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私文商会  作者: オブロンスキー
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第二話 アイキャントスピークイングリッシュ

「おい、にーちゃん、大丈夫ね?起きんさい」


 という声が聞こえたかと思ったら、いきなり体をゆすられた。目を覚まと、着物に身を包んだおっさんと、腰に刀を差した男たちがいて、その後ろに馬に乗った中年くらいの外人がいた。外人は昔のヨーロッパ風のスーツのような服を着ている。半ズボンが妙にダサい。




「おう、起きたバイ。厄神さんにお参りに行った後やけん、行き倒れをほっといたら罰が当たりそうやったけん声ばかけてみたけど、案外元気そうやね。うまい乞食の手口バイ」


 懐かしい地元の言葉で話しかけてくるそのおっさんに、俺は当惑していた。なんでこんな格好をしているのだろうか。カンガクの近くには門徒厄神という有名な神社があって、遠方からお参りに来る人はいるのだが、コスプレをしてお参りしたら罰があたるのじゃないか。そもそも福岡から神戸西宮まできて、コスプレをして厄神さんにお参りなんてする意図がつかめない。


 混乱している俺をよそに、おっさんは外人と英語で話し始めた。典型的なカタカナ英語だが、外人は聞き取れているらしい。外人の方の英語はおそらくイギリス訛りというやつだろう。大学一回生のときに受けた英語の授業で聞いたイギリス英語と似ていた。




「にーちゃん、よかったな。アルバートさんが乞食のために銭を恵んでやるっていっとうバイ。“いーすとえいじゃこんぱに”のお偉いさんから銭を貰えるなんて運がよかたいね」


「ほんまですか。ありがたいです」


 とっさに感謝の言葉を口にしたものの、まるで意味が分からないままだ。そんな俺をよそに“アルバートさん”は馬から降りて、俺にいくらかの銭を渡し、そして英語で何かをいってきた。俺は反射的に「サンキューベリーマッチ」と答える。すると、アルバートさんは驚いた様子で、こういってきた。


「Do you speak English?」


 サンキューベリーマッチ程度ならだれでも話せるだろう。こんなんじゃ話せるうちには入らない。


「ノー、アイキャントスピークイングリッシュ」


 日本人なら誰もが口にするであろう英文を発した俺をみて、あるばーとさんはさらに驚き、まくし立ててきた。


「No, no! You can speak English ! Can you read letters?」


 文字は読めるか、とアルバートさんは言い、一冊の本を渡してきた。The Sorrows oh Young Werther と題名に書かれてある。これを読み上げればよいのだろう。


「ザ・サーローズ・オブ・ヤング・ウェーザー?」


 カタカナ英語で読み上げた後、この本は若きウェルテルの悩みのことだと気付いた。まあそれはどうでもいい。


アルバートさんは俺がアルファベットを読めることがそんなに感動的なのか、さら興奮しているようだった。しかし、それをよそにおっさんが血相を変えて俺の胸倉をつかんできた。




「おい、貴様(きさん)どこの刺客ね。フランスね?オランダね?それともどこかの大名にやとわれとるっちゃなかろーね。よく見たら妙な服ば着とるし、怪しかね。正直に言わな、くらすぞ(ぼこぼこにするぞ)」


 そう言われても、バイト先に向かってるカンガク生ですとしか言えない。バイト先に行くだけだから、スウェットとジャンパーを適当に着ているだけだ。不審者っぽいのは認めるが、特に怪しい服装でもないだろう。着物を着ているおっさんや、変なスーツのようなものを着ているアルバートさんとやらの方が怪しい。コスプレするなら場所を選べ。


 こうなったら妙な人に絡まれたと観念するしかない。何も言わない方が得策だろう。しかし、アルバートさんは急に深刻な表情になり、腰に刀を差した男たちに守られるように後ろに下がった。


 


 おっさんは何も言わない俺を二、三発ぶん殴ったあと、刀を差している男たちに言いつけて俺を縛り上げた。


「よし!船に戻って、こいつを尋問にかけるバイ」


 と言って、おっさんと外人、その護衛と、縛り上げられた俺で構成される一行は歩き始めた。手を縛られた俺は、刀を差した男のうちの一人に引っ張られるようにして歩く羽目になった。そこで俺はようやく重大な事実に気付いた。


 俺はトラックにひかれたはずだったのに歩けているのだ。おっさんに殴られたときの傷はあるが、トラックに轢かれたときの傷がない。それに周囲を見回しても、そこにあるのは俺の知っている西宮の風景ではなかった。むしろ京都の映画村ににている。遠くにははげ山が見えたが、その輪郭はなんとなく普段から見慣れた六甲山系の山並みににている。


 訳が分からなくなった俺は周囲を見回していたが、そのキョドリ具合はおっさんをさらに怪しませ、余計に二、三発なぐられることになった。




 街に入ると、人々は縛られている俺をみてひそひそ話をしていた。「“いーすとえいじゃこんぱに”がまた刺客に狙われたんか」という声が聞こえた。いーすとえいじゃこんぱに?東インド会社か!?とその時に気付く。もしかしたら俺はとんでもない状況に巻き込まれているのかもしれない。タイムスリップというやつに!


 でもなんでだ?東インド会社が活動していた期間は、日本が鎖国をしていた期間と重なっているはずだ。鎖国の前の時代なら、東インド会社は平戸に商館を持っていたはずだが、神戸に商館をもっているわけがない。ああそうか、ここは開国後の時代なんだ。そう考えたら納得する。でもどうやってこれをおっさんに説明しよう。そう考えたら憂鬱だ。正直に話したところで、余計に疑われるかキチガイとおもわれるかだろう。


 


 色々と考えているうちに西宮港らしき港に着いた。大きな帆船に乗り込む。さすがは東インド会社だ、大砲などの武器が至る所に設置されていて、商船というよりは軍艦という雰囲気が色濃い。おっさんはイギリス人らしき人たちと何やら話し込んでいた。おっさんの言っていることは少しはわかるが、イギリス人たちの英語はちんぷんかんぷんだ。




 俺は帆船の中にある牢屋にぶち込まれた。カビやらなにやらの臭いがキツイ。死体が腐ったようなにおいも混じっている。これから俺は拷問を受けるのだろうか。たしかに陸地にある商館よりも、海の上にある船の方が拷問には適していそうだ。




 ただ、おっさんはあくまで「尋問」と言っていた。出来れば尋問がいいな、と思っていたが、現実は甘くなかった。

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