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【徒花は花園には咲けない 8】

 着替えは、服と下着がそれぞれ十日分。

 防寒具用の外套が二枚と、傘が一本。

 雨用の靴と晴れ用の靴が一足ずつ。

 毛布が二枚に枕が二つ。

 寝袋が一つ。

 洗面道具一式。

 防水性燐寸の大箱が三つに小箱が三つ。

 自分用のカップとお椀、お皿が二つずつ、茶碗に箸が一つずつ。

 片手鍋と薬缶が一つずつ。

 ランタンが三つと、ランタン用蝋燭が百本。

 保存食が一週間分に行動食が三日分、お米一升。

 調味料類一式。

 調理道具一式。

 お茶っ葉の缶が三つに、濃縮乳性飲料の元が三本。

 ナイフが一本。

 バケツが二つ。

 水筒が三つ。

 釣り道具一式。

 刺繍道具一式。

 洗濯用洗剤一式。

 登山用ロープが一本。

 軍手十枚。

 予備の鞄が二つ。

 結界用の呪符が十枚。


 これが紫蘭が持ち出してきた持ち物だ。

因みに、鞄に対して荷物が多過ぎではないか?という疑問がわくが、そもそも紫蘭の持っている鞄は特別製だ。紫蘭と利潤を保護してくれたあの軍で、紫蘭が仕事を頑張ったご褒美として貰った物だった。その後も紫蘭は鞄を所望し、軍を離れる餞別の一つとしてやはり鞄をお願いした。なので、予備の鞄も特別製だ。

 そしてこの特別製の鞄の凄い所は、見た目よりも沢山物が入るという所だった。物の大きさは関係なく、個数で決まる。生きている者は入れられないが、それ以外なら一つの鞄に三十個まで入る。同じ種類の物は十個までなら一つとカウントされるという超優れものだった。しかも、重さは殆ど感じないという物だ。たぶん売ったら、それなりのお金になるだろう。向こうはそこまで考えてくれていた。しかし、紫蘭は売るつもりもない。そもそも、餞別としてくれたのはその鞄だけではなかった。

 

 紫蘭は一緒持ち出してきた金銭類を数える。やはりお金は大事だ。


「一~二~三~」


 金銭類は、今までのお給金を貯め続けた分に加え、利潤がもしもの時の為にと昔渡してくれた物と、あと自分達を保護してくれた軍を出る際にくれた餞別の退職金をそっくりそのまま持ってきた。はっきりいって、退職金だけでも半年は優に遊んで暮らせるだろう。そこに、今まで貯めた給金と、利潤がもしもの時の為にとくれた分を合わせれば、一年は食いつなげる。けれど、油断して贅沢をすればあっという間になくなってしまうのも分かりきっていた。


 働かなければーー


 とりあえず、まずは自分を助けてくれたこの家の主の恩に報いよう。


 持ち物チェックを終え、床に広げていた物を綺麗に仕舞い終えた所で演無が戻ってきた。


「あの、大丈夫でしたか?」


 紫蘭は帰ってきた演無に駆け寄ると、怪我がない事を確かめる。さっきは止める間もなかったけれど、よくよく考えれば先程自分を助けてくれた事で、彼は紫蘭を追ってきた者達から要注意神物として目を付けられてしまっているだろう。

