04話 初ダンジョンと初モンスター
ビルゴダンジョン。
その『第一階層』。
視界に広がるのは、どこまでも広がる雪原。
洞窟内の上も下も、全てが真っ白な空間。
野外ではないのに、何故か雪が舞っている。
ありえないことが、当たり前のように起こってしまう。
それが、それこそが、ダンジョン。
誰が造ったのか分からない迷宮。
イスミ大陸の端に設立されたコレクティ学園の周りは、豊かな自然に囲まれている。穿った見方をすれば、ただの田舎だ。
他の町までは、徒歩で一日かけても到達できるような距離にはない。
そのため、コレクティ学園の敷地は広く、学園にいるだけで生活できるよう多くの店が構えられている。
そのおかげで、学園はちょっとした町のようになっている。
そんな学園近くに点在するダンジョンの一つ、ビルゴダンジョン。
はっきりいえば、駆け出しのダンジョンランカーはまず選ばない。ダンジョン難易度は最高ランクではないかと言われている。だが、それにも理由があり、もっと深い階層の難易度の話。
少なくとも『第一階層』は、そこまで難しくない。
他のダンジョンと比較しても最低ランクに位置するので、ラックスたちはそこまで緊張しなくてもいい。
(そもそも、学園にいる以上、これからもダンジョンに何度も潜ることになるのだから、ビルゴダンジョンの『第一階層』ごときでここまで緊張しなくていいんだよな……。でも、久々のダンジョン過ぎて、やっぱりどこか浮き足立っているな……)
コレクティ学園の生徒は、ダンジョンを探索することが授業の大半を占める。
ダンジョン内でしか手に入らない未知の物質や、財宝は、最初に手に入れた者が所有する権利を得る。
あまりにも高価なものを手に入れた場合。
何割かは学園内に渡さなければならない時がある。学生は学生。学園にサポートされている身では、権利を声高々に主張できないのだ。
それでもダンジョンを駆け回る楽しさは筆舌に尽くしがたい。
未知のものに遭遇する高揚感もさることながら、金稼ぎにもなる。
イティと旅を続けていた時は、よくダンジョンに潜っていたものだ。
だが、もちろんいいことばかりではなく、それなりの危険も伴う。
モンスターが出現するのだ。
『第一階層』に、凶悪なモンスターが出現することはまずない。
だが、絶対に現れないともいえない。
『第二階層』のモンスターや、突然変異を来したモンスターがたまに出現することがある。
その時、勝てないと思ったらすぐさま逃げなければならない。
しかし、経験の浅い生徒に、モンスターの強弱を見ただけで瞬時に判断するのは難しい。
だから、見極めに必要不可欠なものがある。
「ダンジョンに来たんだから、即『サーチグラス』をかけないと」
どこからか取り出した、ダンジョンアイテム。
それが、サーチグラス。
眼鏡に似ているが、機能性がまるで違う。
入学と同時に、生徒全員に無料配布されるものだ。
ちなみに、ラックスは入学以前から持ってはいるが、高機能化がどんどん進んでいるので新しいものを使っている。
耳の縁に掛けて、レンズ越しに物を見通す。
よりコンパクトなサーチグラスが企業で開発されているらしく、それは眼球に直接つけるタイプのものらしい。いずれ実装されるだろうが、今の最先端はこれだ。
「やっぱり、情報が更新されている……」
サーチグラスの端のスイッチを押すと、次々に画面が切り替わる。
課外授業の項目に『ビルゴダンジョン第一階層/エチの果実を明日までに回収せよ』と、グラスの表面に文字が表示される。
なるほど。
そういえば、モンスターを倒すのが楽しみ過ぎて、目的そのものを忘れてしまいそうだった。
エチの果実の回収。
それが終わらないと、学園には帰れないということか。
「しっかし、寒いな。最低でも、手袋ぐらいは持ってくれば良かったか?」
「それなしでミッション遂行しろってことじゃないの?」
三人とも制服姿で、持ち物など持っていない。
ジェミニアだけは常に剣を帯刀しているので持ってきていたが、それが防寒に役立つわけでもない。だが、まあ、肌寒いぐらいで、我慢できないほどではない。
「エチの果実って、どの辺にあるのかな?」
「私はそこまで行ったことがあるから、マッピングデータを送るわ」
ルナがサーチグラスを何やら操作する。
と、ラックスのサーチグラスに、ルナが通ったことのある道が表示される。
「おおっ、ほんとだ。……っていうか『第二階層』の入り口付近までマッピングされているじゃないか。まさか、お前『第二階層』まで行ったことあるのか?」
「独りで行ったけど? それが何か?」
「……とんでもない女だな……」
『第一階層』と『第二階層』とでは、出現するモンスターのレベルの格差が激しい。
『第一階層』のモンスターを楽々倒せる実力があっても『第二階層』ではじり貧。
