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ダンジョンランカー  作者: 魔桜
神様の箱庭編 2
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07話 変幻自在な婚約者のご挨拶

 イティの研究室。

 そこで待っていたのは、イティだけじゃない。

 ラックスの婚約者と、その傍に立っている護衛の人間だった。

 部屋に入った瞬間、婚約者が興奮したように両腕を広げる。

「まあまあまあまあ」

 牛のように突進しながら抱きついてきそうだったので、ひらりと身を翻すようにして躱す。

 ゴンッ、と頭を壁にぶつける。頭からはちょっとばかり血が出ている気がするが、まるで何もなかったかのように振り返ってくる。

「ラックス様、お久しぶりです。お変わりなく凛々しいお顔をしていますね」

 スカートの裾をつかみながら、お辞儀される。

「そ、そちらこそ、変わらず元気だな。久しぶり」

 フォーメル。

 モルゼの家の末娘。

 年齢は十二歳ぐらいだったか。

 大きめのドレスを着こんで精一杯背伸びしているせいか、見た目はもっと子どもに見える。

 子ども扱いするとよく怒るが、甘ったるい声をするのであまり怖くない。

 両親の愛情いっぱいに育てられたようで、こっちがどんな皮肉を言っても耳を貸さない。

 悪く言うと、超がつくほどのわがまま箱入り娘。

 牛どころか、猪のように押しが強い彼女に苦手意識がないと言えば、嘘になってしまうだろう。

「いやだ、もう。ラックス様ったら、昔と変わらずわたくしが最高に可愛いなんてぇ。もう、口がお上手です」

「……そんなことは一言も言っていないけどな」

 結んでいる後ろ髪を揺らして、照れるように両手を頬に当てる。

 むにゅっ、と指が頬に深く入り込むあたり、そうとう柔らかそうな肌をしているようだ。

(め、めんどうだな、こいつは……)

 本当だったら呼び出しを無視したいぐらいだった。

 だが、名家の生まれなので、彼女を無視することもできない。

 ここに来なかったことが、フォーメルの父親に知られたら間違いなく激怒するだろう。

 そして、この学園に乗り込んでくるに違いない。

 下手したら生きたまま地面に埋められるかもしれない。

 あの溺愛っぷりを思い出すと、それぐらいのことは平気でやってきそうだ。

「流石は、ラックス様。間違いを指摘する時も、簡潔で分かりやすいです。やっぱり、本当に頭のいい方というのは、わたくしたち凡夫と同じ立場で意見ができる者のことですよね。わたくしの周りの連中はあえて難しい言葉ばかり並べて、自分を大きく見せようとするものばかりで辟易してしまいます。それに比べてラックス様はいつだって等身大の自分しか見せない!! ありのままの自分であり続けることが、この世で最も難しいことだというのに、なんて素晴らしいんでしょうっ!!」

「ま、まあ、確かにモンスターでもいるな。毛を逆立たせたり、立ち上がったりして、自分の身体を大きく見せて敵を威嚇する奴が……」

「博識ですっ! ラックス様はやはり、わたくしの婚約者としてふさわしい殿方ですっ!ああっ、ラックス様が素敵すぎて昏倒しそうです」

 過剰に褒めるせいで逆に馬鹿にしているような気さえしてくる。

 フォーメルは後ろにフラリと倒れていく。

 倒れるフリのつもりが、勢い余って、本当に倒れてしまう。

 その寸前で、腰に手を伸ばして護衛の人間が支えた。

「大丈夫ですか。お嬢様」

「ええ、大丈夫よ。ダムネ、ありがとう」

 キッと、敵意丸出しで睨んでくる。

 護衛として仕えているのは、ダムネ。

 極度の男嫌いらしいが、ここまで露骨に嫌われているのはきっとラックスぐらいなもの。どうして、こんなに嫌われているのかというと、モルゼの家の娘に手を出すと勘違いされている節があるから、きっとそのせいだろう。

 上から垂らされた糸に引っ張られているかのように、綺麗に背筋を伸ばしている。

 そのせいで、彼女はより長身に見える。

 女性だが、まるで男のように整っている容姿と恰好。

 執事服に身を包んだ男装の麗人。

 右側の前髪だけ伸ばしているせいで、右眼が隠れている。

 腰には護衛のための刀を携えているが、かなり細長く、ダムネの身長ほどある。

 ジェミニアとはある意味真逆の中性的な彼女。

 恐らく、男よりも、女性にモテそうだ。

 往来を歩くだけで、キャーキャーと声を上げられていることだろう。

「……本当に、本当に素敵すぎますけれど、素敵じゃない虫が二匹いるみたいですね。どちら様ですか? わたくしは、ラックス様としか会いたくないと申し上げたはずですが」

 声のトーンを落とした話し方で、フォーメルはにっこり笑顔を貼りつける。

「僕はジェミニア。で、こっちがルナさん。二人とも、ラックスくんに婚約者がいるなんて知らなかったから、怒るためにここに来たんだ」

「わ、私は、ただ迅速にイティ先生に課外授業が無事終わったことの報告をしようと思っただけよ!」

「なら、さっさと報告して立ち去りなさい。私は、オーシャニアン家の人間が大嫌いなんです」

「……はあ? あなた、どこの家の人間って言ったの?」

ルナが頬を引き攣らせる。

「わたくしは、モルゼ家のフォーメルです。ちょっとダンジョンアイテムの製造に成功しただけで、成り上がった元貧乏人の家で有名ですよ、あなたの家は……。まあ、田舎の辺境地で威張っているオーシャニアンでも、少しは耳にしたことがあるんじゃないのかしら?」

