06話 鞘に収まった剣の切れ味はどれぐらいか
学園に転移する。
と、一言で言っても、学園敷地内なら自由自在どこでも任意の空間座標に転移……というわけにはいかない。
もしも、空間転移地点に人がいた場合、事故では済まされない惨事が発生することになる。
だから転移場所は暗黙の了解で決まっているのだ。
校門の傍に開けた空間があって、そこに転移することになっている。
生徒、教師とも、用がなければそこに近づくことはない。
なのに、ぼやけた視界に、人影があれば驚く。
「――――え?」
一人、いや、三人分の人影が蠢く。
「ちょ、リオーレ様、そこに立っているとやばいですって」
「え? え? え? そうなの? そうなの?」
「そうですって! だから、あんなに言ったじゃないですか!? なんでそんなにリオーレ様は落ち着きがないんですかっ!!」
ゴチャゴチャと、誰かが小競り合いのような言い争いをしている間に、転移が完了してしまう。
すると、肩と肩が触れ合いそうなほど近くにいた、女子生徒がひっくり返る。
「うきゃああああああっ!!」
もう少しで互いに大怪我をするところだった。
パックリ、とスカートの中身が顕わになる。
中身のパンツは黒色、高級感がありつつ、ちょっと幼さのあるこのデザインは特注のもの。最近の流行である蝶々の形のリボンがこしらえているこのパンツを穿いている人間心当たりがあるのは、一人しかいない。
「……なんだ、リオーレか」
コレクティ学園に入学したものはランカー登録をすることになる。登録すると五つのランクに分類され、それ相応の課外授業を受けることになる。
今回は罰則の課外授業だったので、ルナとパーティを組んだが普通ならばありえない。同期の生徒であっても、受ける授業はかなり変わってくるのだ。
五つのランク分けはどうやって分類しているかというと、
ファーストランカー……レベル1以上のモンスターを倒すことに成功した者。
セカンドランカー……レベル10以上のモンスターを倒すことに成功した者。
サードランカー……レベル100以上のモンスターを倒すことに成功した者。
フォースランカー……レベル1000以上のモンスターを倒すことに成功した者。
フィフスランカー……レベル10000以上のモンスターを倒すことに成功した者。
こんな感じで、フィフスランカーは人外の領域に片足を突っ込んでいる連中だ。
現役のランカーでフィフスランカーなのは、世界に五人しかいないとされている。
その内の一人は、この学園にいるのだから驚きだ。
ちなみに。
最後に一撃を与えたダンジョンランカーが、このランクを獲得できる。
ということはつまり、ランク外だったらラックスが、今回の課外授業でにファーストランカーに昇格できたのだ。
こんなに嬉しいことはない。
しかし、ランカーといっても、ピンからキリまで。
なりたてのランカーと、サードランカー直前のセカンドランカーとでは格差がごっそりある。
そう。
ラックスとリオーレのように。
リオーレ。
眩い金色の髪をしていて、縦ロール。
豪華な宝石が散りばめられた首輪や腕輪など、装飾品をジャラジャラつけている。胸の辺りが窮屈なのか、制服をはだけさせている。
彼女はセカンドランカー。
しかも、レベル99のモンスターを単独で仕留めている。
実質、九十九期生のナンバー2の実力を持つ実力者だ。
「ううううううううぅ」
涙目になっているリオーレの傍には、二人の女子生徒が二人ついている。
まるでお付きの物。
部下、というわけじゃないが、リオーレにいつもくっついている。
常に集団行動している仲良し三人組。
だが、あまり趣味はいいものじゃない。
顔が整っていて、声もよく通る。
実力があれば、他人に対してそれ相応の影響力を持っているもの。
リオーレの周りでは、にわかに派閥のようなものができているという噂だ
そんな、集団の中では発言力のあるリオーレを中心として、この三人組はよく他人にちょっかいを出すことが多い。
そして、こいつらの声が大きいせいで、なにやら野次馬達もぞろぞろ集まってきた。
ダンジョンに潜っていたのはニ、三時間ほどだったか。
星を観察できるほどどっぷりと夜。
それなのに、それなりに人が多い。
まだダンジョンに潜っていたのか、学園に帰る途中だったらしき先輩方の姿が多くみられる気がする。
先輩、といっても明らかに年下の人たちもいる。
同年代が必ず同期というわけじゃない。
入った年で完全に区切られるので、同じ九十九期生でも子どもからお年寄りまで年齢層は幅広い。
