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私文商会  作者: オブロンスキー
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第八話 豪商の家庭

 博多に着くと、まずは積み荷を降ろす作業から入った。積み荷を降ろすと言っても、このジャンク船の積載量は四千五百石(約800トン)で、博多で下ろす荷は灘の酒の他に、大坂で仕入れたという鉄鋼、繊維、それと名古屋から大阪問屋に回ったのを買い取った味噌、醤油など、しめて二千石だったから丸一日かかってようやく終わった。下ろされた積み荷はそのまま各種品目を扱う問屋に回された。治助さんは顔が広いらしく、あっという間に買い手がついた。


 水夫のうち何人かはこの航海で契約が終わるらしく、治助さんから後払い分の給金を貰ったら、さっそく賭場や遊郭に繰り出していった。




 積み荷を降ろして問屋に売りさばいたあと、俺と兵介は治助さんの自宅に案内された。那珂川を少し上ったところにあるらしい。例の三人は博多の遊郭に馴染みのがいるらしくそちらに行った。




 治助さんの自宅は洋風の建築で、家というよりは商館といった雰囲気だった。門番が挨拶をし重そうな門を開ける。玄関まで歩く途中、桜やハナミズキなどの木が植えられていた。かなりの豪邸だ。玄関に入ると使用人に出迎えられる。大きいだけでなく細かい装飾まで凝っている上に調度品も豪華で、ヨーロッパの絵画なんかがかけられていた。一方で水墨画が描かれた掛け軸もかけられていて、和洋が混然一体とした趣を醸している。それでいて、下品さはみじんも感じられない。絶妙なバランスが保たれている。




 治助さんは応接室を通り過ぎ、日本風の床の間に俺と兵介を案内した。そういえば畳は久しぶりだ。元々の世界で住んでいたアパートには畳がなかったし、こっちの世界に来てからはずっと板敷の上で机と椅子の生活だったから、畳の匂いだけで落ち着く。遊郭は畳の上だったがあれはノーカウントだ。兵介も同じようにおちついたらしく、やけにだらっとしている。




「そういえば歳を聞いてなかったでやすね」


 兵介が言った。そういえばそうだ、俺は兵介の歳を聞いていなかった。22歳と言いかけて、ふと思った。歳の数え方は数え年だろうか、満年齢だろうか。


「歳の数え方は満?数え?」


「どういういみでやすか。普通の日本人の歳の数え方でいいでやす。西洋人の数え方とは違う数え方でやすよ」


 兵介は戸惑ったように答えた。西洋人と違う数え方と言ったら、おそらく数えだろう、


「23歳だね」


 と答えた。


「だいぶん年食ってやすね。ちなみにわっしは17でやす」


 ということは満年齢だと15か16だろう。さすがは江戸時代だ。この年から働いている。


「そういえば旦那さんはいくつなんだい?」


「確か38とかだったでやすね」


 思っていたよりは若かった。




 ふすまがあき、治助さんが入ってきた。どっかとすわる。その後ろから女の人と、子供が三人ついてきた。


「お久しぶりです、奥様!」


 兵介が威勢よくあいさつした。どうやら女の人は治助さんの奥さんらしい。


 奥さんは、お久しぶりねと、上品な声で返し、治助さんの隣に座った。子供達も大きい順に綺麗に並んでに座り込む。




「始めまして、中尾隆弘と言います。旦那さんの下で働かせてもらってます。よろしくお願いします」


 と、俺は奥さんに挨拶した。この時代の作法はわからないから無礼なところがあったかもしれないが、自分から挨拶しないよりはましだろう。


「初めまして、はつといいます。よろしくお願いします」


 はつさんは微笑みをかえして、


「ほら、あなた達、お兄さんに挨拶しなさい」


 と、子供たちに自己紹介を促した。子供たちは口々に名前を名乗った。長男が一郎で10歳、長女の市子(いちこ)が8歳、次男の次郎が5歳と言うことだった。名づけが適当な気もするが、覚えやすくていい。


 


 しばらく適当な話をしていると、女中が膳に載った晩御飯を運んできた。なんとも江戸時代の雰囲気が出ている。しかし、焼き魚やみそ汁などの和風の料理に混じって、小さいピザのような料理や、チーズなんかの西洋風の料理がある。こういう細かいところからも、この世界の日本は自分の知っている日本とは違うことが思い知らされる。




「最近は工場の排水がひどくて、この辺じゃお魚がとれなくなったんです。それで遠くのお魚しか手に入らないから、刺身じゃなくて焼き魚しか出せないんですよ。ごめんなさいね」


 と、江戸時代らしからぬことをはつさんが言った。「余計な事ば言うな」と治助さんが言う。膳が全員にいきわたったところで、


「さあ、食べるバイ、いただきます」


と治助さんがいい、食事の時間が始まった。




 食事中は治助さんの子供が話の主導権を握った。特に長女の市子が話の中心に居座っていた。治助さんはそんな家族をいとおし気に見つめていた。




 食事が終わると、はつさんと子供たちは床の間を出ていった。おそらくもう眠るのだろう。女中は膳の上の皿を片づけると、日本酒とつまみを持ってきた。




 女中が下がったあと、治助さんは


「さあ、ここからがお楽しみやね」


 といって、俺と兵介に酒を注いだ。俺は遊郭で深酒して潰れたから知らなかったが、兵介はかなりの下戸らしく、三杯ほど飲んだら寝込んでしまった。数えで17だったらまだ鍛えられてないだけかもしれない。




 兵介が寝込んだのを見て、治助さんは、


「これでようやく邪魔者がおらんくなったバイ。外にでるぞ」


 といって、俺を外に連れ出した。月は欠けていたが、星空は綺麗だった。ただ、満点の星空というわけでもない。工場の煙のせいだろう。




 外にはテニスコートのようなスペースがあった。


「もしかして、テニスコートですか?」


「そうやな、テニスはそっちの世界にもあるんか。西洋風の庭園をこしらえとる金持ちは日本にもようおるばってん、テニスコートをつくっとるのは少ない。西洋人は偽物の庭園よりもテニスコートに食いつくから、接待にはこっちの方が都合がいいんや」


 やっぱりこの人は頭がいいと思った。


「それに、こうだだっ広い空間があると密談に最適なんよ。船の上も家のな中も、どこから誰に聞かれるかわからんしな」




「ならどうして船の上で、あんなことを言ったんですか?」


 誰に聞かれるかわからないと言っておきながら、治助さんは船の上で自由主義者だと宣言したことを、俺はいぶかしんだ。




「幕府はたぶん儂が自由主義者やということに気づいとる。というか海外と交易しとる商人に自由主義者は少なくない。ただ、儂らが持ってくる銭で幕府は成り立っとるし、幕府が交易を認めて色々と便宜を図ってくれとるおかげで儂らは銭を稼げとる。幕府が飼っとる軍隊がきっちり面倒見てくれな、海賊がうようよするようになるんよ。昔は交易商人は海賊とあんまりかわらんかったばってん、もうそんな時代じゃなか。海賊が増えたらまともな商売もできんくなる。言うたら儂ら自由主義商人と幕府は、正反対の方向を向きながら互いにおんぶにだっこなんよ」


 なるほどと思った。治助さんは続ける。


「ただ、今から貴様きさんにしてもらおうと思っとる話は、幕府に聞かれたらならんけん、ここに貴様きさんを連れ出したったい。幕府はどうやって潰れたんか、その後の日本はどうやって新しい政府を作り上げたか、その後の歴史はどうなったか教えてほしい」




 この人は歴史を動かすつもりなんだと悟った。

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