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ダンジョンランカー  作者: 魔桜
神様の箱庭編 1
5/28

05話 どちらが狩る側でどちらが狩られる側なのか

『第一階層』。

 最深部。

 そこには、一本の細くて長い木が屹立していた。

 絶え間なく雪が降っているというのに、木の枝に雪が積もっている様子はない。

 あまりにも奇怪なその木は、光輝く無数の果実を宿していた。

 一つ一つの光の果実は手のひらサイズ。

 妖しく光るその果実を、ジェミニアが指差す。

「あれを、とればいいのかな?」

「そう、みたいだな」

 サーチグラスごしに視ると、


【名前: エチの果実】


 ピピピと反応して、名称が表示される。

 実は、店で売られているものを見たことはあるので、そこまで珍しいものではないはずだ。

 だが、どうやら種類があるらしく、形が微妙に違う。

 以前見たことがあるエチの果実は、もっと歪な形をしていた。

「なんだか、月みたいに丸っこい果実だね。金色に輝いているし……」

「暗くなると、こうやって勝手に光るから重宝されているのよね。蝋燭代わりになるし。もちろん、食べ物としても扱われてるわね。さっぱりとした味で、他の食材と合わせやすくておいしいみたいだけど」

「へぇー。すごーい。幻想的だね」

「……乙女かよ」

 手のひらを合わせて、わー、と声を上げて喜ぶその姿にときめく男子は、決して少なくないだろう。

 これ以上、こちらの心を惑わせるようなことはしないで欲しい。

 と――――


 遠方から雄叫びが上がる。


「なっ――――――!!」

 振り返ると、フローズヴィトニルがいた。

 こちらを威嚇するように、雄叫びが次々と上がっていく。

 一匹ではない、複数。

 それも、ざっと数えて二十匹以上のフローズヴィトニルが集まっていた。

「どうして、こんな数のフローズヴィトニルが現れたの……?」

「断末魔のせいだな。フローズヴィトニルは元々集団で狩りをするのが得意なモンスターだ。一匹だけ歩いているのが、まず妙だとは思っていたが……。最期に遠吠えして仲間を呼び寄せるとはな……」

 一匹でも、強力な『特異魔法』を持つフローズヴィトニルなら今まで敵なしだったのだろう。

 だから、仲間から外れて単独で行動していた。

 だが、本来のフローズヴィトニルの戦い方は集団戦法。

 今の、これこそが、フローズヴィトニルの本来の実力が発揮される状況だ。

「そんな……僕のせいで……」

「お前の――」

「あなたのせいじゃないわよっ!! あなたはよくやってくれた。あなたが戦ってくれたから、私達はそこまで苦労せずにここまでこれた! そうでしょ!?」

 サーチグラスに表示されるレベルはまちまち。

 だが、そのどれもが一桁。

 その中には『特異魔法』を持っているフローズヴィトニルはいない。

 一匹相手なら、楽をして勝てる。

 だが、この数相手となると話は別。

 統率のとれた集団は、一匹の時とは比較にならないぐらい本来の力を何倍にも引き上げてしまう。

「レベルは低い。だが、厄介さは恐らくさっきのフローズヴィトニルよりも上だ」

 一斉に、フローズヴィトニルは雪を掻き分けてきた。

 一匹、一匹が、疾風のような速さだ。

「来るぞっ! 散れっ!!」

 固まっていたら即座に全滅だ。

 そう判断して叫ぶが、フローズヴィトニルの半数以上がこちらに向かって駆けてきた。

 各個撃破は、人数が少ないこちらがやらなければならない兵法なのに、やられてしまった。

 相手側の戦力分散のためにも、分散したのだが失敗した。

 すぐにルナ達に近寄ろうとするが、

「ちっ……」

 そんなことをしようものなら、横合いから牙を剥き出しにして噛みついてくる。

 数十匹のフローズヴィトニルに囲まれてしまい、身動きが取れない。

 統率された動きによって、完全に分断されてしまった。

(なんで、俺が最初に狙われたんだ。フローズヴィトニルたちの一番近くにいたのは、ジェミニアだったのに……)