そんなことも普通にあり得る。
それなのに、仲間も連れずに『第二階層』に突入するなんて、度胸があるとか、そういう問題じゃない。
「だけど、ルナでも全部も『第一階層』の全てを把握しているわけじゃないんだな」
「だって、ダンジョンは広すぎるんだもの。全部のマッピングをしている奴は、かなりの変わり者よ。『第一階層』だけで何ヶ月かかるのかも分からないのに……。まあ、有益な情報はそれなりに高く売れるでしょうけど」
「なにっ!? 本当か!?」
金になるならやってみるか。
市場価値にもよるが、九十九期生の中で全部をマッピングしている連中はまずいないはず。
ならば、先輩からマッピングデータを安くで買い取って、それを高値で転売できれば、あるいは儲けられるかもしれない。
「ちょ、ちょっと、ラックスくん! それっていいの?」
「いいんだよ。別に校則で禁止されているわけじゃないんだから。それに、みんなの役にも立つだろ?」
慌てふためくジェミニアとは対照的に、ルナは冷ややかな視線を浴びせてくる。
「へぇー。噂通りの人みたいね。金儲け以外に全く興味がないっていうのは。――イティ様が可愛そう」
「…………イティ『様』…………?」
「あっ……」
ルナの顔が急激に首筋から赤くなる。
失言したような反応。
どういうことなのか訊き直そうとするが、その前に――
ドゴォオオオン!! と、ジェミニアの肩に舞い落ちた雪が爆発した。
「――――は?」
誰が、その声を発したのか。
視覚は働いていたはずなのに、脳が理解するのが追いつかない。
ジェミニアが何者かに攻撃された。
そのせいで、肩から首にかけて肉が抉れ、血にまみれていることも、認めたくない。
「ジェ、ジェミニアアアアアアアアアアアアアアアっ!!」
叫びとともに、カチカチに固まった身体を動かす。
唖然とするだけでは、ジェミニアは救われない。
雪のキャンパスを血だらけにするジェミニアに駆け寄る。
容体はどうだ。
下手に動かすのはまずい。
首筋に指を当てて、脈をはかる。
「聴こえるか、ジェミニア!!」
「う、うん」
意識はある。
それに、鼓膜は破れていないようだ。耳の近くで爆発し、血が流れているので焦った。首の周りは中枢神経などがあり、傷を受けた箇所が人体で最も危険な部位の一つ。
だが、見た目ほど深い傷ではないらしい。
これなら、ジェミニアを助けられる。
すぐに傷口に手を当てる。
ラックスの『特異魔法』は手で触れたものを破壊できると同時に、その逆の力――傷を癒すこともできる。
「いっ――」
「悪い、痛いか? ジェミニア?」
「う、ううん、だ、大丈夫。それより、あいつが――」
ジェミニアの視線を辿ると、そこには銀色のモンスターがいた。
体毛を逆立てさせながら、雪の丘に立つ。
そいつは、狼。
赤く血走った瞳。
激しく呼吸しながら、ナイフのようにギザギザな歯をかみ合わせている。
「この狼――『特異魔法』持ちよっ!!」
人間のように『特異魔法』を持つモンスターがいる。
サーチグラスに表示された照準を狼にあわせると、一瞬で、ステータス情報が表示される。
【名前:フローズヴィトニル レベル:10】
「レベルが二桁台のモンスターか。このダンジョンの『第一階層』だと、かなりレベルが高いほうに属するんじゃないのか?」
モンスターのレベルの高さに慄いていると、
フローズヴィトニルの立っていた丘が、いきなり消失する。
「げっ!!」
きっと、フローズヴィトニルの仕業ではない。
まだ、倒れているジェミニアがやったのでもない。
フローズヴィトニルは悲鳴のような鳴き声を上げながら、近くの倒木に飛び退く。
雪が爆発したというよりは、空間ごと一帯が消し飛ぶみたいに丘が崩壊した。
ほんの一瞬の出来事。
ルナが手をかざしただけ。
たったそれだけで、地形が変わってしまった。
「レベルなんて関係ない。油断していたら、この私だってファーストランクのモンスターにだって負けることだってありえるんだから。先手必勝よ、こういう時は」
「あ、ああ。それはいい、それはいいんだが――」
流石は、九十九期生の中で唯一のサードランカーだ。
とんでもない『特異魔法』を持っている。
「なんで、なんで――」
一人一つしか持っていない特異で得意な魔法。
それが『特異魔法』だが、その『特異魔法』よりももっと特異なのは使っている本人自身なんじゃないのか。
「ずっと破壊し続けているんだああああああああああああああああっ!!」
連続で空間が爆ぜる。
地震のように繰り替えされるその大規模な破壊は、立っていられないほどだ。
「お、お前、なんて『特異魔法』をもってやがる!?」
「私の『特異魔法』は任意の空間に穴を開け、そこに新たな空間――世界を出現させることができる。その空間が消失すると同時に、そこら一体は消失する空間に呑みこまれる。別次元の空間に吸い込まれたものは、二度とこの世界に戻ってはこれない。そう、これが絶対無敵の最強最上な私の『特異魔法』――」
