09話 闇市場での実演販売
課外授業から数日後。
今日の目的は闇市場。
教師に場所を特定されないように、開催場所は毎回変わる。
場所、日時、市場の目玉といった情報は、信頼できる者だけに限定され、紙で伝達される。
紙を受け取った者は次の同志に手渡しで渡す。
さりげなく、他の誰にも悟られないようにだ。
そんな秘密裏に行われる閉鎖的な闇市場のはずなのに、明らかに部外者が紛れ込もうとしている。
「ルナ、どうしたんだよ?」
「どうしたって、何が?」
「何がって、今日部屋でてきてからずっとついてきてるよな?」
女子寮は男子禁制。
だが、女子は男子寮を行き来することは明確なる禁止はない。
女子が男子寮に入るのは結構自由だ。
しかし、だからといって、部屋の前で座って待ち伏するのはアウトなんじゃないだろうか。
特に禁止されているわけではないが、そのまま無言でここまで背中を追いかけてきたのは正直、ちょっと怖かった。
「偶然よ」
「そ、そうですか……」
その言い訳は苦しいが、まあ、どうでもいい。
ついてきたものはしかたない。
「先に言っておくが……。ここに来たこととか、ここにいるメンツについて他の場所で話すなよ。ここの秘密は特定の人間との信頼関係で成り立っているんだ。少しでも口を滑らせたら闇市は破綻する。もしも、物見遊山程度の気持ちでここに来ているんだったら、さっさとどこかに行け。今なら間に合う」
「……悪いことしている癖に、偉そうにペラペラと……」
「おい、小声で呟いているが、バッチリ聴こえるぞ」
「分かったわよ。他言無用。それでいいんでしょ?」
「む、むかつくなあ、こいつ……」
ラックスが歩いていくと、売り場として指定された場所に着く。
今回の闇市に参加できるのは、生徒だけ。
大人の、商売のプロである商人がいるわけじゃない。
だから、厳格な決まりがあるわけではないが、だからといって、好き勝手に商売していいというわけではない。
場所は各自決められたスペースで商売を行う。
事前に何を売買するかも申請しないと参加できないし、出店料も事前に支払わないといけない。
そして、最低限の礼儀も必要となる。
「今日はよろしく」
「あ。ども」
お隣さんにご挨拶して、返答はしてくれたもののそっけない。
通常、出店の並びは、お客さんが欲しいものをすぐに見つけられるように考慮される。そのせいか、隣の奴も、女子の写真を撮っている。
しかし、風呂場の突入メンバーでもないのに、風呂場の写真がある。
どうやら、闇市が始まる前に誰かから仕入れたらしい。
別に責めるわけではなく、それは当たり前のことだ。
ラックスは結局没収された写真をほとんど回収できなかった。欲しい写真はこの日のために金を出して手に入れるか、もしくは他の写真でトレードして手に入れた。
複数人の出店責任者と事前に出会ったからこそ分かるのは、隣の奴の凄さ。
ちゃんと何が今売れるかを理解した上での先行投資。
興味本位で来ちゃいました! 的な売り手ではなく、ガチな商売敵のようだ。
だからこそ、挨拶したらすぐに眼を下に向けて、写真を並び直したのだろう。
隣同士だからといって、仲良く談笑できるわけがない。
遊びできている訳じゃない。
周りに見えるだけでも、三十ほどの店が並んでいる。
その全てがライバルなのだ。
フツフツと、胸の中で熱い闘志が燃えてきた。
なのに――
「うわっ。想像以上に最悪……」
ラックスが並べ始めた写真を見たルナが、冷や水を浴びせてくる。
分かっていない。
ほんとうに、何も分かっていない。
この熱さを、どうして理解できないのか。
「ん? どうして、男の人の写真もあるの?」
女の子の裸に近い写真ばかりで気味が悪そうだったルナが、ようやくそれ以外の写真にも気がつく。
「あのなあ。別に男だけが異性に興味あるわけじゃないんだ。闇市の客はな、女だってくるんだから、その需要をおさえておかないといけないだろ。男の写真だったら比較的簡単に撮れるしな。他の奴らは男の写真なんてほとんど撮ってないから、市場価値は女の写真よりある。だから、ある意味こっちの方がメインでもある」