 紫蘭が急いでここを離れても、自分達の邪魔をした上に、紫蘭の行方を知る者として彼らは演無に危害を加えるかもしれない。


 味方に対しては情に厚いが、その分敵対する相手、また一度敵として見做した相手には、とことん冷酷になれる彼らは、相手が民間神だろうと容赦はしない。


「うん?ああ、大丈夫だよ」


 彼はカラカラと笑った後、少し困った様な笑みを浮かべた。


「大丈夫なんだけど、ねぇ」


 と、彼が背中に背負っていた巾着袋を床に下ろす。それが、もぞもぞと動いた。


「へ?」


 その入り口が、ガバリと開き何かがピョンと飛び出てきた。


「紫蘭!」

「ふぇ?!」


 顔面にそれは飛びつき、しがみついて離れない。

 顔全体に、もふもふの毛並みを味あわせられる。


「紫蘭、紫蘭、紫蘭!!」

「むぎゅうぅぅぅぅうっ」

「あの、紫蘭が苦しがってるよ」


 演無がそう言うと、紫蘭の顔面にしがみついていたそれは、ようやく離れた。でも、今度は紫蘭の胸にしがみつく。


「ああ紫蘭!酷いです!!どうして私を置いていくんですかぁ?!」

「ぷはっ!って、まさか蘇芳?!」


 それは、小型犬ぐらいの大きさをした狐だった。ただし、普通の狐よりは丸っこい。しかし、見る者が見れば、それが【神獣】と呼ばれる種族である事はすぐに気づいただろう。


 そう、この神々の世界で獣を本性として持つ【神獣】。古来より、神々の世界の一つの種として在る彼らだが、今ではその数も激減していた。

 それは、【神獣】の持つ特殊能力を狙った権力者達が原因だった。ある者はその力を忌避して殺戮を行い、ある者はその力を欲して保護という名の拉致を行い。


 数千という種族が居た【神獣】は、今では百を数える程までに種族数を減らす羽目となってしまった。


 蘇芳は、狐の姿を本性に持つ【神獣】だった。その一族は疫病と乱獲によって絶えようとしていた所を、当時軍を率い始めた利潤によって救われた。


 そうして保護された一族は、一部の同胞達を利潤の手助けとなる様に軍に同行させたのだ。


 蘇芳は、紫蘭が助けた子だった。

 当時、捕まった友達を助けようとして、逆に瀕死に陥った蘇芳を紫蘭は見つけ、手ずから看病した。そんな彼女に、一族の中でも珍しいと言われる両性具有の蘇芳は懐き、自分の従兄弟が利潤付きの【神獣】となる中で、紫蘭付きになりたいと騒いだ。

 他の同胞達は呆れていたけれど、蘇芳は紫蘭が良かった。


 その後、利潤は利潤で紫蘭のお目付役を欲していた事から、利害の一致で見事に蘇芳の希望は叶うこととなった。


 ただそんな蘇芳。今回の紫蘭の出奔騒ぎよりも一月前に、実家に一度戻っていたのだ。原因は、実家から「そろそろ結婚しない?」という手紙が来たせいだ。今までにも何度も手紙が来ていたのを無視したら、一族が利潤に泣き付いた。そして、一度家に帰って話し合えと言われてしまった為、家に帰り両親と喧嘩と言う名の戦いをしてきたのだ。


 それからやっとの事で戻ってきたら、紫蘭が出奔したと言う。


 蘇芳は泣いた。

 なんで紫蘭が居ないのか?というか、どうして自分を置いて言ったのか?


 そうしてグズグズと無く蘇芳に、利潤付きの従兄弟が言ったのだ。


 泣くより追いかけたらどうだ?と。


 それもそうだ。立ち直りは早い蘇芳は、すぐに紫蘭を追いかけた。彼女が居る場所は、上層部から聞き出した。

 そして行き先が分かって居るのならば、どうしてすぐに連れ戻さないのかと愚痴ったら、連れ戻そうとしたが失敗したと言われたのだ。


 それなら自分が!!と、蘇芳は意気揚々と街に乗り込み、その失敗の原因を作り紫蘭を連れ去った相手と先に出会ってしまったのだった。


 当然のことながら、紫蘭を返せと突撃した。それはもう泣きながら。そして泣きながらだったから、その攻撃は大きく外れて地面に激突した。

 そうして更に泣く蘇芳に、演無はポリポリと頬をかきながら言ったのだ。


「……まあ、あんたは悪い奴には見えないけど……紫蘭に危害を加えないなら会わせるよ」


 と言われ、蘇芳は演無にくっついてきたのだ。

 実際、物凄い恨み辛みの目で見られて、置いていったらそれこそ呪われそうだったと、演無はカラカラと笑いながら説明し、紫蘭は申し訳なさで眩暈を覚えた。


「蘇芳……」

「紫蘭の馬鹿馬鹿馬鹿!!酷いです!!」

「確かに何も言わずに出たのは私が悪いけどーー」

「悪いです!!どうして待っていてくれなかったんですか?!」


 待っていたら、その夜も紫蘭は利潤の寝台に放り込まれていただろう。いや、むしろあんな衝動的にではなく、もっと余裕を持って正式に軍から脱退するべきだったと今では思うが。