 そういえば。

 フローズヴィトニルの鳴き声には、たった一声でも様々な意味があるとされている。

 もしかしたら、ラックスが回復役であることを既に知られているのか。

 それとも、先刻の指示を聴いて、ラックスを司令塔だと判断したのか。

 どちらにしても、やはり、フローズヴィトニルはかなり頭の回るモンスターだ。

「うおっ!」

 左側から突進してきたのを、間一髪でかわす。

 と同時に、今度は右側から別のフローズヴィトニルが襲い掛かってくる。

 いや、それだけじゃない。

 上下左右。

 ほとんど同時に攻撃を繰り出してくる。

 こんなもの、いつまでもかわしきれるものじゃない。

「ぐああああああああああああああああ!!」

 左腕を噛みつかれる。

 牙は骨まで達しそうなぐらいに、筋肉繊維に深く喰いこんでくる。

「このっ!」

 右手でフローズヴィトニルの頭を、粉々に砕いてやろうかとする。

 そう。

 触れさえすれば『特異魔法』で完全に破壊できる。

 触れさえすれば勝ちなのだ。

 が、他のフローズヴィトニルが服を引っ張って、掌底が逸れてしまった。

 その間に左腕に食らいついていたフローズヴィトニルは、いつのまにやら逃げ出していた。

「骨ごと食い千切られるかと思っただろうがっ!!」

 拳を当てようとするが、空を切る。

フローズヴィトニルが速すぎて一撃が当たらない。

 近距離過ぎると、拳に速度が乗らない。自分の身体が死角になる。そして、この速度を出し続けられて、勝てるわけがない。

 ジェミニアと、ルナも苦戦している。

 このままじゃ全滅だ。

 どうする。

 正攻法じゃ勝てないなら、賭けに出るしかない。

 だがそれは、全滅か、全員生き残るかの選択。

(そんな決断できるか? いや、するしかないだろ!! しなければ、今、すぐに全滅するっ!!)

