03話 結成された即席パーティの課外授業
女子寮襲撃の後。
コレクティ学園のとある個室に呼び出された。
教師たちの個室が連なる角の部屋。
その室内には、かなりの量の本が積まれている。
どれだけ見渡しても本のないところがないというぐらいあって、ところどころ乱雑に置かれている。
小さな図書館のような部屋は、本以外には机や椅子。
それからあるものといえば、紅茶のティーカップや服などで、どうやら生活に必要なものしかないようだった。
研究室とはいえ、あまりにも女っ気がない。
まあ、らしいといえば、らしいのだが。
「さて、と弁明の一つぐらいは聴いてやってもいいぞ」
ふんぞり返るように、この部屋の主であるイティは座っている。
それに対面するように立たされているのは三人。
男子生徒であるラックス。
女子生徒であるルナ。
男子生徒と女子生徒の中間の存在――ジェミニア。
自分以外の二人のことは良く知っている。
ジェミニアはもはや語ることはない。
ただの美少女であり、男。
ただそれだけだ。
それから、ルナ。
彼女は、昨日、女子風呂にいた。
直接対決したわけではないが、他の男共を紙屑みたいに吹き飛ばしたのは知っている。
今はちゃんと制服を着ているが、全裸を見てしまった女子の一人。
胸の形を想像してしまうが、すぐに打ち消せる。もう少し膨らみがあったら、もっと脳内にまとわりわりついて離れなかっただろう。
ルナはとびっきりの優等生であり、それと同時に問題児。
だからこそ、有名で、その悪名を校内に轟かせている。
実力は折り紙つきで、学園の九十九期生では頂点に君臨するほど。
その力のせいかか。
それとも家が金持ちのせいか。
とにかく、鼻持ちならない。
綺麗に整っている顔貌。
姿勢正しく、気品にあふれている。
そのへんの人間なら怯んでしまうほどの圧倒的存在感。
だが、そんなものを感じ取れるほどの繊細さなんて、ラックスは残念ながらこちらは持ち合わせていない。
それに、今、一番の問題は、偉そうに座っている教師の態度だ。
「なんでそんなにいばっているんだよ。俺達には、少なくとも俺には落ち度なんてないのにさー」
恥ずべきことなど何一つとしていない。
それなのに、イティはふぅー、と大きなため息を漏らす。
「……まず、お前が半裸なところに落ち度があるとは思わないのか?」
そう。
ラックスはちゃんと服を着ていない。
長い布で下半身を覆うことはできているが、どうして半裸になっているのかさっぱりだ。
「イティが無理やり連れてきたんだから、しかたないだろ! そもそも気絶させられて起きたら、服着てなかったんだが!? どういうことだ!?」
「濡れた服を着たままだと風邪をひくからと思って脱がしたんだ! こっちはわざわざお前の濡れた身体も拭いてやったんだ! ちゃんと着替えの服ぐらい着ろっ! ほらっ!」
制服を投擲される。
……そういえば、濡れたはずの髪の毛やら身体から水気がなくなっている。
体感的に、気絶している間はそこまで長くなかったはず。
あんな破廉恥なことをしたというのに、イティがくまなく拭いてくれたようだ。
「なんで替えの制服持ってるんだ? てか、これ新品じゃ?」
「私が仕立て屋に作ってもらった。本当だったらプレゼントするつもりだったんだが、このタイミングで渡すことになるとはな……」
「おおっ! ちょうど新しい制服欲しかったんだよなあ。ところどころぼろぼろだったし。ありがとう! いくらしたんだ?」
「……ふん。気にするな。プレゼントだと言ったろ。……やる」
「おお! まじか! サンキュー!」
本当だったら、イティの『特異魔法』で水分だけを吸い取ることができるはず。
元々の制服も既に乾いているはずだが、今そっぽを向いているイティはそのことを言わない。
まあ、つまり。
二人で過ごしていた時間が長いからこそ、素直に好意を示せない時もあるということか。
「……あの、見ているこっちが恥ずかしいんですけど……」
ルナが羞恥に赤く頬を染める。
