『ある過去の日』
以前活動報告に載せていた物です。
「果・凛!!」
色気過多こと、白き御方の派閥一の小悪魔系な彼は、果凛の首根っこを捕まえた。
「何をするのです」
「何をするのです、じゃない!!いつの間に、空いている土地全部畑にしたの?!」
そこには、前日まで荒れ果てた土地は見当たらず、綺麗に整地された大根畑があった。そう、大根畑。
「私はやる時にはやる女です」
「やる女、じゃないっ!!」
既に出会ってから三年が経過するが、相変わらずぶれない果凛に彼はがっくりと項垂れた。あの白き御方と出会った当時、彼女は七歳。七歳までは神の内とか言うけど、そういうので出会ったわけではない。そして、自分達と出会ったのがその半年後でーーもう、果凛は十歳になる。
人の世界でもまだ子供。
中には、十歳から結婚適齢期という国もあるし、神々でも十歳になる前から結婚させられる例もあるけれど、自分達からすれば果凛の年齢はまだ子供でしかない。
まあ、子供と言うよりは、妹といった感じか。
いや、ただし果凛の場合は素直に可愛い妹ではなかった。
「とぉっ!」
その掛け声と共に、顔面に跳び蹴りを食らわせられた事、数知れず。何故に顔を狙うかと聞けば、そこに顔があるから、と答えられた。
超絶絶世の美貌として、神々の世界でも名だたる美貌も、果凛の前には何の意味もない。いや、違う。単純に、こいつは大根と寿乃以外に興味が無いのだ。
そんな残酷なる現実に打ちのめされる事、三年。
まあ、自分達も悪かった、というかかなり悪い。
最初から敵愾心剥き出しにしてくる相手に、友好的に振る舞うなどどんな嗜虐的趣味なのか。暴言、暴力、誹謗中傷。普通なら、絶対に許される筈はなく。
むしろ、こうして今普通に話が出来て傍に居られる事の方が、奇跡なのだ。
あり得ない、奇跡。
そう、だからこそ、もう間違えてはならない。
例え、いくら地獄の毎日だったとはいえ、彼女はそれには関係ないのだ。
もうあの白き御方を傷付けられたくない。
あの御方が自分達の為に傷つくのを見たくない。
守りたい、守りたいーーその為なら、どんな事だってする。
今まで、自分達に近付いてくる者達は、ごく一部を除いて全て敵だった。むしろ、あの御方を欲望に塗れた奈落へと引きずり込もうとする者達が大半だった。
そんなあの御方が、自らの意思で近付き傍に置く存在。
純粋な興味
と同時に、今までが今までだっただけに、あの御方を傷付ける存在ではないかと酷く疑ってかかった。
何度も、何度もあの御方は裏切られてきた。
だから、あの御方を利用しようとする者達は自分達が蹴散らす。
そうして構えていれば、あの御方は変わらずに彼女達へと会いに行く。
それが半年も続けば、「信じても良いのでは?大丈夫なのでは?」という気持ちになるだろう。けれど、自分達は違った。
どうして、彼女達ばかりーー
それは、嫉妬だった。
自分達の方がずっとずっと長く傍に居たのに。
あの御方の為に、戦ってきたのに。
あの御方を支えてきたのに。
それが身勝手すぎる思いだと理解していたけれど、それでも膨れあがる嫉妬は抑えきれなかった。それは、あの白き御方と共にいる彼に付き従う者達もそうだっただろう。
なんで?どうして?
悔しくて、悔しくて、悔しくて
そしてとうとう、あの御方の目を盗み、自分が代表して彼女の前に降り立った。
嘲笑を浮かべ
酷い侮蔑の言葉をぶつけ
けれど、その結果はーー惨敗だった。
果凛は、決して一方的にやられているだけの少女では無かった。
「にょっほ~!!」
そんな変な声と共に、繰り出す反撃は凄まじかった。罵しり合い、殴りあい、罵倒し合い。
それでいて、自分達が危険な目に遭えば彼女は駆けてきて
「このド変態っ」
と、相手を打ちのめす。
そして、彼女は呆然とする自分達に向けて笑いかけるのだ。
「ほら、もう恐い人は居ないよ」
強いと言われる、自分達に向かって。
その手を、何度だって差し伸べるのだ。
(まあ……ボク達が悪かったんだ。確実に、全力で!!)