 遠くに離れたルナに聴こえるように声を張り上げる。

「ルナっ!! 地面に向かって思いっきり『特異魔法』を発動させろ!! 今すぐ! 全力でだっ!!」

 雪を爆ぜさせながら、ルナは言葉に詰まる。

 どうやら今は『特異魔法』を小規模に発動させているようだ。確かに、その方が暴走しづらいかもしれない。だが、思い切りの良さがなくなって、キレが悪くなっている。

 発動に時間がかかりすぎていて、フローズヴィトニルに攻撃を予知されている。

 だが、それではだめだ。

 そんな策のない小手先だけの攻撃は誰にも通用しない。

「でも――」

「やれっ!!」

 視線と視線が強く交錯する。

 信じろというには、あまりに短い時間しか関わっていない。

 むしろ、ラックスのことを恨んですらいるだろう。

 だが、ルナは決心したようにこくり、と首を前に傾けると、手を地面へとかざす。

 その瞬間――


 雷でも落ちたかのような轟音とともに、地面に巨大な穴が開く。


 穴の底が見えないほどの、落とし穴。

 フローズヴィトニルたちは『特異魔法』が発動する直前に、危機を察知したようで、一斉に跳躍した。

 そのおかげで全員穴に落ちていない。

 落ちているのは、罠を掛けようとしたおバカな三人の人間の方だ。

「うっ、きゃあああああああああああああああああっ!!」

「だ、だから言ったのにぃいいいいいいいいいいいっ!!」

 悲鳴を上げる二人に手を伸ばす。

 内臓が上に押し上げられるような感覚に陥りながらも、三人とも助ける算段ぐらいはつけていた。

 ルナの身体に、まるで触手のように木の根が何重にも巻きつく。

 ラックスの腕にも既に木の根が巻きついてあって、その根元はしっかりと穴の縁の地面に突き刺さっている。

 三人分の体重ぐらい、一気に持ち上げられる力を持っている。

 その辺の木を利用したわけじゃない。

 イティの『特異魔法』の応用だ。

 一気に巨大魚を釣り上げるみたいに、木の根を動かす。

「あ、えっ? ええええええええええええええっ!?」

「きゃああああああああああああああああああっ!!」

 宙を舞っている間に、魔力を木の根に伝導させて地面に流す。

 ぽっかりと空いた穴を時間をかけて、元通りの地面に修復し始める。

「よしっ!! これでいいっ!!」

 あとは、自分達が勢いよく地面に叩き付けられるのをどうするか、だ。

 グルグル巻きにされ、身動きが取れなくては、受け身も取れない。

 速度を緩めていては、次の一手が遅れる。

 だから、着地点に、木の根を展開させる。花びらみたいに木の根を裏返しにさせると、自分達を受け止めさせた。

 ほとんど音もなく受け止めることができたのは、落下の衝撃を木の根が吸収したからだ。

「衝撃を吸収した? これは、イティ先生の『暴飲暴植エネルギーチャージ』なの!? なんで――」

「まさか、あそこまで巨大な穴を開けるとは思わなかったぞ、ルナ」

 穴ぼこは既に喪失している。

 雪を後ろ足で蹴って、フローズヴィトニルたちが猛然と押し寄せてくる。

 休む暇を与えてくれないらしい。

「ジェミニア、なるべくフローズヴィトニルたちが塊になるように誘導してくれ!!」

「わ、分かった!!」

 相手の動きを誘導するには、周りの木や岩を分裂させて投射できるジェミニアが適任だ。

「俺たちも一か所にかたまるぞ! 急げ!!」

「……え、ええっ!」

 戦力を分散させている方が、状況を悪化させてしまうならば集まった方がいい。

「構えろっ!!」

 二人に命令するが、ルナは戦闘態勢になりながらも納得していないようだ。

「逃げた方がいいんじゃないのっ!? 穴をそのままにしておけば、迂回されてすぐ追いつかれていたにしても、逃げる時間は稼げたはずっ! イティ先生にだって無理をするなって言われたでしょ? 本当に危険な時には、逃げる勇気を持った奴の方が優秀なのよっ!?」

「逃げる? そんなことする必要はないんだよ」

 ジェミニアがいかに投射しても、奴らは避け続ける。

 それどころか、こちらの攻撃でまともに通用した攻撃は一度もない。

 それなのに、ラックスだけでなく、ジェミニアやルナも、その身に傷を受けている。

 そして、敵はすぐそこまで迫っている。

 だが、逃げる必要なんてない。

 なぜなら――


「既に仕込みは終わっているんだからな」


 穴が。

 巨大な落とし穴が再び現れて、フローズヴィトニルたちは真っ逆さまに闇の底へと落ちる。

 奴らを一網打尽にするために、一か所に集めたのだ。

 奴らは速い。

 素早さに全ての能力を特化させたようなモンスターだ。

 ラックスの『特異魔法』で落とし穴を一から造っていては、奴らはすぐに落とし穴を避けてしまうだろう。それどころか、フローズヴィトニルに邪魔をされて落とし穴を造ることすらできなかった。

 だから、一気に巨大な落とし穴を造れるルナに穴を開けさせた。

 そして、ラックスの『特異魔法』で、穴を少しばかり埋めた。

 見た目はちゃんと造りなおしたが、中はぽっかりと空洞仕様。少しばかり暴れても落ちないように頑丈に作っておいた。

(あいつらは狡猾だ。ちょっとした細工なら、すぐに看破されていた。だからこそ、俺は着地点をちゃんと選んだ。木で引っ張ってルナたちを下した場所は、穴が開いていた場所。そうすることによって、フローズヴィトニルたちに、穴は完全に塞がったと思い込ませることに成功したんだ!)

