第六話 こりゃめでたい
水夫たちが色めき立って街に繰り出すのを見届けると、おっさんは港の人に船の警備をお願いして、俺と兵介、それに加えて3人の部下を連れた計6人で街に繰り出した。
もちろん行き先は遊郭である。俺は童貞だが。
おっさんは店に入ると、何人も女の人を呼びつけた。しばらくたって料理と酒と共に6人の女が入ってきた。おっさんは常連らしく、嬢は親し気におっさんに話しかけた。
「お久しぶりー喜右衛門さん。なんでここのところ来てくれはんかったん」
そう言えば俺はおっさんの名前を知らなかった。おっさんは喜右衛門というらしい。
「むくれんといてくれよー。楽しみにしとったんやから、はなちゃーん」
おっさんもとい喜右衛門さんはデレデレしている。兵介や他の部下たちもそれぞれデレデレしていた。俺にも一人、さくらという源氏名の遊女がついた。丸っこい目にぷっくりとした唇をしている。
「あら、散切り頭なんてめずらしい。お勤めごくろうさん。それにしても緊張してはるのん?」
「う、うん」
「そんなに緊張するって、もしかしてお兄さん初物?」
散切り頭云々については不本意だ。ただ、さくらの微笑みを含んだ上目遣いに、俺は言葉に窮した。自分が初物だと申告するのは、プライドが許さない。しかし、言葉に窮した時点で、もうそれは申告しているようなものだった。喜右衛門さんが目ざとく気付き、声をかけてきた。
「おい、貴様まだ初物ね。その縮こまりようやと、女に興味がないわけでもなさそうやね。こりゃめでたい。今日はめでたい日バイ。さあ、皆お祝いするバイ!」
そう言っておっさんは音頭を取り、部下たちと調子を合わせてはやし立ててきた。
俺は恥ずかしさのあまり顔に熱さを覚えた。苦し紛れに酒をがぶ飲みする。酔っぱらって恥ずかしさを紛らわせているうちに、深酔いしてしまった。
気付いたら俺は個室にいて、さくらと同じ布団に寝ていた。服は着たままだ。貞操は無事だったのだろうか。さくらはしばらく寝息を立てていたが、俺が起き上がった時に気付いたらしく、目を覚まして、
「なあ、結局せーへんの?」
とたずねてきた。どうやら俺はそのまま酔いつぶれて寝てしまったらしい。
「あー、うん、どうしよっか」
「なんで迷うん。さっきはうちが悪かったっておもっとうんよ。隆弘さんに恥かかせてもうたし」
さくらは俺の名前を知っていた。喜右衛門さんが教えたのだろう。
「いや、怒ってるわけやないけど、まあ、さくらちゃんもつかれてるやろうし、いいかなって」
目の前にチャンスがあるのに手を出せないのが、童貞くさい。そんな俺をみて、さくらは責めるように言ってきた。
「うちらはね、それをするのが仕事なんよ。あんたら商人さんが物を売り買いするのと一緒やねん。生きるために仕事してんねん。せやから、あんたがしてくれへんかったら、うちは仕事をできへんってことやねん」
ここまで言われたら、するしかない。俺は覚悟を決めた。
素人童貞にクラスアップした俺に、さくらが話しかけてきた。
「喜右衛門さんがいってはったけど、大変な目にあったてのはほんまやったんやね。ひどい痣と傷や」
拷問の時に受けた傷がまだ残っていた。1日しかたっていないから、治っている方がおかしいのだが。
「うん、あのおっさんのせいなんやけどね」
と答える。あの人に拾われて拷問を受けたのは事実だ。ただ、あの人のおかげで何とか行倒れを避け、こんないい思いをできたのも事実だ。
「昨日のうちはちょっと恨んでたけど、あの人に拾われてなかったらもっとひどい目にあってただろうから、これでよかったと思ってるよ」
と付け足した。さくらは、それを聞いて
「よかったあ。隆弘さんが潰れたあと、喜右衛門さんがゆってはったんよ『儂はこいつにひどいことをしたけん、そのわびによか思いさせてやろうとおもっちょったら、寝てもうた。どげんすればいいんやろ』って。もう恨んでないんやったらよかったわあ」
と、安心したようにいった。どうやら俺は喜右衛門さんの作戦にまんまとハマってしまったらしい。まあ、これでいいのだろう。
その後しばらく、さくらとおしゃべりしていたら、朝を告げる鐘がなった。
「じゃあね、隆弘さん。この鐘の音がなったらおしまいやねん。また今度も来てね」
おれは着物を着ようと思って、はっと気づいた。着物の着方はまだわからない。
「ちょっと待って」
退勤しようとするさくらを呼び止める。
「もう終わりやって、続きはまた今度来てからやろうてゆうてるやん」
「いや、違うんよ。着物の着方がわからんから、手伝ってくれん?」
さくらは呆れていたが、俺がそういう趣味をもっている客だということで合点したのか、着物を着せてくれた。