だが、十六歳でダンジョン系の学園に入学するのが一般的。
ここにいる九十九期生のメンツは、全員同年代なのがいい証拠だ。
それにしても。
何故、この三人がここにいるのか。
明らかに、待ち伏せされていた。
(もしそうなると、目的はきっとルナだろうな)
サーチグラスはリアルタイムで情報を発信、受信できる。
それをかけているということは、こちらの情報も筒抜けだ。
リオーレは、何事もなかったかのように立ち上がる。
「ふん。こちらは、わざわざあなたたちが戻ってくるのを待っていたんですのよ。心配してあげたのですから、お礼の一つでも言ってくださらない?」
「えっ、なんかごめんな、心配させて。ありがと」
意外に殊勝な態度だったので、こちらも素直にお礼を言う。
だが、それが気にくわないのは、お付きの者二人。
「ちょ、ちょっとリオーレ様。そうじゃないですよ。打ち合わせどおりしてくださいよ」
「そうです。もっとガツンと言ってやってください。そうすることを、他のみんなも望んでいますよ」
「そ、そう? でもラックスが傷つかないかしら」
「大丈夫ですって! 言ってやってください」
おろおろと、実は優しいけど、無理している様子のリオーレ。
だが、周りの期待にはしっかり応えなくては! とでも思ってそうなリオーレは、ビシッと指をさしてくる。
「ごほんっ。ラックスっ! あなたたちのことなんて全然待ってやってないんだからねっ!!」
「……どっちなんだよ」
軸がブレブレ過ぎる。
流されやすいってレベルじゃない。
リオーレは、レンズ越しに、解析されたデータを閲覧する。
「どうやら、やっと臆病者であるあなたも、モンスターを倒せたみたいですわね。まだ、ファーストランカーどまりみたいですが……。まっ、あなたみたいな、落ちこぼれがいると、九十九期生の評判が落ちますの。さっさと辞めてくださらない? えっ、ここまで言っちゃってもよろしかったの?」
リオーレの後ろから、なにやらボソボソとお付きのものが話していると思ったら、どうやら妙なことを言わせているようだ。
台本のある劇でも見ているようだ。
「ちょっと、あなた達。ちょっと感じ悪くない? こいつのこと何も知らないくせに色々いってくれたみたいだけど……。こいつがいてくれたから、私達はここにこうして戻ってこれたのよ?」
「ル、ルナさん……?」
ルナが言ってくれたのを聴いて、ジェミニアが眼を見開く。
あの、横暴で自己中心的なルナが庇ってくれているのだ。
誰だって、信じられないだろう。
ラックスだって、昨日までの自分だったら、こいつはルナによく似た偽者なんじゃないかって疑っていた。
「へぇ。九十九期生筆頭たるあなたがそんなことを。あなたは常に孤高な存在だったはずなのに。一体どうしたのかしら? ……もしかして、ラックスのこと、気にいったのかしら? ……え? だめ! だめですわ! そんなこと、私が赦しませんからっ!!」
駄々っ子のように腕を振り回す。
いや、しかし、言っていることは一般家庭のお母さんみたいだ。
まともな母親なら、こんな風なことを言ったりするのだろうか。
ラックスの母親はまとめではなかったので、よく分からない。
「私はただ、正当な評価はすべきだと言っているだけよ。たとえ、相手が金に汚いクズであろうとも」
「味方するなら、最後までしてくれない? 感謝の気持ちすぐにひっこんだんだけど?」
背後から忍び寄ってこられて、いきなりナイフでも刺されたような気分だ。
「ふん。どうやら、ルナさんにも、ようやく友達ができたみたいですね。でも、少し前のあなたの方が強かったように思えますわ。誰にも触れさせないような、抜身の剣のようなあなたが。……鞘に収まってしまったあなたに、以前のような脅威を感じなくなりましてよ」
「そうです! リオーレ様が、いずれ九十九期生の頂点に立つ日も遠くないですよ!」
「全然怖くなくなりましたよ! リオーレ様の敵じゃないです!」
「…………」
リオーレは口を噤む。
呆れているのか。
もしかしたら、図星なのかもしれない。
変わってしまったことを、他人から指摘されてようやく自覚。そしてそのことについて戸惑っているのかもしれない。
だったら、反論できる奴らが、代わりに反論してやるしかない。
「刀身が鞘に入ったって、べつにいいじゃん! 剣を持つ者が最初に心がけることは、斬る物を選ぶことなんだからさ! ところ構わず誰かを傷つけるような……抜身の剣みたいなあなたたちの心はきっと錆びきっているんじゃないの?」
「ジェミニアさん……」