決められたスペースに写真を並べていくだけじゃ、他の店と差別化ができない。
にょきにょきと、イティの『暴飲暴植』で植物を生やすと、写真たてを作る。
イティの『特異魔法』をこんな使い方してるのが本人にばれたら、怒られそうだ。
下に写真を置くよりも、人目を引くよう目の高さに持っていた方が売れるはずだ。
その効果があったのか、まだ並び終わっていないのにさっそく、
「すいませーん。これ、いくらですか?」
「えっ!」
ルナが飛び上がる。
どうやら、初めてのお客さんは女性のようだ。
商品の値段はそれぞれの店で決める。
時には金ではなく、物々交換で済ませてしまう時さえある。
価格交渉。
さあ、ここからが腕の見せ所だ。
「バルゼ銀貨で……。そうですね。これで、どうですか?」
指を五つほど上げる。
普通の写真としてならば割高だが、この写真にはそれぐらいの価値はある。
だが、相手もできるだけ値切りたいのか、すぐさまは納得しない。
「えっ、でも、せめて……これでっ!」
相手側は三本の指を上げる。
それでもこちらに利益はあるが、このまま首肯するだけでは商売人失格だ。
「うーん。ですが、他にこれ売ってないんで、バルゼ銀貨四枚と、パカ銅貨八枚。最低でもそれぐらいは欲しいですね」
「ううっ。じゃあ、これでっ!!」
左指が三本。右指が二本。
つまりは、バルゼ銀貨三枚と、パカ銅貨二枚というわけか。
いや、もう少しだけ値段は上げたい。
「これで」
右指を三本、左指を五本を上げると、
「――買いますっ!!」
喜色満面で女性客は声を上げる。
「ありがとうございましたー」
交渉成立して、彼女が視界から消えた後。
周りに聴こえないよう、今のところお荷物――いや、それどころかお荷物以下にしかなっていないルナに小声でささやく。
「さっきみたいに驚いた態度は厳禁だ。商品が商品なだけに、買いづらいからな。今みたいな態度だと、客が引くかもしれない。次やったら、今度こそどっかに言ってもらうぞ」
「こ、こっちはあんたのためにわざわざこうして……」
「どうした?」
「わかった。あんたの言うとおりにするっ!!」
「……なんか変だな。今日は妙にしおらしいというか。可愛いというか……」
「か、可愛いっ!?」
「全然、ルナらしくないな……」
「それ、どういう意味よっ!!」
ルナは顔色を窺われないようにそっぽを向く。
(うーん。こういうところはいつも通りなんだけど、どうも先ほどから妙に絡んでくるのが気になるな)
「な、なによ!?」
「もしかして、イティに何か吹き込まれたか?」
「えっ……」
「この前、ルナだけ何か言われてたみたいだしな。あのお節介なイティのことだから、俺のことを監視してろとか、言うことを聴いてやれとか、頼まれたんじゃないのか?」
「そ、そんなことはないわ、よ?」
これは、完全に黒だ。
嘘が下手とかいうレベルじゃないほど、態度に出やすい。
「そうか、ならいいんだ」
嫌な予感がする。
これ以上は、聴かない方がいい。藪をつついて大蛇でも飛び出してきたら大変なので、適当に応対しておく。
(今はそれよりも、大事なことがあるしな)
ルナを被写体に、写真を撮るという大事なことが。
「ちょ、ちょっと。なんで、いきなり私の写真撮ってんのよ?」
「大丈夫。売ったりはしないから」
嘘をつくというなら、それを最大限利用してやろう。
どうやら、こちらの願いをむげにできない様子。
ならば、写真を撮るぐらい許してくれるだろう。
撮った写真をビリビリに破ることも、だ。
「こ、今度はなんで写真破ってんのよ?」
「『実演販売』だよ」
「ジツ、えっ、なによ? それ?」
「こういうことを、実演販売っていうんだ」
破った写真と、持ちこんだラックス自身が写りこんだ写真の二枚を破った。
そして、その破った二枚を一枚に合わせる。
「俺の『特異魔法』なら可能なんだよ。写真と写真を掛け合わせて、全く新しい写真を造りだすことが。そんな技術なんて未だにないが、もしもこの写真を名づけるなら『合成写真』っていったところか」