「こ、これは! こいつにちゃんとした服装をさせるために――」
「ああ、べつにどうでもいいんで。そういう照れ隠しとかいらないんで」
ルナは平然と聞き流すと、
「それより、どうして私がここに呼ばれているんですか? 私はそこの変態に素肌を見られた被害者なんですけど……」
「ルナは、どうしてここに呼ばれたか分からないと?」
「ええ。全然分かりませんね」
しれっと言いのけるルナだったが、
「大浴場を半壊させ、ヤライのあばら骨を折った人間の台詞とは思えないな」
イティの言葉に反応して、だらだらと脂汗を流し出した。
どうやら、思い当たる節があるようだ。
「まあ、ヤライの骨折はどうでもいい。あいつも、美人の保険医に診てもらえると喜んでいたからな。だが、お前が半壊させた大浴場は当分使えない。その責任はどうとるつもりだ? ルナ?」
「……す、すいません。それ、は……」
しおらくしなったルナは、高飛車な普段の性格と相まって、妙に可愛らしかった。
「ハッ。怒られてやんの。つーかさー、大浴場を独りで半壊させたのか? やりすぎだろ、お前」
「お前じゃなくて、ルナ・オーシャニアンよ。そもそもそうなったのはあなたのせいじゃない。自覚してるの?」
「あー、はいはい。どうもすいませんでした、オーシャニアンさん」
「ちょっと!」
「どうした? 言い方がまずかったか?」
「そうじゃない! いや、それもあるけど、私のことはルナって呼びなさいよ!」
「……はあ?」
「いいから、呼びなさい!!」
「じゃ、じゃあ、ルナ?」
「そう、それでいいのよ」
なにやら、猛烈に名前に関してこだわりがあるようだ。
まあ、女にお前呼ばわりしたら、誰でも怒るか。
「……っていうか、半壊した浴場――俺ならなおせるけど」
「そうだな。お前が起きたら頼もうと思っていた。やってくれるな?」
「やるしかないだろ。浴場が壊れてしまった発端を作ったのは、確かに俺だしな。それで修繕費を請求されるなんて面倒だしな。俺がただでなおしてやった方が話は早い」
ついでに、壊されてしまったカメラもなおしてしまおう。
寝ている間にイティにカメラを回収されてしまったようだが、絶対に見つけ出す。
そして、写真を闇市で売りさばいてやる。
ここで殊勝な態度を見せているのは、イティ達を油断させるためだ。
この一件を、報酬なしという最悪の結果で終わらせるわけにはいかない。
「あなた、そんなことできるの?」
「そんなことって?」
「浴場をなおせるかってことよ」
「まあ、できるけど」
「そ、それじゃあ、すいません。お、お願いします」
「……なんだ。歯軋りしているけど、意外に素直なんだな」
「私だって、頭下げたくないけど、あんたに頼むしかないんだから、頼むわよ。お金だって払ってもいい。私が壊したのは事実なんだから……」
「……俺も悪かったよ。だから、金なんてとらない。だけどな……」
どうしても納得いかないことが一つある。
「――そもそも、なんで俺が代表になっているんだよ。首謀者は組長だろうが」
「さっき言った通り、ヤライは大怪我していてこれないし、お前の一声で男子がまとまったらしいじゃないか。だからお前が主犯格みたいなものだろ?」
「ちっ。裸を見られた腹いせにしか思えない……」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も言っていません」
情けない。
(情けないけど、いやー、やっぱりイティには逆らえねぇよなー。調子に乗っていると、イティに殺されからな……)
怒った時のイティは、誰にも止められないのだ。
「ちくしょう。やっぱり、イティには逆らえない」
「諦めろ。弟は姉には逆らえない理があるんだ」
「……ラックスくん、お姉さんにはやっぱり頭が上がらないんだね」
ジェミニアの言うとおりだった。
頭が上がらない。
しかし、その姉はというと、ジェミニアを怪訝な眼で注目する。
「……で。どうしてジェミニアがいるんだ? 別に君のことを呼んだ覚えはないんだが」