「『私だけの理想郷』」
理想通りに世界を造りかえる『特異魔法』――とんでもない力だ。
「凄い……凄いが……」
だけど。
「暴走してるじゃねぇかっっっっっっっ!! 俺たちを殺す気かてめぇええええええええええ!!」
地面の亀裂がこちらにまで奔る。
先程から何度も地が揺れているのに、フローズヴィトニルには一撃たりともまともに当たっていない。
どれだけ強力な武器を保持していても、それを制御できないようでは逆効果だ。
「ああ、私は新たな世界すら創造できる『特異魔法』を支配できていないから。やっぱり、力が強すぎるのよねー。才能はあるけど、それを生かせるだけの経験がまだ足りていないって感じかしら」
「何、冷静になってんだっ! いいからやめろ! モンスターにやられる前に、お前にやられるだろうがっ!!」
「ちっ、しょうがないわね……」
不承不承ながら、ようやくルナは無駄打ちをやめてくれる。
だけど、それはフローズヴィトニルを野放しにするということ。
足元の雪が突然、爆発する。
「ぐっっっ!!」
傷が全快したジェミニアが叫ぶ。
「ラックスっ!?」
足の指が焼け焦げる。
だが、この程度ならすぐなおせる。
「本物の雪の中に、フローズヴィトニルの『特異魔法』混ざっている。見分けなんてつくはずがない。こんなもの、防ぎようがない……」
落ちていた石を三、四個投擲する。
すると、一つの石だけが爆発した。
全ての雪が爆弾というわけじゃないらしい。
助かったことは助かったのだが、本物と偽物の雪に違いなんてなかった。
爆発する雪を造りだす『特異魔法』か。
それとも、雪そのものを爆弾に変える『特異魔法』か。
ともかく、防ぎようがないのなら、こちらから積極的に仕掛けていくしかない。
「あなた……。傷が治せるの……?」
「俺はどんなものだろうが、瞬時に治せる。――即死攻撃以外ならな」
両極端な特性を持つラックスの『特異魔法』だが、どうやらフローズヴィトニルとは相性が悪いようだ。
ラックスの『特異魔法』は近距離でしか就けない。
しかし、遠距離から爆発させるフローズヴィトニルには、近づくことすら困難。
だから、ここは全快した奴に任せるとしよう。
「はっ」
掛け声とともに、ジェミニアは剣を振る。
空間を、雪を、一直線に斬る。
「『特異魔法』によって、僕の剣はどんなものでも斬れるし、どんなところでもカマイタチを飛ばすことができる」
カマイタチ。
遠くのものを、剣の刃が直接触れずとも斬れてしまう現象のことをいう。
本来は自然現象であるカマイタチを、ジェミニアは『特異魔法』によってそれを自らの手で発生させることができる。
だが、カマイタチを起こしても、フローズヴィトニルの俊敏さの前では無意味だった。
ルナの暴走した『特異魔法』も最初は慌てていたが、そのあとは難なく避けていた。
だとすると、残された手は数少ない。
「だから、僕にできることはこれぐらいしかないよね」
ジェミニアは剣を振る。
岩に向かって振りカマイタチが確かに直撃するが、何も起こらない。
傷一つついていない。
そう思っていると――
岩が二つに分裂した。
「岩が斬れ――いや、分裂して――!?」
真っ二つに斬れたわけではない。
同じ大きさと同じ質量をもった岩が生まれた。
分裂した岩は、まるで投石機でも使われたかのように、勢いをつけてフローズヴィトニルへと向かっていく。
避けられる速度ではない。フローズヴィトニルは必死になって雪を爆弾にして向かってくる岩の勢いを頃オスとする。
ジェミニアの剣はどんなものでも斬れるだけじゃない。
斬ったものと同じ物を生み出すこともできるのだ。
だけど――
「――よ、避けられたっ!?」
フローズヴィトニルへと一直線に向かった岩は結局避けられてしまった。雪を爆発させることができるのは、この雪が常に降り続けているダンジョンで絶対の攻撃と防御を同時に行えるということだった。
「くっ!」
ジェミニアは再び岩を斬る。
だが、今度こそ岩は何も起きず、分裂しなかった。
「不発――?」
「いや――」
そうじゃない。
ルナは知らないようだが、ラックスは知っている。
ジェミニアの『特異魔法』のもう一つの特性を――。
「『もう一人の自分』」
分裂した岩と、元々の岩が勢いよく合致する。
中継地点にいたフローズヴィトニルは、二つの岩によって肉体を潰された。
いくら警戒心が強く、俊敏なフローズヴィトニルであっても、敵のいないはずの背後から攻撃されれば避けられるわけがない。
「一度斬ると分裂し、二度斬ると元の形に戻る。それが僕の『もう一人の自分』」
の特性」
甲高い断末魔を上げて、フローズヴィトニルは倒れた。