二枚の写真が一枚になって、不要となる部分は削った。
できあがった合成写真には、ラックスとルナのツーショットが完成した。
違和感のないようにしっかりと仕上げることができた。
これの凄いところは、普段は喋ることすらできないような自分の憧れの異性と、親し気に映れてしまうということだ。
「どうだっ!! これが『自分の好きな子と俺が一緒の写真写れちゃう写真』だっ!!」
「す、好きな子!?」
「何慌ててんだよ。こっちの方が照れるだろ。ただの言葉のあやだよ。こうすれば、どんな写真でも、自分の好きなような合成できる」
「そ、そういうことね。でも、こんなもの誰が欲しがる――」
ルナの批判めいた言葉なんて、押し寄せ来た客が言わせない。
「それって、私もできるんですか!? い、いくらですかっ!?」
「『合成写真』を作るだけなら、バルゼ銀貨八枚でやります。今すぐここで写真を撮ってそれを合成したいなら、プラス、バルゼ銀貨二枚だけでいい。自分の持っている写真と合成したらいなら、それも可能です。持ち込みの写真はあなたのものなので、もちろんその分はタダということになりますね。手持ちがないのなら、ここにある写真を買って合成してもいいです」
相手の持っている写真を使うということは、その分、金を取れなくなってしまう。
が、最終的な利益を見据えるならば、客の持ち込んだ写真を使えるという選択肢を広げることが、より大きな儲けへ繋がるはずだ。選択肢を広げるということは、客層を広げるということなのだから。
商売で最も大切なこと――それは、客の立場になって考えることだ。
――俺の店の写真を買わないと、絶対に合成してやらないぞ――と言われて、ムッとしないわけがない。
とにかく、気持ちよく、買ってもらうことが最重要事項なのだ。
「ま、待ってくださいっ!! じゃ、じゃあ、これと、これを」
「わ、私もっ!! これ欲しいですっ!!」
「ちょ、先に言ったのは私ですっ!!」
客同士で一つの写真を、どちらが買うかで揉めだした。
「待ってください。とりあえず欲しいものがかち合ったら高く買ってくれる方に売ります。だから、お二人とも話し合ってください」
競売になれば、より高くで売れるはず。
二人の客は火花をバチバチとさせて、
「私は、バルゼ銀貨五枚でっ!!」
「だったら、私はバルゼ銀貨六枚っ!!」
二人で争い始めた。
それを皮切りに、
「おい。これは俺のだって!!」
「じゃあ、俺はバルゼ銀貨七枚で買うっ!!」
「なにっ!? じゃあ、俺はコーゼル金貨一枚だっ!!」
いろんなところで、普通の写真が高騰していく。
予想以上に滑り出しが順調だ。
他の誰にもできない合成写真が、思いの外客にウケたのもの良かった。
だが、売れた一要素として、もっとも意外だったのは、きっと飛び入りで参加してくれたルナだ。
彼女の功績も大きい。
女性客がいるとはいえ、ここにいる客の割合は男性客の方が圧倒的に大きい。
だから、男が売り手側だと、異性の写真を買うのにどうしても尻込みしてしまい、女性の商売人のところに引き寄せられてしまう客も少なくない。
だが、ルナがいるだけで、同性は立ち入りやすいのだ。
思わぬ副産物。
ルナは気がついていないようだが、彼女のお蔭でかなりの収益が見込めそうだ。
もしも売れないのならば、客に金を渡して、
「うわ、なにこの合成写真ってやつ、すごーいっ!! ほしぃっ!!」
とわざとらしく大声で言ってもらうつもりだった。
だが、この分だと、そんな演出など必要ない。
「嘘っ……」
「おい、ルナ。どうせだったら手伝え。俺一人じゃさばききれないっっ!! 客の列を作ってくれっ!!」
素人のルナの手も借りたいぐらいに、客で混雑してきた。
金の受け渡しはできなくとも、せめて列の整理ぐらいはしてもらわないことには収拾がつかない。
「どうして、こんなことに……」
がっくしと、肩を落とすルナ。
あまりの客の多さに流石に手伝わざるを得ないと思ったのが、少しばかり嘆息をつくとすぐに動き出してくれた。