「か、勝手にきました! ラックスくんを止められなかった僕にも責任の一端があります! だからラックスくんを処分するなら、僕にも同じ罰をください! 少しでも減刑して欲しいんです! 退学にはしないでください!」
「え? 俺、退学できるの?」
それは、聞き捨てならない。
退学できるというなら、今すぐにでも退学したいぐらいだ。
「なんで嬉しそうなんだっ!!」
イティが憤慨する。
本当は、学園に入学するのすら嫌だった。
イティに言われて、渋々入学したのだ。
自主退学など、イティは許してくれないだろう。
だが、強制的に退学されるというなら、こっちのものだ。
「だって、退学した方がお金稼げそうだし、学費も浮くし! いいとこ尽くしじゃん!」
「だめだ。お前は私と放浪の旅を幼少期に続けていたせいで、他の人間との交友関係を築こうとしない傾向にある。それじゃあ、だめなんだ。お前はもっと学校生活でたくさんの人間と関わって、協調性と常識を身につけなきゃいけない」
「……別にそんなものなくたって、俺にはイティさえいればそれでいいのに……」
「なっ………………」
呼吸できなくなったみたいに、イティは口をパクパクさせる。
(うわ、こういう反応されると照れるんだけど……ってか、予想外。こんなあからさまな反応をするとは思わなかった……)
結構何の気なしに言ったのだが、どうやらイティにとってはかなりデリケートな話題だったらしい。
どうしようかと葛藤していると、
「あ、あのー。そろそろ僕たちが集められた理由を教えて欲しいんですけど」
ジェミニアが助け船をこころよく――出してくれていない。
怒っている。
何故か、口の端をぴくぴくさせながら激烈に怒っている。
笑いながら憤慨しているせいで、より一層怖い。
まさか、少しの間のけ者にしただけでこれほど怒るとは。
「……そうだったな。ジェミニアは本当にいいのか? 別に一緒になって罰を受けなくてもいいんだ。今なら間に合うから帰ってもいいぞ」
「いいえ。僕もちゃんと罰を受けます!」
「……そうか。だったら、私からお前に言うことは何もない」
さてと、とイティはようやく本題に入る。
「お前ら三人にはパーティを組んでもらう。そして罰として、ビルゴダンジョンの『第一階層』に行ってもらって、ある物を回収してきてもらう。つまり――課外授業だ」
「えっっ!? モンスターを狩りに行っていいのか!?」
思わず、喜色満面になる。
だって、ダンジョンに潜ることはおろか、モンスターを狩ることすらずっと、イティによって禁止されていたからだ。
コレクティ学園に入学してから数ヶ月。
ラックスは一度も、モンスターと戦闘行為を行っていない。
そんな奴、恐らく学園でラックス以外一人もいないはずだ。
身体の疼きをようやく発散できる。
危険。
そうやって、モンスターとの戦闘行為禁止をイティから言い渡されていた。
律儀にその命令を守っていたが、不満はあった。
ルナだって、レベルの高いモンスターを狩っているから、特別視されている。
モンスターを倒していないせいで、多くの生徒からラックスは臆病者と蔑まれてきた。
そんな酷評を受けるのも、今日までだ。
こうなることが分かっていれば、入学する前にランカー登録をすればよかった。そうすれば、あれだけモンスターを倒していたのに、とか。そんな後悔など、もう遥か彼方へブン投げてやろう。
さあ、今こそコレクティ学園での……。
――ダンジョンランカーとしてのデビューだ。
「……そうだ。ほんとうならば、もっと私と訓練してからラックスには行かせるつもりだった。だが、立場上なんの罰も与えない、ということもできない。ならば、課外授業でもさせろ、というのが教師陣の意見でな……。まあ、あのダンジョンの『第一階層』ならば、お前達だけでも大丈夫だろ。私もついていきたかったが、お前らのやらかした後処理をしなければならないからな」
イティの手には書類の束がある。
各方面に謝罪文や説明文やらを送らないといけないのだろう。