「ああ、モルゼ家ね。そうそう、私も聴いたことがあるわね。確か、趣味の悪い装飾の屋敷で有名なモルゼ家でしょ? あなたの家のセンスの悪さは、田舎の方にも随分評判になっているわ」

「く、口のきき方を教わっていないんですか? 家のていどがしれますね」

「あなたこそ」

 バチバチと火花を飛ばす二人に、なんて声を掛ければいいのか逡巡していると、

「それで、どうしてモルゼ家の令嬢がここに?」

 やはり、ここは年の功。

 イティがしっかりと、大人の役目をはたして場を仕切る。

「よくぞ、訊いてくれました。未来の義姉様。わたくしを救ってくれた謝礼を、まだ受け取ってもらっていないのにで、用意したのです。――ダムネ」

 パチンっ、と綺麗に指を鳴らす。

「はっ。こちらになります」

 どこから出したのか分からない袋の中身を、机の上に出す。

「コーゼル金貨、1000枚になります」

 黄金色に輝く金貨が眩しい。

 山盛りになっている反射物に眼を瞬かせながら、ルナはこちらを見やる。

「何をしたの?」

「話すと長くなるからそうとう短縮するが……。フォーメルが悪い奴と結婚しそうになってたから、それを阻止するためにフォーメルの婚約者を名乗ったんだよ」

「……それで?」

 顎を突き出しながら、物凄い怒気を発するルナ。

 なにが、そんなに彼女を怒らせているのか。

 割と真面目な性格をしているから、婚約者だと偽ったのが気に喰わったのか。それとも、さっきからそりが合わないのがそんなに嫌なのか。

「それで、本来の婚約者を俺がブッ飛ばしたんだよ。ついでに相手側の護衛についていた暗殺集団を相手にしていたら、フォーメルにちゃんとしたお別れをする余裕がなくてな……。イティが興に乗って全滅させるために、暗殺集団を潰すって言い出すから……」

「なっ――! あの暗殺集団は国も手を焼いていた犯罪集団だったんだっ! 国のために、平和のために! 潰すのが力ある者の義務っ!! ラックスだって、ぶつぶつ文句言いながらも、最後には私に付き合ってくれただろっ!」

「この俺に、子どもみたいに爛々と瞳を輝かせたイティを止められるわけないだろ。国のためとか柄にもないこと言って、ほんとは自分が暴れたかっただけだろ! 世間的には冷静沈着な人柄で通っているみたいだが、あんたほど暴走しやすい奴はいないっ!!」

 組織とか建物とか。

 とにかく奴の破壊衝動は物を選ばない。

 一生ついていくと心で決めたこっちの身にもなって欲しい。

 傍にいると、火の粉どころかマグマが降りかかってくるのだ。

「……いい加減、痴話げんかは辞めてほしいわね」

「へぇ。初めてあなたと意見が合いました」

 なんか、妙なところでルナとフォーメルが意気投合している。

「仲良しでいいなあ。僕もイティ先生みたいにラックスに色々責められたいよ!」

「いきなり、どうした!? ジェミニア? 頭でも打ったのか?」

 こんなところでカミングアウトされても、対応に困るんだが。

 せめて二人きりだったら、人生相談に乗れるのに。

「……悪いが、フォーメル。その金貨は受け取れない」

「そんな……」

 よろよろとよろめくフォーメル。

 だが、信じがたいと思ったのは、彼女だけじゃなかったようだ。

 ルナが、後ろから肩を優しく叩いてくる。

「まさか、金に汚いラックスが、目の前の大金を受け取らないなんて。どうしたの? どこかで頭打ったの!?」

「うるせぇっっ!!」

 失礼な奴だ。

 その言い方だと、まるで金にしか興味がない奴みたいだ。

「前金で、フォーメルには十分金はもらっている。もういいって、何度も言っただろ。そんな大金は受け取れない。それに、婚約者だったのも、敵を騙すための嘘だったんだから。もう、いいだろ。はっきりいって、これ以上は迷惑なんだよ」

「そんな……ひどい……わたくし、ラックス様のことを本当にお慕いしていますのに……」

 つぅー、と頬を伝うのは涙。

 フォーメルが泣き出してしまった。

(も、もしかして、言い過ぎてしまったかっ!?)