最初から、友好的に行けば良かった。
一目見れば分かった筈ではないか。
色眼鏡で見るのではなく、きちんとしっかりと見通せば。
果凛は、そういう子ではないのだと。
もちろん、人は変わる。
神だって変わる。
けれど、その時はその時だ。
「もし、ボク達が変な事したらどうする?」
「殴る」
「……君ならそう言うと思ったよ」
「殴って正気に戻して何でそういう事したか聞いて、で、また殴る」
「え?二回も殴るの?最後ぐらい抱きしめてよ」
「……」
「果凛、胸なんて成長と共に大きくなるから。大きくなるから、その胸がなきゃ無理でしょ、みたいな顔しないでよ」
「所詮胸でしょ?」
「かりぃぃぃぃぃぃんっ」
あと、彼女をかなりの現実主義に変えてしまったのは、たぶん自分達だと思う。本気で反省している。
だから、そのお詫びに少しでも彼女に自分達が持つ物を与えようと思った。
なのに
「調香の授業があるってのに、なんだって畑開墾してんの?!」
「そこに土地があるからです」
「それ人様の土地でしょ?!」
「許可は取りました」
「はやっ!仕事はやっ!」
彼女はやる女だ。
大根の為ならば、微塵も躊躇いがない。
「とにかく!もう畑を開墾したんだから、授業するよっ」
自分達が持つ物を与える。
最初は、金銭とか衣装とか装飾品とかにしようと思った。
「分不相応な物は身を滅ぼします」
「寿乃、寿乃って凄く聡明だよね」
とりあえず、自分達を囲った馬鹿達と同じ事をしようとした自分達を、寿乃は窘めた。基本的にやる気がない少女だが、彼女はとても頭が良く聡明な少女だった。洞察力も高い。また、果凛が何かやらかしたらたいてい彼女に被害が行くが、いつも「困った子だね」の一言で済ませている。その広い心に、きっと彼と彼に仕える者達も魅了されたのだろう。
まあ、彼に仕える者達も散々寿乃に嫌がらせをしてきて、今それを凄く後悔している。それでも、寿乃も果凛と同じように、彼らを遠ざけたりはしない。絶対に、前世は聖女だ。
「けど、それなら何を与えたら良い?受け取ってくれる?」
「……そうですね。私も果凛も、将来運が良ければお嫁に行きます。その時に困らない様にして貰えれば」
「地位と身分?権力なら任せてっ」
「普通の花嫁修業で良いです」
寿乃はどこまでも冷静だった。
そうして、始まった花嫁修業。
料理と洗濯、掃除だけでは面白くない。
やるならば、一番だーーと言う事で、次々と授業が増やされた。
結果、いつの間にか貴族の子女が嗜む物まで学ばされている彼女達。
「ぐっ、じょぶです」
白き御方は喜んでくれた。
そして、白き御方と一緒に居るあの神も喜んでくれた。
もう、絶対に嫁に貰おうと思っていると思う。まあ、良いけど。
というか、そうしてくれたら、きっとずっと彼女達と一緒に居られるだろう。
果凛はもとより、寿乃の事も好んでいる。
「幸せな結婚の為には、沢山学ばなきゃ駄目なんだから行くよっ」
「私、大根農家にお嫁入りするんだもん!!だから畑仕事が良いのっ」
「そもそも農家の嫁は畑仕事以外にも色々仕事が出来なきゃ駄目なんだよ!!」
というより、農家の嫁にはさせない。
まあ、白き御方が農家をやるというのならその時はその時だが。
けれど、そこらの農家で終わらせる気はない。
やるなら、一番。大農家だ。
「うわぁぁぁん!馬鹿馬鹿ぁぁ!」
「馬鹿で結構!ふんっ、ボク達だってやる時はやるんだからっ」
「ふにゃぁぁぁぁぁっ」
遠くで、果凛が彼に引きずられていくのを寿乃は見た。
「果凛、また引きずられてる」
「いつも授業から逃げ出すだろ」
「まあそれは……でも、調香って何の役に立つんですか?」
「それは……良いから、とにかくお前はそのお香を完成させろ!!」
「怒らないで下さいーーそういえば、このお香の香りって、貴方の纏う香りと一緒ですね」
「っ……」
「凄く良い香りだなっていつも思ってたんですよ」
「お前、なんで、そういう事」
「はい?」
小首を傾げる寿乃だったが、結局その後に続く言葉を彼女は聞く事が出来なかった。ただ、それから暫く、彼女は彼と同じ香りを纏う事となる。