現場にいた教師はイティで、あらゆる責任は彼女にあったはずで。
そう考えると、本当に軽率なことをしてしまったと思う。
迷惑をかけるつもりなどなかった。
ただ、楽に金稼ぎができるぜ! としか思っていなかった。
イティが学園に居残っていると知っていたら、多分、参加しなかっただろう。
「それで、イティ先生。ビルゴのダンジョンには、いつ?」
「今から行ってもらう」
「い、今からすぐにですか!?」
「ああ、そうだ」
ルナが驚くのも無理はない。
いきなり呼び出されて、いきなり行けだなんて、色々と急すぎる。
「学園から結構遠いですからね。徒歩だと半日はかかります。何か足になるようなものは?」
「こいつを使ってもらう」
机の上に置かれたものは立方体の物質。
半透明の立方体は、幾何学模様をしている。
模様は虹色をしていて、たまーに、潮の満ち引きのように模様が波打っている。
これは、かなり珍しいものを使わせてもらえるようだ。
「『メモリーキューブ』……ですか? それってかなり高価なものじゃ」
ルナも同意見のようだった。
が、いきなり、ジェミニアがクイクイ、と横から袖を可愛らしく指で挟んで引き寄せてくる。
「ねえ、ラックスくん。メモリーキューブって何?」
「あ、ああ。ジェミニアは使ったことないのか」
綺麗な形をしている耳に、唇が当たりそうになるぐらい近づいてやる。
そして、できるだけ、声を潜める。
「メモリーキューブっていうのは、簡単に言うと転移アイテムだな。ダンジョンで使える便利なダンジョンアイテムの一つだ。ただし、どこにでも行けるわけじゃない。まず、最初にメモリーキューブに魔力を込める。そして魔力を込めながら、転移したい場所を思い浮かべるんだ。すると、メモリーキューブに、転移場所の記憶が記録される。だから、その魔力を込める人間が行ったことのある場所にしか行けない代物なんだ。すぐに転移できるから、強い敵が現れた時の緊急避難にも使える」
メモリーキューブの注意点は、一度しか転移場所を記録できないところにある。
後から場所の上書きはできない。
使う時も集中力はいる。が、記録する時はもっと、必要となる。なるべく心を落ち着かせなければならない。思考を乱しながら転移場所を記録しようとすると、使ってもいないのにメモリーキューブは砕け散ってしまう。
そして、転移できるのは、人間だけではない。
物も転送することもできる。
一々、ダンジョンと学園を往復していたら時間がいくらあっても足りない。
もっとダンジョンに潜って、金銀財宝を手に入れたい。モンスターと戦って自分のダンジョンランカーとしてのランクを上げたい。
そう思ったら、とりあえず増えすぎた荷物を転送する。
そんな使い道もある。
だが、そんな贅沢な使い方をする奴は、そういない。
ほとんどが緊急避難のためだ。
貴重過ぎて、パーティの一人がメモリーキューブ持っていたらいいね、ぐらいの逸品だ。
「……へぇ」
普通は教師が生徒にポンと気軽に手渡すものじゃない。
心配性なところは、昔から全く変わらない。
「行きと、帰りの分の二つをお前達に渡しておく。もしもの時は、躊躇なく使え。課外授業はクリアしなくてもいい。何か上から言われても、私が何とかするから安心しろ。……それから、帰りの分も既に私が魔力を注いでいる。お前らの魔力が底を尽きていても、すぐにここに戻れるようにしている。――いいな、無理だけはするな」
イティの言葉に、三者三様の答え方をする。
「はいっ! イティ先生!」
「わかりました! 無理しがちなラックスくんには、僕がついているので大丈夫です!」
「……心配性だなー、イティは」
ルナと、ジェミニアのことは一瞥すらせずに、
「お前がいるから心配なんだ……」
じっと、イティがこちらを見てくる。
「そ、それじゃあ、二人とも私の肩に捕まって!」
変な空気になってしまった場をどうにかするためか、すぐさまルナは指示をする。
肩に触れるのを一瞬だけ躊躇うが、すぐさま手を置く。
そして、ビルゴダンジョンへと瞬時に転移した。