2話 『カノンはエルフです』
クエストを終えたカノンたち。竜の卵は大きく、フューズは帰り道の途中で疲れてしまったようだ。
「大丈夫? フューズ、息荒いよ」
「カノン」
(この子、私のこと気遣って――)
「待ち切れないんだね。分かるよその気持ち!」
「報酬に興奮してるんじゃないわよ! それとヨダレぇ!」
ツッコむ気力はあるようだ。
【気遣い】
「フューズさん、卵、お持ちしましょうか?」
「いや、悪いよ」
「友人を助けることも、わたくしの美学ですわ」
「そっか、それじゃあお願い」
「ええ。しょっと」
「やっぱ竜を殴り倒した馬鹿力だと軽そうだね」
フューズのツッコミ、もといチョークスリーパーがカノンを襲う。
「ちょ! ギブギブ、待って!」
「代わりにやっといた」
「助かりますわ」
【何に使うの?】
町に戻ってきた一行。依頼主の洋食屋へ出向いた。
「おっちゃん! 持って来たぞ」
「おうカノンちゃん。無理だと思ってたぞ」
「だったら受けたりしませんよぉ」
(調子いいなぁ)
「ところでおっちゃん」
「うん?」
「竜の卵なんて何に使うの? オムライス? それともケーキとか」
「ふっふっふ、聞いて驚くなよ? ナポリタンだ!」
(――え? どこに使うの?)
【食レポ】
「あんがとなぁカノンちゃん。ほい、約束の出来立てだ」
「わーい! いっただっきまーす」
各々が口へ運び、一同感想を述べる。
「どうだ?」
「意外に」
「うまい!」
「だね」
「美味ですわ。ええ、とても。トマトの酸味を卵がまろやかにして、うま味が強調されていますわ。オムライスのように包むのではなく、鉄皿を使用して下に流し入れる調理法がポイントですわね。最後まで暖かいままでいただけますわ。具材は食感が保たれ、噛む度に伝わる音は手を進める。ほぐれた卵がそれらをまとめ、一口に満足感を与えてくれますわ」
(美食家かぁ)
スナッファー。彼女は、お嬢様である。
「うん、うまい!」
「アンタ語彙力ないわね」
カノン。彼女の頭は、お粗末様である。
【これが試作品】
「ごちそうさま。上手かったぞおっちゃん!」
「そいつは良かった! これで客足が戻る」
「え?」
不穏な言葉に思わずフューズの声が漏れる。
「お客さん来てないんですか?」
「ああ実を言うとな。近場にレストランができちまって、目玉商品を考えてたんだ」
「そうなんですか」
「だから最初は巨大な目玉焼きを作ろうとしてたんだが」
「は?」
「そう。そんな顔でうちの店員に止められた」
(そりゃそうだよ)
店長の頭もご愁傷様である。
【心を落とす】
「おっちゃん!」
「ん? どうしたカノンちゃん」
「この際だから他にも作ろう」
カノンの瞳と口元が輝く。
「アンタ自分が食べたいだけでしょ」
真面目に唸る店長。
「よし、そうだな」
「え」
「おっちゃん!」
「そうと決まれば試作だ試作!」
「おー」
異様な盛り上がりを聞き慌てる定員。
「ちょっと店長! そんな勝手に」
店長とカノンは意に介さず厨房を占領する。洋食店フォールハート、現状落ちるのは収益のみ。
【よくきく料理】
「またねぇ、おっちゃん」
ごちそうになった一行は店を後にした。
「それにしても、荒らすだけ荒らして帰って来たわねアンタ」
「えぇ? ちゃんと手伝ったよ」
「雑草で黒い流体生み出しといてよく言うわね」
「栄養たっぷりの野菜スープだよぉ」
「僕が見てた限り、食わされた店の人、鼻血と泡吹いて倒れてたけどね」
「とっても温まったんだね」
「ポジティブ過ぎない?」
【お仕事完了】
「それじゃあ僕はクエストの達成報告してくるよ」
「あ、私も行く。おっちゃんのまだ報告してなーい」
カノンとウィールは、フューズ、スナッファーと一旦別れて登録所に向かう。