 いや、その前に自分は利潤の傍に長く居すぎたから、脱退自体が難しくなってしまっている。


 とはいえ、このまま軍に戻って懲罰を受けた後、何食わぬ顔で生活していくなんて、果たして出来るだろうか?軍の隅っこで静かに暮らさせてくれるならまだしもーー。


 いや、そもそも利潤が自分に手を出さなければ良いのだ。相手は別に居るだろう。それかーー。


「紫蘭、帰りましょう」

「それは嫌」

「紫蘭!!」

「それより、蘇芳は帰りなさい。そもそも貴方は、【神獣】の中でも貴重な種族よ。今だって誰に目を付けられるか分からない。貴方の従兄弟も心配している。だから」

「紫蘭が帰らないなら帰りませんっ」

「蘇芳」

「そもそも、あの時に私は死ぬ筈だったんです。紫蘭が私を生かしてくれたんです。だから、紫蘭と一緒に居るんですっ」

「私と一緒に居るという事は、もう軍に帰れないんだよ?」

「どうしてですか?」

「どうしてって」

「紫蘭は軍が嫌いですか?確かに甲斐性無しが多いですけど」

「甲斐性無し……」


 まあ、軍には色々な者達が居るが、それでも上層部には一番無縁の言葉だろう。なんていうか、特にあそこの男どもはスパダリ属性だとか何とか。言葉の意味はよく分からないが、彼らはその言葉をとても喜んでいたから、【男の娘】とは対極的な言葉なのだろう。

 ただし、どう足掻いても、上層部の男どもは【男の娘】揃いである。利潤には敵わないけど。


 紫蘭は、上層部と呼ばれる男達を思い出した。あの素晴らしすぎる顔と体、そして全身から滴り落ちる色香は、そんじょそこらの美姫ですら足元にも及ばない。何故彼らは男性として産まれてきたのか?女性として産まれてきたら互いに平和だった気がする。


 とりあえず、世の女性の大半は存在意義を無くすだろう。だって、彼らが女性なら子供も産んで貰えるし。


 ーーいやいや、今は甲斐性うんぬんの事だ。上層部に関しては、先程も言った通り、スパダリ揃いだ。だって彼ら、戦いだけではなく、家事洗濯料理その他も完璧だ。物凄く生活能力がある。それに、買い物だって上手に値切って品物を手に入れてくるし。それに知的で聡明で、様々な分野に秀でている上にとても頼りがいがあるという。


 あれで顔が女じゃなければーーいや、体もか?男の体だけど男として認識されないあの体もか?


「紫蘭?」

「……駄目だ、ドツボに填まる」


 紫蘭は頭を抱えて唸った。が、すぐに我に返る。


「っていうか、演無さんに迷惑までかけてっ!」

「むしろ、速攻でのさなかった事を褒めて下さい!」


 蘇芳はムンッと胸を張った。

 実はこの蘇芳。超ハイスペック【神獣】だった。

 従兄弟には敵わないが、紫蘭の傍に行くにあたって、色々と仕込まれたのだ。おかげで、戦闘はもとより家事洗濯料理はおろか、どの部署でも最低限働けるだけの知識と技術を有する事となったのである。

 しかも、【神獣】として狩られかけた事もあり、世の中綺麗事だけでは済まない事も十分理解しているし、色々と闇の部分も理解している。

 そしてそういう所が、のほほんな紫蘭の脳天気部分を補うとして、彼女付きに任命された理由の一つでもあった。


「のしてたら本気で怒るんだからね!!演無さんは私の恩神なの!!」

「でも、軍からの迎えから、紫蘭を連れ去りました」

「むしろ良かったよ!!」


 軍に連れ戻されていたら、それこそ黒歴史とご対面をさせられていただろう。流石に紫蘭でも泣く。


「そもそもどうして軍から出たのですか?」

「そ、それは……」


 紫蘭は演無をちらりと見て、俯いた。いや、演無には既に話をしたけれど、そう何度も話す内容ではない。しかし、蘇芳は話を聞くまでは絶対に引かないという姿勢を取っていた。


「うぅ……」


 こうなれば自棄だ!!と、紫蘭は演無にした説明をもう一度繰り返した。


 そうして全てを聞き終えた蘇芳は口を開いた。


「それでなんで軍を出たんです?」

「なんでも何も、これだけやらかしてどの面下げて留まれって言うの?あと、なんで利潤はそこまでして、私を引きずり込もうとするの?」


 嫌だ嫌だと部屋の隅っこで体育座りをして羞恥心に苛まれる彼女に、蘇芳は心底理解出来ないといった顔をする。けれど、自分が大好きな紫蘭が本気で嫌がっている事だけは理解した。


