、実はあの動く大根達も梅香のクッキーを先に食べていたという新事実を知った朱詩は、発狂した。









「常々聞きたいと思っていたが、常日頃から俺達の尻に対してえぐる様な視線を向けるだけに留まらず、ついに朱詩を発狂させたってーーお前はうちの国を滅亡させなきゃならない何かでもあるのか?あいつの尻をどれだけいたぶったんだ?」


 まさか、朱詩をそこまで発狂させる相手が居るとはーーと恐れ戦く凪国宰相ーー明睡の前で床に正座する紫蘭は、聞かれた質問に対してこう答えた。


「尻は愛でるものです。断じて、一度たりともいたぶってません。でも、心は少しえぐったみたいです。でも、梅香ちゃんの失敗作の手作りクッキーをたった九十九回貰って食べただけで、朱詩様にはきちんと成功の一回のクッキーを渡すつもりですから、そこまで嘆かなくても」

「嘆くだろ。全力で嘆くだろ。どうしてお前の方が多く貰っているんだ?お前と梅香は一体どういう仲なんだ?」

「果竪ちゃんも貰ってます。大根さん達も食べてます」


 分かった。朱詩が発狂した理由が。

 何故自分の口にすら入らないものを、大根達がバリバリと食べているのか。


「なんで大根にクッキーを渡すんだよ!!」

「大根さん達がお腹空いたって」

「普通の大根がクッキー食うか!!」

「食べてました」


 それはもう、もしゃもしゃと。


「涼雪ちゃんと葵花ちゃんと果竪ちゃんのクッキーも食べて」

「待てやゴラァ」


 美しいーー椿の花のように凜とした清楚で妖艶な美しさの明睡の口から、破落戸の様な言葉が紡がれた。


「なんで、大根が、俺の涼雪のクッキーを食ってんだよ!!すり下ろすぞっ」

「でも失敗作」

「失敗作だろうと大根に食われてたまるかっ!!」

「捨てたら勿体ないし」

「俺が食うって言ってんだろっ!!」

「お腹壊したら困るから、無理」


 むしろ涼雪が絶対に渡さない。死んでも渡さない。そう告げると、明睡が床に這いつくばり、バンッと両手で床を殴った。


「俺でさえ!!俺でさえ口に出来ないのにっ!!」

「それは、今は宰相閣下が食べる時ではないという強い意志の下に」

「大根が食えているのにかぁ?」


 その時、紫蘭は明睡が血の涙を流している様に見えた。


「ってか!!失敗作だろうと何だろう良いんだよ!!好きな奴が作ってくれた物ならっ!!」

「え?でも、奥さんに作って貰ったって言って食べた凪国のとある官吏さんが、その日の夜に病院の集中治療室送りになったって」

「愛が足りなかっただけだ!!」


 それは作り手の?それとも食べる側の?


 きっと、どちらもだ。


「今度からは全てこっちに寄越せ」

「貴重な夜食が」

「お前、十分過ぎるぐらい給金貰ってるだろ。それとも、うちの王宮勤めの給金は他の国に比べて少ないのか?」


 質素倹約は大事だが、あまりに締め付けすぎても問題だ。給金が十分でないと、民達の購買意欲が減退し、物が売れなくなって経済が停滞する。更に進めば、破綻という目も当てられない事態となるだろう。


 今年も農産物は豊作の見込みだし、水産物も豊漁が予想されている。それを元に加工産業も上手くまわる様に手筈は整えているがーーまず王宮の給金が他国よりも少ないとなれば、それは問題である。


「いや、給金は十分なんだけど」


 貯蓄だってちゃんとしてる。

 けれど、元々の貧乏性なのか、魂にまで刻み込まれた質素倹約主義のせいか、こう自分の為にお金を必要以上にかけるというのに酷い罪悪感を覚えていた。


「は?あれだけ、同性愛の同人誌に全力を注いでいるくせに?あの原稿を作成する為の道具にかかった費用はお前の給金から出しているんじゃないのか?誰かに貢がせたのか?」


 お前にも貢がせる相手がーーと涙ぐむ前に、そんな所に投入する金を貢ぐ馬鹿を始末したい。


「いや、それは自分の給金から出してるよ」

「というか、いつもいつも思うが、よくあれだけの材料を揃えられるよな?そんなに安い物なのか?」

「ううん、幾つかもらい物もあるけれど、それなりの値段はします」

「よく購入出来てるな」


 まさかこいつ、自分の着る物や食べる物を削ってないか?