ジェミニアは一歩踏み出して、手を広げる。
リオーレたちからルナの身も心も守るように。
ある意味女よりも可愛い癖に、こんな時ばかりは男よりもかっこいいジェミニア。
(だけど、ジェミニアばかりにかっこつけさせてやれるほど、俺はおとなしい奴じゃないんだよ)
ジェミニアの横に並び立つ。
「正論だな。取り巻きに利用されているとも知らずに、虚勢を張っているお前なんかより、ルナの方がよっぽど強いだろうな。そいつの理不尽なまでの強さは身を持って味わった。まあ、丸くなったところも評価してやらないこともないしな」
一見、リオーレが矢面に立って仕切っているようにみえる。
だが、よくよく見えれば、操り人形のように踊っているだけだ。
それが、滑稽過ぎて笑うことすらできない。
「私のことをどれだけ否定してもらってもかまいません。ですが『取り巻きに利用されている』……? それだけは聞き捨てなりません。私の友達がそんなことするはずがないですわ。訂正しないのなら、三人まとめてかかってきていいですわよ。私一人でお相手しますから」
まっすぐで、友達のことを疑うことを知らない。
声に出さずに笑う後ろの傍観者に、守る価値があるのかなんて考えない。
自分達の名誉のために戦おうとするリオーレのことを、影で嘲笑っている。
リオーレが懸命になればなるほど、おかしくてしかたがないのだろう。
どこまでも腐りきった連中だ。
安全地帯で高みの見物としゃれこんでいる。
「……正気?」
「……ルナさん。勝負は、何も数やランクで変わるというわけじゃない。相性で勝負が決まってしまうことがあることぐらい、あなただって分かっているはずでしょ? 破壊力の突出したあなたと、後の先タイプである私とでは相性は最悪。……もっとも、この私と勝負になるのは、全ての『特異魔法』を無効化できるイティ先生ぐらいのものでしょうけどね」
ただの大口だと笑えない。
リオーレはルナの天敵と言っていいほどの相性だ。
どれだけ大きな傷を負っても、リオーレは自身の持つ『特異魔法』の特性の一つを使えば帳消しにできる。
相手がどれだけいようと、どれだけ強かろうが関係ない。
たった一人で、数百、数千のモンスターと対峙することも可能だろう。
それほどの強さを持つリオーレが牙を剥こうとしていた。
だが――
「全員、それ以上動くなっっ!!」
制止の声が響く。
ここは学園。
生徒同士のいざこざを収めることができる最終防衛ラインに立っているのは、教師。
それが、九十九期生のナンバーワンと、ナンバーツーの争いだとしても、コレクティ学園の教師ならばそれぐらいできなければならないだろう。
止めに入ったのは、男性教師。
マニク。
長身痩躯。
目の下のくまが深く刻まれ、髪の毛は乱雑。
二十代なのに、三十代後半に見えてしまうほど、その、全体的に疲弊している。
「私は面倒なことが嫌いなんです。生徒同士の私闘ならば、私の目の届かないところならばいくらでもやっていい。ですが、学園の敷地内で戦うならば看過できかねます。私の評価に、ひいては私の懐事情に関わりますので……」
「まっとうな教師の台詞じゃねぇな」
綺麗事を吐く熱血教師は信用できないが、信頼はできる。
だが、目の前の怠惰な教師は、信用も信頼もできそうにない。
しかし、教師の実力は折り紙好きだし、下手をすれば退学を言い渡されることもあり得る。
だから、リオーレたちは不本意ながらも、撤退を選ばざるを得ない。
「……行きましょう、あなたたち。おぼえておいてください。私の友達を馬鹿にしたこと、必ず後悔させますから……」
そういってリオーレたちは退いていく。
その姿が見えなくなると、
「なんか、面倒なことになったみたいですねぇ。大変そうですねぇ。はぁー」
自分の受け持つ生徒だというのに、やる気なんてなさそうにマニクは溜め息をつく。
教師というより、傍観者だ。
それから、周りに集まった連中は、祭りが終わったかのようにはけていく。
「さて、と。ラックスくん」
これで終わりかと思ったら、マニクがこちらに首を向ける。
今回の課外授業について釘を刺すつもりか。
「分かってますよ。イティのところに報告しないといけないんでしょ? どうせ、情報更新されてるみたいだから、行かなくてもいいのに」
「その件もですが、あなただけ別件の用があって探していました」
「俺だけ? 別件?」
嫌な予感がする。
「あなたに外部のお客様が来ていますよ」
「外部って、学園の外から?」
「ええ、そうです。相手はあなたもよく知っているあの方です。そう――あなたの婚約者ですよ」