「……本当に帰らない気ですか?」

「本当に帰りたくない。でも、利潤を利用する為の手段として狙われる事を考えたら、軍に居た方が迷惑をかけなくて済むかもしれない。でも、このまま帰ったらまた同じ目に遭う。だから戻るにしても何とかしたい。出来なきゃ神里離れた所で暮らしたい」


 それが駄目なら、もう最終手段しかない。

 けれど、果たしてそれが可能かどうか。


「……まあ、私としては軍に帰って貰いたいですけど、どうしても紫蘭が嫌だと言うならそれは仕方ありません。というか、どこに行こうと私は紫蘭についていくだけですし」

「……え?」

「もしもの事を考えていて良かったですね」


 そう言うと、蘇芳は自分の首についている首輪を手で揺らした。正確には、その首輪についている石の部分だ。紅く透き通った石は、宝石としての価値はそれ程ではない。けれど、それは紫蘭の鞄と同じく一定量の物を収納出来る超優れものだった。


「もしもの為に色々と持ってきたんです」

「蘇芳?!」

「勿論、旅の資金もバッチリです!」


 蘇芳達にも給料は出ている。それを蘇芳はしっかりと貯蓄していた。


「それで、この後はどうするんですか?軍に戻らないとしても、追っ手はまたかかりますよ?」

「そ、それは……」


 とりあえず、演無の所で匿って貰う所までしか決めていない。

 素直にそう言うと、蘇芳は大きく溜息をついた。


「確かに住の確保は大事ですけれど、追っ手が来たら確実にこの荒ら屋は吹っ飛びますよ?あと、この演無とやらも確実に抹殺されますよ?」

「蘇芳!!」

「巻き込みたくないなら、ここから早急に出る事をお勧めします」

「う……」

「いや、そんなに急がなくても」


 演無がそう宥めようとすると、蘇芳はキツク彼を睨み付けた。


「貴方は馬鹿ですか?軍からの追っ手はそう生易しいものではありません。それこそ、捨て置いても構わないという者達ならまだしも、追っ手が追いかけてきている相手は紫蘭なんです、紫蘭!!向こうはどんな手段を使ってでも連れ戻そうとするでしょう」

「……諦めたりしないかな?」

「可能性はゼロですね」

「うぅ……そんなに私が利潤の情報を誰かに流すと思われてるの?いや、思われてるんだよね」


 頭にきのこを生やして四つん這いになって項垂れる紫蘭に、演無はどう慰めていいか分からなかった。


「情報だけなら、もっと事は簡単ですよ」

「簡単?」

「そう」


 殺せば良いだけですからーー


 そう笑顔で言い放つ蘇芳に、演無は小さく悲鳴を上げた。しかし言われた紫蘭は「そうだよね~」と納得していた。どうしてそんな風にしていられるのだろうか?


「なら、どうしよう……」

「向こうが諦めるまで逃げ続けるか。大神しく軍に帰るか。私としては後者をお勧めします」

「帰るなら、利潤が結婚したら帰る」

「紫蘭が帰ったら結婚するでしょう」

「え?もう相手居るの?」


 驚く紫蘭に、蘇芳は呆れた様な顔をした。


「やっぱり逃げ続けた方が良いですよ」

「え?」


 相手が居るなら安全だと思った紫蘭に、蘇芳は疲れた様に首を横に振ったのだった。その後、演無にも宥められながら、軍に帰ってもあまり無事では済まないという事だけは、理解させられた紫蘭だった。


「あ、という事で、紫蘭が滞在するまでの間は、私もここに滞在しますから」

「蘇芳!!そんな上から目線は駄目でしょうっ!ちゃんと演無さんに失礼のない様にして!!」

「きちんとお礼はしますよ」

「いや、お礼は良いよ」


 そう言った演無に、蘇芳は訝しげな視線を向けた。


「君達が居てくれるだけでお礼だから」

「それはどういう事ですか?」

「あ~~、別に変な意味はない!たださ、俺は両親を失ってからずっと一神暮らしで、こうして周囲からも遠巻きにされていてさ。こんな風に色々と話をする相手も居なくて……だから、こうやって話が出来るだけで嬉しいんだ」

「演無さん……」

「……」


 何処か哀しげな演無に、紫蘭は胸の苦しさを覚え、蘇芳は黙って彼を見つめたのだった。

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