 しかし、あいつらがちょうどいいタイミングで落とし穴にはまる確証はない。

 ラックスの『鍛冶合成屋(ブレイクリメイク)』は、遠距離攻撃できるタイプの『特異魔法』ではない。

 だから、木の根を雪に隠して、ひっそりと足元に忍ばせていた。

 すぐに落とし穴を作動できるように。

 つまり、仕込んだのは、遠隔操作型の落とし穴というわけだ。

 そして、あれはただの落とし穴じゃない。

「……燃え、てる?」

 穴の底には、先端を針のように尖らせた木がビッシリとぎゅうぎゅうに詰めている。

 落ちたフローズヴィトニルたちは、串刺しになるように。

 そして、串刺しから生き残れたとしても、次に待っているのは丸焼き。

全ての木は轟々と燃やしている。

「今日の夕飯の献立はフローズヴィトニルの丸焼きでいいか?」

 イティと旅をしていて、野宿も数えられないぐらいした。

 食糧は現地調達が多かった。

 よく、モンスターを調理して喰っていた。

 肉が好きだから、モンスターの丸焼きを喰っていると、イティに注意されたものだ。

 もっと、野菜も食べなさいとか、もっとゆっくり噛んで食べなさいと。

 今思い返せば、懐かしくも温かい思い出だ。

「まさか、ふ、複数の『特異魔法』を同時に使用している? いいえ。同時にしようしているなんて生易しいものじゃない……。別々の『特異魔法』をかけあわせて、全く別の『特異魔法』を生み出している!? 剣と剣を合成させて、別種の剣を生み出す合成屋みたいにっ!!」

「ラックスくん!! 危ないっ!!」

 ジェミニアの叫びと共に振り返ると、一匹のフローズヴィトニルが穴から飛び上がってきた。

 あの穴から自力で抜け出すなんて、大した跳躍力だ。

 燃え上がりながらも、傷がない。

 どうやら、先に落ちた仲間を足蹴にして助かったらしい。それから、穴の側面にあるわずかな窪みなどを利用して、ここまで来たのだろう。

 だが、


「『大円弾フィナーレ』」


 まるで火竜のように火球を吐き出す。

 中空にいては、フローズヴィトニルのせっかくの機動性も損なわれてしまう。

 フローズヴィトニルは火球を避けることなどできなく、火だるまになりながらまた穴に落ちていった。

 まあ、こうなることは想定内だ。

 穴を塞いだ時に、地面には少し改造を施させてもらった。

 落とし穴をすり鉢状にしたのだ。

 そうすることによって、仮に生き残りのフローズヴィトニルがいたとしても、必ず勢いをつけて飛び上がるように仕組んだのだ。

 先ほどの一匹以外、他に抜け出せるような奴はいないようで、やっと戦闘は終わったようだ。

「へぇ……。口から出した方が威力強いんだな、これ……」

「複数の『特異魔法』を本当に一人で使いこなしている……?」

 さっきから、驚きっぱなしのルナだが、もしかして知らなかったのか。

 いや、知らなくて当然か。

 この学園に来てから、戦闘などほとんどしていない。

 一番本格的に戦闘したのだが、先日、風呂場に突入した時ぐらいのものだからな。

「それが、俺の『特異魔法』の力だ。一度見れば、大体は。俺自身がダメージを喰らえば、完璧に再現できる。一流の料理人が一度口にしたものを、レシピも見ずにまったく同じものを作れるみたいに、完全に再現できる」

「私たち三人がパーティを組んだのは、今回が初めてだった。それなのに、個々の能力を完全に把握した上で、こんなにも早く敵の対抗策を考え付くなんて……。この咄嗟の判断力と統率力……。そう……。これが、あの人の弟としてずっと旅をしてきた奴の経験値ってわけね」

「いやにつっかかってくるな……。何か言いたいことでもあるのか?」

「言いたいこと? あるに決まっているでしょ。だけど、とりあえずダンジョンから出た後で話しましょ」

「…………」

 腑に落ちない。落ちないが、今は正直疲れ切っている。

 帰って、家のベッドで眠りたい。

「それも、そうだな」

 ルナがエチの果実を手に取ると、

「私につかまって」

 帰る合図をしてくる。

 ルナの肩につかまると、

「――いっ」

 ルナが一瞬痛みを訴える。

 どうやら、肩を少し噛まれていたようだ。

 だが、傷はそこだけじゃないし、他の箇所からは血を流している。

「ついでに、傷、治してやるよ」

 ちょうど、全員が繋がっている状態だったので、全員の傷を治していく。

「ありがとう! ラックスくん」

「……あ、ありがと」

 ほとんど独り言のようなルナの言葉と同時に、コレクティ学園へと転移した。


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