 慌ててフォーメルへと駆け寄る。

「ちょ、おいっ! なにも、泣き出すことはないだろ。わ、悪かったよ、俺が。だから泣き止んでくれっ!!」

「大丈夫だよ、ラックスくん。それ、嘘泣きだから」

「えっ?」

 ジェミニアが眉を顰めて指摘すると、

「……うっ」

 フォーメルが、図星とばかりに身体を縮こまらせる。

 まさか、本当に嘘泣きなのか。

 でも、今さっき、確かに涙を流していた。

 水滴をつけたとか、そんな素振りはなかった。

 絶妙のタイミングで本物の涙を流しておきながら、あれが全部演技だったとか。

 それが本当なら、フォーメルが怖すぎる。

 こんなにも女の武器を使いこなしているのは、社交場で演技力が必須だからか?

「女の子の嘘泣きって、女からしたらすぐわかっちゃうんだけど……。男の人って結構騙されちゃうんだよね」

 そんな男の台詞に、他の女性陣の反応はというと、

「ああ、うん、そうだな。私ぐらいになると気がつくのは一瞬だ」

「そ、そうですよねー。わ、私も気がつきましたよ? もちろん」

 イティとルナ。

 共に目の泳ぎっぷりがひどい、ひどすぎる。

「絶対、この二人分かってなかっただろ」

 だが、同性であっても、騙されるのも無理はない。

 何故ならフォーメルは、誰かを騙すことに関して他のだれにも負けないからだ。

 彼女の『特異魔法』は、顔を変えることができる。

 それに、顔だけじゃなく、一瞬で骨格から体毛の一本まで変質する。

 変装というより、完全なる変身を遂げることができる。

 だから、ほんとうのところ彼女が見た目通りの幼女かどうか分からない。彼女の正体が、杖を必要とする老婆だったとしてもおかしくないのだ。

 そんなの、想像もしたくないが。

「嘘がみぬけたのか、そうじゃなかったのか。私が男に女性らしさで負けたのか? そんなことは、どうでもいいっ!!」

 イティは怒ったふりして、声を荒げる。

女らしさがないのを強引に誤魔化すつもりらしい。

「フォーメルさん。悪いけど今はどうかお帰り願いたいですね。ラックスたちはダンジョンに潜ったばかりで、相当疲労がたまっている。できれば休ませてやりたい」

 イティは落ち着きを払って、どうにか落としどころを探っている。

 それなりの理屈で説き伏せないと、フォーメルも引っ込みがつかないことを察している。

「……そうですね。わたくしも、ラックス様を困らせることは本意ではありません。もっとここで戯れたかったのですが……。また日を改めて来ますね」

 ほっ、とため息をついたのは、ラックスだけじゃない。

 普段、苦労しているだろうダムネも隠し切れなかった。

 こちらの視線に気がついて、バツが悪かったのか目を逸らす。

「ご機嫌麗しゅう、ラックス様、イティ様」

 スカートを上げてそう挨拶するフォーメルは、他の二人など眼中に入れていないようだ。

「あ、ああ」

「またいつでもきてください、フォーメルさん」

「失礼します」

 パタンッとダムネがキッチリとドアを閉めると、

「…………はぁ」

 弛緩しきった空気が流れる。

「なんか、どっと疲れたな」

「うん」

 ジェミニアがコクン、と頭を上下させる。

「お前達、どうやら課外授業は無事に終わったようだな」

 嵐のように場に混沌を撒き散らしたフォーメルが去ったおかげで、ようやく本題に入れる。

「はいっ!」

「余裕でしたよ」

「……お前のせいで死にかけたけどな」

 どれだけ強大な力を持っていても、それを制御できなければ無意味どこか逆効果。

 そのことをちゃんと反省しているのか。

「どうぞ、これがエチの果実です」

「ああ、受け取っておこう」

 ダンジョンよりかは暗くないせいで、そこまでは光っていないエチの果実を見て、素直に渡してしまったのが悔やまれる。

「ダンジョンの奥底でなっている果実なら、やっぱり高くで売れそうだな」

 どうせだったら、商売用に余分にとってくればよかった。

 が、あの時はそんな心の余裕はなかった。

「まあな。独特の甘さと歯ごたえ、それに味があるが、そうでもない。お前たちの先輩たちなら余裕でとってこれるものだから、結構市場には流通しているはずだ。……というか、反省しているのか。今回のダンジョン探索はお前への罰でもあるんだ。お金を稼ごうとするのはいいが、あまり危険なことはしてくれるなよ」

「分かってるって! もう、女子寮に忍び込んで写真を撮ろうなんてしない。割に合わないってこともわかったからな」

 そう。

 もう女子寮に忍び込むことはしない。

 他の割に合う金稼ぎは、これからも積極的にやっていくつもりだが。

「ああ、そうだ。ルナだけ残ってくれないか」

「えっ、あ、はいっ!」

「……なんで、こいつだけ?」

「お前に知る権利はない」

「なっ! なんだよ、その言い方……」

 さっきまでとはまるで雰囲気が違う。

 ルナがいくら義理の姉であっても、いや、義理の姉だからこそ何かこれ以上踏み込んでいけないような、そんな気がした。

「お前にだけ、話したいことがある」


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