 住まいは住み込みなので王宮内の宿舎を無料で使用しているが、光熱費はかかるし、私的に着る物や三食の食費は自分持ちなのである。しかし、それにしてはやせ細ったりはしてないがーーいや、あれか?だから涼雪達の失敗作のクッキーを必要としているのか?それで栄養を摂っているのか?ちょっとまじでやめてくれ。浩国王妃が栄養失調で倒れたとか本気で洒落にならない。浩国が激怒する。


 浩国も、他の大国同様に年々国力が増強されてきている。そこから更に群を抜いてトップを独走している凪国とはいえ、本気で向かって来られればそれなりの打撃は受けるだろう。というか、そもそも浩国王妃の栄養失調で勃発した戦争に巻き込まれるなんて、民達からしたら冗談では無いだろう。


 いや、そこは向こうも心得ている。よって、王同士、上層部同士での殴り合いぐらいが相場か。


「えっと、購入費なんですけど」

「ああ」

「刺繍で稼いでます」

「……は?」


 何でも、暇な時間に刺繍の仕事を引き受けてその報酬をせっせと貯め込んでいるらしい。


 ーーそういえばこいつ、刺繍が得意だった。


 前世でスパルタ教育を施されたせいなのか、紫蘭は元々手先が器用だった。

 複雑で難しい刺繍もこなせる為、頑張ればそれなりの収入は手に入るだろう。


 だがーー


「暇な時間は同人誌作りに費やしてなかったか?」

「……」

「なのに、刺繍をやる時間がどこにーー」


 紫蘭は、そろりとその場から立ち去ろうとした。

 が、明睡にガシッと頭をわしづかみにされた。


「ひぃぃぃいっ!!」

「こっちが悲鳴をあげたいわ!!お前!!睡眠時間幾らだっ」

「い、一時間は寝て」

「一時間だぁぁあ?!」


 そんな短時間。

 凪国王宮の福利厚生と王宮仕えの者達の健康維持の総監督者である宰相の地位に就く者として、明睡は絶対に許せなかった。


「この俺を前にして良い度胸だなぁ?」

「うわっ!その超ド鬼畜な顔!!次の新刊で是非ともっ」

「煩い!!どうせ受けだろ!!どうせ誘い受けにしかしないだろ!!誰が使わせるかっ」

「もう私の魂に刻み込みましたーーひぃぃぃっ!ってか、宰相様達も徹夜なんて常識的な働き方をしているじゃないですかっ」

「下に休みを取らせる為に仕方ないんだよ!!うちの国、いや、大国なんて年から年中神手不足だっ!!あと、建国から育ててきた神材もそろそろ開花時期だから、お前よりもマシだっ」

「わ、私だって!!もう少ししたらっ」

「確か、同人誌の祭典は来月だったな?」

「それまでに三冊書き上げる所存ですので、そろそろ徹夜、はっ」


 ああ、このまわりすぎる口が憎いーー


 睡眠時間を増やして同人誌の数を減らして祭典に行くか。

 それとも、祭典を欠席するか。


「どっちにする?」


 第三の選択肢は存在しない。そして、明睡の第三の選択肢は、祭典自体の中止だ。物凄い暴動が起きる事必至だが、きっと明睡であれば色々と手を回して必ずや祭典の開催を中止させるだろう。



「どっちにする?紫蘭」

「……」



 後の祭典にて、紫蘭が発行した同人誌は二冊だったというーー。

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