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私文商会  作者: オブロンスキー
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第五話 いいお店

おっさんは書類に目を通し終えると、机の下の引き出しから上質な紙を取り出し、羽ペンで英語の文章を書き付けた。筆記体だから俺には読めない。


「ほれ、読んでみ。アルバートさんに宛てたわび状バイ。昨日、貴様がおったせいであの人がややこしいことに巻き込まれたけん、案内役の儂が頭下げなならん。貴様の値段はあの妙な服と、わび状一枚たい」


 


 読めと言われたが、読めるわけがない。


「すいません、読めないです」


「昨日は読めとったやないか」


「いや、その、印刷された文字は読めるんですけど、筆記体は読めないんですよ」


 俺の言葉を聞いて、おっさんは妙な顔をしたが、すぐに合点がいったような表情に変わった。


「なるほど、貴様のおった時代では、文字は普通は印刷ってことか」


 このおっさんは、相当頭が切れる方かもしれない。たったこれだけの会話で、俺の時代の状況を即座に推測してくる。




「とりあえずこの手紙をアルバートさんに渡してくるわ。儂が戻ってきたら出航するバイ。それまでに水夫とか儂の部下たちと話しといてや」


そう言っておっさんは机から立ち上がり、部屋から出た。


「なにぼーっとしとるん。ついてこんね」


 おっさんについていくと、一人の若い男がおっさんに挨拶してきた。おっさんは挨拶を返すと、


「おし、兵介、こいつが例の妙な大男バイ。ちょっと船の中ば案内してやっちゃらんね」


 と言った。兵介と呼ばれた方は


「わかりやした。いやあ、散切り頭とは気合いがはいってやすね。どんな悪いことをしたんでやすか?」


 と威勢のいい声で答えた。聞くと、散切り頭と言うのは元犯罪者を示す印らしい。牢屋に入れられるときに丸刈りにされ、そこの状態から髪をのばしていると解釈されるようだ。見に覚えのない盗みで捕まっただけです、と適当な嘘をついた。





 兵介は俺を船の中のいろんなところに連れまわしながら、商船や航海についての知識を話してくれた。


「この船はジャンク船って種類ですわ。唐船からぶねって呼ぶ人もおるんですが、唐や西洋の方じゃジャンクっていうから、異人と関わる商人はだいたいジャンクって呼んでやすわ。この船はだいぶんでかい方でやして、四千五百石(約800トン)も積めやすぜ」




「水夫の人らとは仲良くした方がいいでやすぜ。たまに水夫を見下すお武家さんや豪商がおるんでやすけど、万が一の時にそういう人らは助けてもらえねえし、もし水夫が立身出世して偉くなったら、でかい商売のタネを失うことになりやす」




「今からこの西宮をでて、近場でやすけど、いったん灘でとまりますぜ。そこで酒を積んで、その後はちょっと移動して、そこからはお楽しみでやすぜ…… まあ、六甲から吹き降ろす風にうまく乗っかれればすぐにつきますわ。最終的な目的地は博多でやすけど、4日か5日、下手したら7日ってところでやすね。瀬戸内は風が弱いからどうしても日数がかかっちまう」




「最近天竺で反乱が増えたってことで、いーすとえいじゃこんぱにが大坂に武器の買い付けにきてやして、旦那さんは武器商人で、大阪にもいーすとえいじゃこんぱににも顔が利くから、その間を取り持つ意味で私らは関西に来たんでやすよ。アルバートさんが帰りに西宮の厄神さんを見てみたいって言い出して、それがおわったら私ら昨日のうちに博多に戻るために出航する、いーすとえいじゃこんぱにはしばらくこの辺にとどまって地元の工芸品を物色する、ってことで解散する予定だったんでやす。ところが昨日あんたを捕まえたせいで、昨日は出航できなかったんでやす」




「あんたは今のところ特に仕事はないでしょうね。まあ、旦那さんから商売について教えてもらったり、本を読んで勉強するなりしとけばいいとおもいますぜ」




 色々と教えてもらいながら、俺は船内にあるものを観察していた。積み荷は鉄鋼や繊維の他には、樽や俵に入っていて、何が入っているかよくわからなかったが、臭いからして味噌や醤油などがつんであるらしい。銃や刀も丁寧に積まれていた。




 そうこうしているうちにおっさんが戻ってきた。威勢のいい声をかけて、船が動き出す。ジャンク船は六甲おろしをうまくとらえたらしく、軽快に進んだ。一時間半もすれば目的地の灘に到着し、港に入った。


 灘にはおっさんが懇意にしている酒問屋があるらしく、港につくなりさっそく酒を積み始めた。本来は昨日のうちに灘に寄って積む予定だったらしいのだが、俺を捕まえたせいで遅れてしまったらしい。「この一日余計にかかった分も、貴様の値段に含まれるな。その分しっかり働いてもらうけんな」と言われ、俺は酒を積む作業を手伝わされた。そういえばバイト先の居酒屋でもビール樽を運ぶ仕事をしていたな、なんて思い出す。




 昼下がりには積み込み作業が終わり、問屋に見送られてまた船は出航した。一時間もしないうちにまた別の港に入る。おそらく神戸だろう。西宮や灘とは比べ物にならない数の船が停泊している。陸地にある建物も日本風の建築に混じって洋風建築が混ざっている。海の上からも町が活気づいているのがわかる。


 接岸した瞬間、水夫たちが妙に色めき立った。




 おっさんが声を張り上げた。


「さあ、皆楽しんで来い!! 神戸では見張りは港の人がやってくれるけん、今晩は見張り番もなしバイ!」


 俺は大学の授業で教授が言っていたことを思い出した。『今からいうことはセクハラじゃないからね! 立派な経済学に関わるお話だからね! 人、というか男が集まる場所にはそういうイイお店ができる。神戸も開港したとたんにそういうお店が集まった。それを明治時代に整備したのがいわゆる福原だ』つまり、この世界でも神戸は海外に開かれていて、そういうイイお店が集まっているのだろう。




 なるほど、だから灘に泊らず、わざわざ神戸まで来たのかと納得した。ただ問題がある。まだ俺は童貞だ。

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