「それにしても、流石はウィールだよね。用意周到ってやつ? 報酬もがっぽりだね」
「カノンは役になってなかったから分け前ないよ」
途端に足を止めたカノン。ウィールもそっと振り返る。
「なんて顔してるんだよ。冗談だって。カノンってそんなにお金好きだっけ?」
「私の……ね……」
「何て?」
「私の、寝て過ごすお金が」
「僕は今、心底本当に渡したくないと思っているよ」
【待ち時間】
二人の帰りを待つフューズとスナッファー。少し手持ち無沙汰なフューズに、スナッファーが恥ずかしそうに声を掛ける。
「あのぉ、フューズさん」
「どうしたの?」
「先程の食事のせいか、そのぉ……」
目をギュッと、口をもごもご、脚をもじもじ。
「わ、わたくしのお相手、お願いできますか?」
【どこで何を】
報酬を受け取ったカノンたちが帰ってきた。
「あれぇ? 二人ともいないねぇ」
「何かあったのかな。あの二人なら心配ないだろうけど」
「……ま……、やめ……」
「フューズ?」
「あの物陰からだね」
わざわざ見えない場所にいたこともあり、聞き耳を立ててゆっくりと近付く二人。良く聞こえる距離まで行くと、スナッファーの声も分かった。が、フューズの声は震えていた。
「お願い。待って、スナッファ、あっ」
「もう、我慢できませんわ」
「ちょっと、痛いよ。そんな慌てな、ん」
(君らそんなとこで何をやっとるかぁ!)
【見たらダメ!】
「ちょっと二人ともそこで何やって――」
「スナッファー痛いって! ちょっと口緩めて」
「あと少し、もう少しですから」
スナッファーがフューズの腕にかみついていた。
「何してんの」
「ふぇ! カ、カノンさん?」
スナッファーの白い肌が真っ赤に茹で上がる。
「もうお嫁に行けませんわ!」
「あー、うん。よしよし」
彼女の頭をなでるフューズ。
(え、何これ。私が悪いの?)
【午後の授業である奴】
「それで、僕たちがいない間に何があったの?」
「魔力供給よ。さっき食べたから魔力が胃に行っちゃったみたいで、頭がぼーっとするからって頼まれたの」
「うう、すぐに治ると思いましたのに」
「クエストの後だったし、仕方ないわよ」
「高校以来の屈辱ですわ!」
スナッファーは頻繁に午後の最初の授業を寝過ごす。フューズと出会うまでに貼られたレッテルは、彼女いわく数少ない汚点らしい。
【遠慮はご遠慮】
スナッファーが落ち着いたところで、ウィールとカノンは報酬を取り出した。
「まずは大きい方から配ろうか。はい」
ワイバーン討伐の報酬はそれなりの額があり、四人に等しく分けても十分な量だ。
「じゃあ次は私だね」
「店長さん、金貨もくれるのね」
「うーんとぉ、二十五枚。少ないねぇ」
「いや、それより」
(割り切れない)
「じゃあここは依頼を受けた私が――」
「それはない」
「ですわね」
「うん」
カノン、滅多打ちで沈黙。
【お疲れ様】
結局金貨はウィールの手に渡った。
「じゃあ僕はこの辺で。また何かあったら言って」
「襲われないでよぉ」
「一言多い」
「わたくしも失礼します。皆さん、また」
「うん」
「お疲れ様」
「襲わないでよぉ?」
(耐えるんだスナッファー! 本来の意味で襲ってしまう! 炎漏れてるけど耐えるんだ!)
【KANONELF】
他の二名と解散したフューズとカノン。二人もそれぞれの家路に着くところだ。
「フューズ、明日早いんだってね。頑張って!」
「ええ、アンタもたまには早く起きなさいよ」
「ふっふっふ、それは聞けないよ」
「いや、なんでよ」
「私がカノンでエルフだからだよ」
「その頭はあれだけ眠っても寝不足なのかしら?」
「それが普通なんだよ。なんたって私はカノン、エルフ。そう、"かの寝ルフ"。つまり、眠り状態が正常なんだよ!」
「アンタ永眠させるわよ!」